カテゴリー「海洋底」の27件の記事

2015年2月24日 (火)

海洋底の縞模様 その27

  南海トラフを覆う安山岩層があるはず

「安山岩線の中にあったムー大陸」(その12)、「南海トラフが海溝でないのは何故か?」(その13) の中で既に書いたように、私はフィリピン海プレート全体が大陸性の安山岩層によって覆われているとイメージしている。そのイメージは、最近見たNHKのサイエンスZERO(アメリカでは2月14日に放映)によって一層強められた。

 番組の内容は、「その12」で引用した「西之島の不思議:大陸の出現か?」(独立行政法人海洋研究開発機構のJAMSTECニュース、2014年6月12日)という記事と同じ路線を行くものである。西之島が元々安山岩線の内側にあり、安山岩が出ること自体には何の不思議もないのだ、ということには一言も言及しなかった。

 しかし、「安山岩は地球にしかなく、火星や金星にはない」「西之島の岩石は全て安山岩、シリカの多い大陸の岩石であった」「地殻は西之島の辺りで薄い」「4月から6ヶ月かけてアメリカの調査船、ジョイデス・レゾリューション号が伊豆小笠原マリワナの海域を調査することになっている」などなど非常に有用な情報が満載であった。

 残念ながら、ゲスト出演した海洋研究開発機構の田村芳彦上席研究員の、西之島の安山岩生成に対する説明は、納得のいくものではなかった。「西之島の辺りの地殻が薄いから」と説明しているのだが、それでは地殻が更に薄いはずの中央海嶺や他の遠洋海域ではどうなのか?と疑問に思う。西之島の辺りの地殻の厚さ15キロメートルというのは、平均的な海洋地殻の厚さに比べ、決して薄過ぎるというほどではない。しかも、「なぜ西之島の辺りだけ地殻が薄く安山岩で出来ているのか本当のところはまだ分からない」とも言う。本当はまだよく分からないことを分かるように説明しようというのだから、分かり難いわけである。

 西之島の周囲には、伊豆大島など玄武岩を噴き出す火山ばかりである。しかし地震波の調査によれば、伊豆大島からマリアナにかけて安山岩層が隠れている。しかも、伊豆大島近くの方が安山岩層は厚い。厚い安山岩層がありながら噴き出すのは何故玄武岩ばかりなのか、更によく分からない点である。

 それら以上にもっと分からないのは、安山岩を噴き出す西之島がベルトコンベヤーに乗って北上し、伊豆半島に衝突して大陸となるというプレートテクトニクス流の考え方である。西之島が北上して大島の辺りに来たら玄武岩を噴き出すようになるとでも言うのであろうか?

 ただここで、安山岩層が隠れているらしいという地震波調査の結果は、フィリピン海全体を沈んだ大陸と捉えている私には心強い。南海トラフが日本海溝などの一般海溝に比べて浅いのは、既に書いたように(その13)、安山岩層がトラフの底を覆っているからである。

 南海トラフが私の提言通りに実際なっているかどうかは、そう遠くない将来、掘削した時に決着がつく。それが「反証可能性」ということである。説明ばかりに終始するか、我々の死後にしか確かめようもない提言が全てであるならば、それは「反証可能性」を持つ健全な科学的仮説体系ではない。プレート・テクトニクス説は「反証可能性」を持っているだろうか?

2015年2月17日 (火)

海洋底の縞模様 その26

  東太平洋の断裂帯は布の引きつれ型断層

 東太平洋の海洋底にある断裂帯は、プレート・テクトニクス説にとっての最大の謎の一つである。東太平洋海膨の向きと矛盾するそうした大規模地形が、隣接して、何故そのようなところに存在するのか? 答えられないはずである。しかし私の仮説体系からすれば、既に見た破砕帯成因のバリエーションとして、簡単に説明がつく。

 ここで破砕帯と断裂帯の、相違点と類似点とをまとめ直してみる。破砕帯は中央海嶺に伴う断層である。まるでボキボキと折られた魚の骨を、不器用に並べ直したかのようでもある。破砕帯の長さは不揃いで、長いものの次に短いのがあったりもする。中央海嶺やその破砕帯部分は、浅発地震帯である。

