カテゴリー「原発」の44件の記事

2012年9月15日 (土)

原発問題を考える その44

  首都圏3000万人の避難 

 「サイエンスZERO 取り出せるか使用済み燃料」の番組の中で、水野倫之解説員が「4号機の使用済み燃料用プールの水がからになった場合、政府は当初首都圏3000万人の避難を検討していた」と言っていた。その言葉を聞いた時私はとっさに、その場合の同心円を想像した。その円は日本海にまで達するはずだから、交通機関も全て分断され、東北や北海道は離島になってしまう。 

 うかつなことに、この段階になって初めて、日本がどれだけ危険な状態にあるのかのイメージが、私の頭の中で形作られた。今までにも、小出裕章氏を初めとして数多くの人が、4号機の崩壊と日本の終焉とを結び付けている動画を見てきた。自分で書いてもいる(その2526)ので、知識としては充分承知しているはずだ。ところがそれは言葉の上だけの理解でしかなかったと思う。福島から首都圏にかけての一円が高放射能値により避難指定区域になる、という具体的なイメージの方が、はるかに個々の生活者の苦悩を映し出し、私の心に迫ってくる。 

 3000万人の避難って、一体彼らはどこへ行ったらいいのだろうか? 小松左京の小説「日本沈没」では、世界各国に受け入れてもらうことになるのだが、災害に同情して受け入れてくれるのは最初のうちだけである。やがて、各国で摩擦を起こして厄介者扱いされ、迫害を受けるのは目に見えている。さもなければ、現地人が暮らしたがらない環境劣悪の地の開拓者となるのか、あるいは、必ずや放射線症におかされるのを覚悟の上で、放射能汚染地帯で生活し続けるのか。どっちにしても大変な生活が予測される。 

 電力が足りないことによる不便さや経済の落ち込みを懸念し、それらを主にする者たちには、そのイメージが頭の中にでき上がってないのかもしれない。「4号機が崩壊したら日本は終わりだ」と言っても、冒頭で書いた私と同じで、言葉だけが知識として入ってきて、心に定着しないのかもしれない。もしかするとそれは、〝想像力欠乏症〟とでも呼ぶべき状態なのかもしれない。 

 特に今の首相や関西の財界人たちは鈍い。「ドジョウの面に水」という新しい格言を提案したいぐらいだ。その鈍さは、「再稼動」という言葉が民衆の間で一般的に使われているのにもかかわらず、「再起動」という言葉で押し通していた一事からしても推し量れる。もともと就任時からして、記者会見などで国民に向けて語りかけることは避け、外国に行って本音を話していた。松下幸之助氏は日本全体の将来のためにではなく、財界の代弁者を生み出そうとして塾を立ち上げたのであろうか? 

 今は、原発再稼動だの、原発比率などといっている場合ではない。4号機をどのようにすべきか、使用済み燃料の処置をどうすべきか、の問題に絞って広く意見とアイデアを求めるべきである。もともと4号機は運転休止中だった。それにもかかわらずそこが日本の存続を脅かすほどの危険性をはらんでいたということは、本来は「再稼動」そのものが問題なのではない。それは言うに及ばず、「使用済み燃料は日本全国でいったい何本あるのか?」「そしてそれらは、各原発の敷地内でどのように保管されているのか?」を知ることこそが、いま現在における最も差し迫った問題であるはずなのである。 

 

2012年9月 8日 (土)

原発問題を考える その43

   福島第一最大の不安は4号機 

 当地で8月11日放送の「サイエンスZERO 取り出せるのか?4号機 使用済み燃料」(日本では8月5日夜11時半放送)を見て考えさせられた。 

 趣旨としては、ドイツZDFテレビの「フクシマの嘘」に出てくる会社社長の言葉(その25)や、小出裕章氏の説明(その25)や予想図(その26)と全く同じである。彼らが口を揃えて言うように、今一番危険な状態にあるのは、福島第一原発の4号機なのだ。そのことをサイエンスZEROでは、映像によって丁寧に説明していく。 

 最大の危険性は、1300本もの使用済み燃料が建屋の4階のプールの中で保管されている、という点に起因する。おそらくは、クレーンで原子炉内から引っ張り出して保管するのに、プールが近いと効率的であり、都合がいいと考えられたからだろう。冷却用の海水を汲み上げやすくするために、原発の敷地自体も35mから10mにまで削っている(その24)。建設時からすべて、効率重点主義の設計をしてきたのだろう。 

 5階部分は吹き飛んでしまったため、4階のプールは雨ざらし、テントで覆っているだけである。茨城、栃木両県を襲った竜巻が直撃でもしたら大変なことになる、と竜巻のニュースの時に思った(その30)が、テントでカバーしてあるだけの映像を見ると、その不安はいっそう現実味を増す。 

 前述の社長は、建物の崩壊の危険性を一番に恐れていた。5階に使用前の燃料や重い機械類があるというのだ。しかし映像を見る限り、既に5階部分はがらんどうで何もない。恐ろしいのは建物そのものの強度である。一応コンピュータによるシュミレーションが行われ、M7.9 の地震の揺れにも耐えられると検証された。 

 ところが、壁には爆発の影響で膨らんでいる箇所もあり、コンクリート内部の強度が落ちている可能性もある。番組では、壁に穴をあけて内部の強度を検査する器械も使われていた。多分その結果はOKだったのだろう。OKでなかったならば、NHKで放送されることはないと思う