 それに対して断裂帯は、中央海嶺を伴わず、断裂帯同士は相互に平行である。また、断裂帯の方が断層としてはるかに大規模である。しかし、破砕帯、断裂帯どちらにも共通するのが断層とそれによってずらされた地磁気の縞模様である。東太平洋海膨の破砕帯とその近くの断裂帯とでは、方向性に全く関連があるようではない。これらの特徴からして、両者の成因に共通のものがあると同時に、それらは全く独立したものである。

 私の仮説からすれば既に説明したように、破砕帯の場合には、固化し切らないマグマが中央海嶺の下だけに留まっていたと見る。それに対して断裂帯の場合には、マグマのある領域自体はるかに大規模である。身近なもので例えるとすれば、浅い鍋に牛乳を入れて沸かすようなものである。鍋の中の牛乳が冷えてくると、表面に薄皮が生じる。

 つまり、破砕帯と断裂帯とに本質的な差はなく、様態に違いがあるだけなのである。牛乳の表面の薄皮の部分は破砕帯における山型の玄武岩層(「その18」の図-海11)に相当する。つまり、断裂帯の場合の玄武岩層は、山型ではなく、水平なのである。鍋のふちに相当するのはヘス海膨からサライゴメス海嶺へと続く「中央太平洋海嶺」(図-海20の②)である。当然そこが一方の固着点となり、もう一方の固着点は北米大陸西岸沖にできる。両方の固着点の間の玄武岩層には冷却に伴って張力が働き、布の引きつれのような断裂帯の断層ができる。

 このように断裂帯の成因を考えてみると、断裂帯が何故「中央太平洋海嶺」の外側にまで延びていないのか、などの理由も理解できる。更に空想を逞しくすることも出来る。「中央太平洋海嶺」の、サライゴメス海嶺の丸みに着目すると、その辺りと北米大陸本体との間には数本の断裂帯が車輪のスポーク状に並んでいたと推測される。そしてその上に、東太平洋海膨の玄武岩マグマが南米大陸から拡散して乗り上げ、溝の部分を薄く覆ってしまった。    22図-海22


 「中央太平洋海嶺」のヘス海膨の辺りに着目すると、そこは直線状に並んでいて、アラスカの出っ張りが反映されていない。とすると、北米大陸本体が一旦着地して玄武岩マグマを分離、拡散し始めた後、何らかの理由によりアラスカの部分が曲げられた、と推測することを可能にする。アラスカ沖には、Great Magnetic Bight(「その19」の図-海14)と呼ばれる大きな謎がある。ここではその大湾曲だけではなく、海洋底の縞模様の向きと年代を示す図(図-海22)を、別冊サイエンス「特集 大陸移動 地球の再発見」(日本経済新聞社、1973年)から借用する。それを見ると、アラスカからアリューシャン列島にかけての一帯には何らかの、後発性の出来事があったことを想像させる。それがどのようなものであったのかについては、仮定の程度がなお一層強くなるので、今回は述べない。

 名探偵ならば、現場に残る微細な遺留品から事件の全体像を読み解く。恐竜学者ならば足跡化石を調べて、生きていた恐竜の生態を思い描く。それに反して地球科学者たちは、地形、特に海洋底地形に貴重なカギの数々が残されているのに、想像力を働かせようとはしない。惜しいことである。

2015年2月10日 (火)

海洋底の縞模様 その25

  断裂帯は太平洋プレートの向きに矛盾

 太平洋底に関してはもう一箇所、素通りには出来ない海域がある。前回の図と重複するが、改めてカラーの図(図-海21)を載せる。この図において最も特徴的な地形は、平行・等間隔に並ぶ巨大な断層群である。英語だと同じFracture Zone なのだが、中央海嶺に伴う破砕帯と区別するためなのだろう、断裂帯と呼ばれている。                   21 図-海21


 それらの断裂帯が如何にきれいに並んでいるのかは、断裂帯の発見の歴史が物語っている。「海底の地図」(佐藤任弘著、中公新書、1974年)には次のようにある。

[この3つの断裂帯(メンドシノ、マレー、クラリオン)があまりにも直線的に平行しているところからさらに南にも断裂帯があるだろうと予想され、調査の結果発見されたのがクリッパートン断裂帯である。ここでは北側の海底が約400メートル深くなっている。

クリッパートンとクラリオン、マレーとメンドシノの断裂帯の間隔は非常に似ている。これに対してマレーとクラリオンの間は約2倍の間隔である。このことから中間にも未知の断裂帯があると予想され、その結果発見されたのがハワイ諸島のモロカイ島をとおるモロカイ断裂帯である。]

 この引用文の中にも出てくるが、断裂帯の片側が400メートルとか数百メートル深くなっていることが多いらしい。そのこと自体にも意味がありそうだが、今回は問題にしない。

 断裂帯の長さたるや、4000キロメートルにも及ぶ超巨大な地質構造物である。それは火星のマリネリス峡谷の長さと丁度同じである。それは又、地球の直径の3分の1(月の直径よりもいくぶん大きい)程の大きさのひび割れ、と言い換えることも出来る。

 引用文にある断裂帯発見の歴史は、太陽系における小惑星帯や冥王星の発見を思わせるものがある。もしもこのような地質構造物が、他の天体、例えば月の裏側などに発見されたとすれば、大きなニュースとなり、人を驚嘆させるはずである。それなのに、東太平洋の断裂帯発見は、何故人々の興味をかき立てなかったのだろうか? プレート・テクトニクス説の体系に組み込めなかったことがその一因である、と私は考えている。

 本来太平洋プレートは北西に移動するはずである。ところが断裂帯の向きは東西であり、太平洋プレートの動く向きとは矛盾する。縞模様の上では同じ時期のものがあるため、片方に注目すれば北西に、別の縞模様に注目すれば西へ、というおかしな結果になる。

 しかも、断裂帯には中央海嶺がない。中央海嶺にはある地震活動もない。いったい断裂帯はどこで生まれ、何故通常のプレートとは違う方向に動いていくのか? プレート・テクトニクス説からでは、納得のいく解答を得られそうにない。

2015年2月 3日 (火)

海洋底の縞模様 その24

  太平洋を縦横断する巨大海底地形

 太平洋の海底には、私の自信を深めてくれるような地形がいくつもある。その一つは、東太平洋に平行して並ぶ巨大な断裂帯の群である。

 1996年3月号の表紙には、全頁大のイラスト(図-海20)を載せた。これは、このシリーズにカラーで載せている地図と同じ世界地図帳(ナショナル・ジオグラフィック社、1992年)からのコピイである。白黒なのでいくぶん分かりにくいのだが、それでも添えた線によって火山島や海山の列の並び具合は読み取れる。既述のように、ハワイ―天皇海山列①と同じ並び方をしているのは③だけである。②を実際の地図の上で見ると、「く」の字などでは全くにない。弓張型とでも言うべきか、明らかな曲線である。                                 20図-海20

 「その21」で書いたことの繰り返しになるが、②の曲線はジェイソン・モーガンのホット・スポット説の証拠であるどころか反証である。反証になる火山島―海山の並びは他にもいくつかある。中央から左の海洋底に私が書き加えた直線を見ていただければ分かるように、西太平洋には様々な方向を向いた様々な火山島―海山列がある。モーガンはこうした火山島―海山列の全てを無視したことになる。

 さて、再び②の火山島―海山の列に戻る。モーガンはこの列の全体の中から、ホット・スポット説に都合の良い部分だけを取り上げた。実際にはハワイ―天皇海山列を交差して、更に北のヘス海膨から始まっている(ハワイ―天皇海山とは逆に、北から南へと追っていく)。その後はライン諸島、ツアモツ諸島、そしてその後、モーガンが含めていないサライゴメス海嶺が東太平洋海膨と交差し、赤道と平行に南米大陸にまで続く。

 このヘス海膨からサライゴメス海嶺へと続く②の火山島―海山列全体の形は、北米大陸西岸の形を反映している。もっと正確には、北米大陸から尾のように垂れ下がっている部分を、メキシコ・ユカタン半島の辺りで中米の先端を切り取ったとすると、両者の形は一層似てくる。すると、中央太平洋を縦横断するこの巨大な海底地形は、北米大陸を反映する中央海嶺なのだ。恐らくは、様々な大陸から広がった玄武岩マグマが、海洋底を二重三重に覆ったために、はっきりとした形を示さない、言わば痕跡のような中央海嶺なのだろう。そこで、この地形のことを、私のブログの中では「中央太平洋海嶺」と呼ぶことにする。

 この複合的地形の痕跡ということで言えば、ハワイ島の西方に見えるゆるやかな弧線(図-海20の④)も、何かしら意味ありげに見える。これは私の地図帳や地球儀にMid-Pacific Mountains(太平洋中部海山群)として出てくる海山列である。右の図(図-海20)によれば、それはアリューシャン列島を反映しているかのように見える。アリューシャン列島は、海面下まで含めると大陸の縁辺とも見える。それを考慮してMid-Pacific Mountainsを見直すと、それらはアリューシャン列島から滲み出した玄武岩マグマの高まりの痕跡なのだ、と思えてくる。

2015年1月27日 (火)

海洋底の縞模様 その23

  自転と放物線の合成で「く」の字に着地

 もしもマグマの塊りがカムチャッカ半島の辺りから跳ね上がり、メキシコ西岸沖方面へ飛んだとすれば、その軌道はコリオリの力により曲げられ、ハワイ島の辺りに着地するだろう。前回も書いたように、私はひどく落胆した。このコリオリの力による軌跡は、ハワイ―天皇海山列の並びとは正反対の形をしている。これでは仮説が成り立たない、とまで失望したのだが、幸いなことに、失望の状態が長く続くことはなかった。

 コリオリの力による軌跡そのものは確かに、 直線から右に逸れる右カーブ曲線をしているはずである。しかしそれは、飛行物体が空中に留まっているか、直下に落下した場合の軌跡である。ハワイ―天皇海山列の場合には、空中から地表に着地するまでの軌道も考慮されなければならない。地球が東向きに自転しているため、実際の着地点は西に流される。しかも、飛行物体が高ければ高いほど滞空時間は長くなり、着地点がより西になる。

 私のニュースレターには毎号、3頁の英文記事に対し半頁大のイラストを付けていた。右の図(図-海18)は、1996年2月号に付けられたイラストである。スペースの関係で傾けてあったのを元に戻したりはしたが、それ以外はそのままである。    18図-海18


 カムチャッカ半島の中ほどA点から跳ね上がったマグマは、メキシコ西岸沖のB点に向う。コリオリの力によりCの軌跡を辿りD点に着地する。その間空中で放物線軌道を飛行していたマグマは、自転の影響で西に飛ばされ、結果的にハワイ―天皇海山列の位置に着地する。

 前回述べたように地球の自転を止め、「自転の風」ということでイメージした方が理解し易いかも知れない。横風の吹く所でホースから放水すると、水の大部分が着地して作る模様は、ハワイ―天皇海山列と同じ「く」の字型となるのではないかと思う。

 この「自転の風」と放物線との合成が滑らかな左カーブ曲線ではなく、釘の折れ曲がりのような「く」の字型になるという私の予測を、計算あるいはシュミレーションにより証明もしくは反証してくれる人はいないだろうか、と願う。この場合、空気の抵抗による軌道の短縮と地球の球形ということなどが考慮されなければいけないかも知れない。

19図-海19


 私が右の図を作る時、ナショナル・ジオグラフィック・ソサエティー社の"Exploring Our Living Planet (我らが「活ける惑星」の探査)"(Robert D. Ballard, 1983, 1988) という本の中にある図(図-海19)を使った。この図を当時はコピー屋でコピーした後、ハワイ―天皇海山列の部分だけを切り抜いてイラストにした。その作業の間に、重要な特徴に気がついた。ハワイ―天皇海山列は両端が太く、中間が細くなっているのだ。まるで餅や水飴を引き伸ばした形をしている。

 この形を、ホット・スポット説によって説明するのは困難であろう。地下から湧き出すマグマによって火山島や海山ができたとするならば、最初から最後まで同じ太さになりそうなものである。

 両端が太く、餅を引き伸ばしたようになっているというハワイ―天皇海山列の地形的な特徴は、私の自信を更に深めてくれた。

2015年1月20日 (火)

海洋底の縞模様 その22

  ハワイ―天皇海山列は大陸からの跳ね

 私の仮説からすると、ハワイ―天皇海山列は、ユーラシア大陸からの跳ねによって作られた。以前、ヒマラヤ東端と日本列島との間には、ユーラシア大陸からあふれ出したかのような支脈の痕跡があると述べた(その11及びその12)が、ハワイ―天皇海山列の跳ねもそれらと関連した一連の生成機構に基づいている。

 地表を移動する物体にはコリオリの力が働く。地球が球体で自転しているために、赤道と極との間の自転速度には違いが生じる。つまり、赤道上では時速1670キロもの高速(赤道の円周4万キロ÷24時間)で動いているのに対し、極点の上では動く距離としてはゼロ。そしてその中間の赤道と極との間では、緯度が高くなるのに応じて速度が減る。 

 もしも私の理解が正しいとすれば、地球の球体と自転との関係は右のような平面図(図-海16)に置き換えられる。地球の方を静止させ、自転分に対応した風が吹いているとするのだ。すると、赤道上では時速1670キロの風が吹き、極に向かうに従って風速は弱まる。但しこれはあくまでも、コリオリの力を理解し易くするためのイメージにしか過ぎない。この先も風ということにして説明していくが、通常の風と混同するとかえって混乱のもとかも知れない。コリオリの力を説明するための仮想の風のことは「自転の風」と呼ぶことにする。 116 図-海16

 このような環境下において、北極点から赤道に向かって地表もしくは上空を直進する物体は、コリオリの力によって右方に逸れる。「自転の風」が赤道近くになる程強く吹くからである。別の全ての方角への移動に対しても、この同じ「自転の風」が働くために全て直進せず、北半球では右、南半球では左に逸れる。 

 ハワイ―天皇海山列の具体的な出来方を述べる前に先回りして言ってしまえば、前回問題にしたもう一つの火山島の並び(図中の③)も、更に言えば、トンガ諸島からニュージーランドへかけての急激な折れ曲がり(図-海17)も、同じ生成機構によって説明される。この後者の場合、北半球と南半球とでS字に逆転するコリオリの力を如実に示している。単なるS字ではなく、筆が裏返ったかのように見えるのは、その辺りで一旦着地したからかもしれない。 117図-海17


 北半球の台風は反時計回りの渦を巻いている。コリオリの力だとしたら右に逸れるのだから時計回りになるはずではないのか、と思ったこともあるが、それは図中に描いた台風のイメージを得て氷解した。右に逸れるコリオリの力によって台風はコマのように回されるということなのだろう。

 冒頭のハワイ―天皇海山列の並び具合に対しても、同様な錯覚を持ったことがある。コリオリの力により右に逸れるとすれば、ハワイ―天皇海山列の並びは合っていない。私の仮説は間違っているのかも知れない。そう思って、一時期ひどく落ち込んだ。しかし幸いにも、その落ち込みが長く続くことはなかった。それについては次回述べる。

2015年1月13日 (火)

海洋底の縞模様 その21

  都合の良い数例を取り上げただけ

 プリンストン大学のジェイソン・モーガンによれば、ハワイ島近くのマントル下部にはホットスポットという熱源があり、マグマを断続的に噴出して火山島や海底火山を生み出す。それらの火山島や海底火山は、移動するプレートによって北西方向に運ばれる。そのためにハワイ諸島は、一番南東にあるハワイ島が一番新しく、南西に行くほど古い。ハワイ諸島の一番北西のその先には、天皇海山という海底火山群が連なっている。それは、かってプレートが北方向に向かって移動していたことを示すものだ、と言うのである。

 そのプレートの移動を示す証拠は他にもある(図-海15)。モーガンが例として挙げたのは図中の黒線の4箇所だが、アラスカ沖のは部分的なので省く。残りの3つも仔細に見ていくと、ホット・スポット説の説明にぴったり適合するものは一つもない。                                                                15図-海15

 図中の②の線はよくよく見ると弓なりになっている。実際の地図上で見るとその弓なりは更に緩やかで、全体として見るとむしろ円の一部である。ハワイ―天皇海山列などのように直線が「く」の字型に折れ曲がっているのとは全くに違う。もしもプレートが移動したのだとすれば、2本3本の火山島列が直線で、残りの一本だけ曲線に並んでいる、というのは物理学的にあり得ない。むしろ②の火山島の並びは、プレート・テクトニクス説への反証である。

 ③の火山島の並びはハワイの並びと確かに相似ではあるものの、火山島の生成年代が、中間のサモア島の辺りでは逆で、そこでは東南に向かって島の年齢が増している。しかも、サモア諸島のサバイ島には最も生成年代が新しいはずの活火山がある。とすれば、プレート・テクトニクス説の前提は成り立ち得ない。

 ①の本家本元にしたところで、問題がないわけではない。天皇海山からは大陸の構成岩石である花崗岩が掘削されている。ホット・スポット説からすれば、天皇海山もかってはハワイ島近くにあったはずである。太平洋のど真ん中のホット・スポットに、花崗岩を生み出していた時代があったとでも言うのだろうか?

 これら3つの問題点は、そのどれもが説の存立にとって致命的である。だいたい、太平洋底には数千の海山が、あるいはばらばらに、あるいは列を作って並んでいる。それらはてんでんばらばらな向きに並んでいるので、プレートが動いたはずの方向性を支持しない。

 例えば第一鹿島海山を調べている時(その18)に、グーグル・アースで見ていて意外だと思った。鹿島の後続の海山は、北東の方に続いているのだ。それらが日本海溝に沈み込みつつあるのだとしたら南西方向へ進行中ということになり、太平洋プレートの方向とはまるで違っている。それだけではない。その列の延長線上の陸側斜面に、海山のような高まりが見える。だとすると、海山の列は日本海溝に沈み込んでいく、のではなく交差していることになる。

 また、海山は西太平洋に多く、東太平洋の断裂帯海域には極端に少ない。そういう海山の特徴に言及するでもなく、海山の成因を説明するでもなく、無数にある海山や海山列からわずか数例を取り出して説を立てる。実験を重んじ全てを精査するという科学的なやり方からは、かなりかけ離れているように思える。

2015年1月 6日 (火)

海洋底の縞模様 その20

  ハワイのホットスポット説への異議は多い

 このシリーズの、9~16までの下書きを金森博雄先生にメールでお送りした。それに対して先生から、素晴らしい内容の返信をその日(8-16-2014)のうちに頂いた。

 あなたの指摘や質問は的を射たものである。質問の全てに答えられる者がいるとも思えない。プレート・テクトニクス説の魅力的な側面は、いくつかのプレートが動き回るという原理が比較的単純明快で、プレート間の相互作用により数多くの地質学的な観測事実が説明できるように思われた、初めのうちは。しかし明らかに、細部に至るまで全てが説明できるようになったわけではない。というわけで、地質学者たちは時が経つにつれ、それぞれの観測事実に合うモデルを作るようになった。結果として今ではあまりにも多くのモデルが生まれ、その多くが相互に矛盾し合うようにもなった。今ではかっての魅力が、かなりの程度失なわれている。

 というような内容のメールの後、ハワイのホット・スポット説に疑問を呈するサイトについてのメールを、2通立て続けに頂いた。両方とも科学専門誌ネイチャーに載った記事で、それらを読むと、ハワイのホット・スポット説に対する異議、反論は、学界の中でも結構多いみたいに思える。
http://www.nature.com/news/2011/110526/full/news.2011.327.html

 その一つによれば、ハワイ島の真下のマントル下部にホット・スポットの熱源があり、そこからマグマが直上するという従来型のイメージを打ち砕くかも知れない。その研究者らの地震観測法からすると、熱源は1000キロも西にずれているらしい。

 とは言え、それらの反論はどれも、プレート・テクトニクス説内部の修正を求めるものであり、説の前提そのものを疑問視するということではなさそうである。ホット・スポット説のアイデアを最初に出したのはツゾー・ウィルソンだったが、我々がよく知る定説の形へと発展させたのはジェイソン・モーガンであった。彼のことをホット・スポット説のみならず、プレート・テクトニクス説そのものの祖であるとして尊敬する研究者もいる。

 私のニュースレターの読者にノース・カロリナ大学の地質学大院生がいた。私の書くものに対して厳しい批判を加えてくるなど、何度も激しい論争になったことがある。その彼が、ウェーゲナーをコペルニクスとすればモーガンはケプラーにあたる、とまで書いてきたので驚いた。

 プレート・テクトニクス説の流れの中で、マントル対流説のアーサー・ホームズ、トランスフォーム説のツゾー・ウィルソンが重要だというのならば、それらの説に反対の私でも分からないではない。しかし私には、モーガンの偉大さがよく理解できない。例えば、上田誠也氏の「生きている地球」(岩波グラフィックス、1983)には次のようにある。

[活動帯を少し詳しく調べてみると、中央海嶺、海溝、造山帯、トランスフォーム断層の三種類からなりたっている。

このような認識をもった数人の若い研究者たちは、1966年ごろほとんど同時にひとつの重要な事実に気づいた。イギリスのマッケンジーとパーカー、アメリカのモーガン、フランスのル・ピジョンなどである。“地球表面をつくっているこれらのブロックはあたかも剛体板のように変形することなしに運動しているのではないか?”ということであった。]

 この文章で見ると、モーガンはその他大勢の一人に過ぎない。あの大学院生がモーガンを、プレート・テクトニクス説にとっての一番の功労者だと考えるのは、同じアメリカ人という身びいきから、ということなのだろうか?

2014年12月30日 (火)

海洋底の縞模様 その19

  縞模様の成因は油膜の虹色と同じ

 前回書いたように中央海嶺の破砕帯は、玄武岩の柱状節理と固着点間の収縮ということで説明される。今までの学説では、「トランスフォーム断層」という新しい名前は付けられたものの、その成因について言及されたことは全くにない。海洋底の縞模様については既述のように、学説によって説明されてはいるものの、地磁気の強弱を方向性に置き換えたりと、満足のいくものではなかった。それに反して私の説においては、玄武岩の固着点間の収縮という破砕帯の成因と同じ理由、によって容易に説明がつく。

 固着点間の岩石には張力が働いている状態にある。すると、固化した玄武岩層に厚薄のムラができる。そしてそのムラが、縞模様を作る。つまり地磁気の縞模様は、シャボン玉が虹色に見えるのと同じ原理に基づいているのである。

 シャボン玉が虹色に見えるのは水たまりの上の油膜と同じで、石鹸や洗剤の成分が薄く、水分の層を膜として覆っているからである。その膜の厚さにムラがあるため、上面で反射した光と下面で反射した光とが干渉し合い、虹色に見える。地磁気の場合には、キュリー点以下となり岩石が磁化した時点における玄武岩層の厚薄が、そのまま強弱の縞模様として反映される。そして、縞模様にずれの痕跡が残されていることからして、縞模様が生成されたのは、キュリー点以下に冷却した短い期間の間であり、更に冷却が進んで破砕帯が生じるようになる以前のことなのだ、と推定される。

 いつの日か、縞模様の強弱の層がそれぞれ掘削されて比較された時、そのことが証明される。前回提案した横並びの柱状節理の実証ともども、海洋底の掘削こそが、この問題に決着をつける重要な実証実験であり、この点で、私の仮説には反証可能性がある。

 私のこのような考え方からすると、海洋底の縞模様を中央海嶺周辺だけに限定しなくてもいい、ということになる。海洋底を拡散する玄武岩に移動の方向性があり、マグマのかたまりを蓄えられるだけの厚みがあり、それを覆う玄武岩層の両端に固着点があり、などの条件を蓄えている所では、縞模様や破砕帯を生じる可能性がある。             14図-海14


 上田誠也氏の「プレート・テクトニクス」という本に興味深い図が出ている。「海洋の等年代線(アイソクロン)図」というもので、本来は2頁にまたがっているのだが、その左半分だけを借用する(図-海14)。これは、太平洋、インド洋の海洋底の破砕帯と縞模様とを、プレート説から想定される年代と共に描いたものである。

 東南太平洋中央海嶺のすぐ西側の海洋底には、その中央海嶺由来のものとは明らかに違う破砕帯や縞模様が、下は南太平洋から上は北米大陸のカナダ、アラスカ辺りにまで続いている。それは、東南太平洋中央海嶺で湧き出して北西方向に移動するはずのプレートの動きとずれている。ハワイ列島の並びを基準とし、プレートは北西方向に移動するとも言われた。ところが破砕帯や縞模様からすれば、その辺りだけ真西、というより西南西方向である。

 さらに、北東太平洋沖にはGreat Magnetic Bight (大屈曲)と呼ばれる縞模様の大曲がりがある。破砕帯と縞模様の並びがそこでは大きく曲がっている。これは大きな謎の一つなのだが、プレート説では、湧き出し口である海嶺も海溝に沈み込み得るという本末転倒のこじつけによって説明している。
 
 西太平洋には、日本群、ハワイ群、フェニックス群とがあり、これらの方向は、太平洋プレートの進行方向とはまるで違っている。縞模様や破砕帯の成因が、磁極の南北やプレートの進行とは無関係であることの証左でもある。これらについては、先にいって改めて検討し直すつもりである。

 もしも既存の学説にこだわることを止め、純粋に地球の謎解きに立ち向かうという目で見るならば、海洋底こそは、未解決の問題の宝庫なのである。

2014年12月23日 (火)

海洋底の縞模様 その18

  中央海嶺の柱状岩石が収縮すると

 1993年11月号の「ヤスーン・レター」の中で、私は玄武岩柱状節理の出来方を説明した。その時と説明の仕方は変えるが、基本は全くに変わらない。図も、その時のものを基本にして少し手を加え、更にもう1図新たに描き足した。

 デビルズ・ポストパイルの頂上部にある表面のひび割れは、中心への収縮によって作られる(図-海10の上の図)。これはベナールの対流実験でお馴染みの蜂の巣型なので、図以上の説明は必要ないだろう。但し対流の場合には、中心から周辺に向けての動きであったのに、この場合の力は、周辺から中心への逆方向である。                            図-海10 10_3      図-海12

 この表面のひび割れは崖の側面から見られるように、縦方向にずーっと下まで続き、柱となる。柱の横方向の収縮は、それぞれの柱の中心、つまり短い矢印の方向なのだが、縦方向の収縮がどのように起こっているのか、明らかではない。しかし、ひび割れがない分その収縮は長く、強いはず(図-海10の下の図)なのである。それは、レールの収縮のようなものである。

 大陸から滲み出し、海洋底を拡がった玄武岩マグマは、中央海嶺を前線として最高の高まりを持つ。断面で見ると、中央海嶺を頂上として、その両脇になだらかな裾野を持つ山型である。その山体の中には軟らかいマグマのかたまりがあり、半ば固化しかけた玄武岩の層がそのマグマを覆っていた。そのマグマを覆う玄武岩の層が、水平に並ぶ柱状岩石となる。

 この玄武岩の層は、マグマのかたまりの両端で元々の海洋底と固着している。つまり、両端を電柱に固定されている電線の状態にあった。但し、電線の場合には上から垂れ下がっているが、この場合には上下がひっくり返った形になっている。その状態を新しく描き足した下の図(図-海11)として示す。

 固化した玄武岩層の中では、一本一本の柱状岩石が筋肉の線維一本一本に相当し、ある程度のまとまりとして動く。そのために、中央海嶺を横切る岩石もいくつかの群として、破砕帯と破砕帯との空間にまとまる。                                        図-海1111_2

 中央海嶺を中心線にした柱状岩石は、固化して先に収縮した側が反対側をも引っ張る。まるで、中央海嶺の両側の岩石同士が綱引きをしているようなものだ。どちらが勝つかは確率論的であり、ランダムである。

 図10の右隣の図(図-海12)は本来、図11の下に来るべきだが、ニュースレターの時の形をそのままに使い、ナンバーで調整することにした。その図12の上の方は、両側の岩石による引っ張り合いを上から見た形であり、下の図は同じものを横から見た形である。巨大な山体であったものが、両側の固着点を支点として引っ張り合い、低くなりながら横ずれするのである。

 図の上では、隣合う破砕帯の幅が同じ程度に描かれているが、現実においてはまちまちであり、それは破砕帯の長さにも言える。隣合ったまとまり同士が反対方向へと収縮すると、その結果として出来る破砕帯は、非常に大きなものとなる。このことを、チリ西方の東南中央海膨上で示してみる(図-海13)。ずれが始まる前の、元々の中央海嶺頂上部の位置を赤い中心軸線として示してある。しかしこれは適当に決めただけの仮の位置である。ずれ以前の正確な位置を特定することは、非常に困難であるか、不可能であるかだろう。

13図-海13

 また、破砕帯の長さを決めるもう一つの要因は、もともとの山体の大きさであり、山体内部のマグマの量である。山体が大きい程、両端の固着点同士の距離が離れている程、破砕帯の長さも大きくなる。エルタニン破砕帯のずれの大きさは、注目に値する。

 しかしこの私の仮説も、証拠が発見される日までは、単なる素人の妄想に過ぎない。いつの日か、中央海嶺や破砕帯の近くの岩石が掘削されるようになり、そこに、デビルズ・ポストパイルのような6角形の柱状節理が、横並びの状態で発見される、と私は信じている。

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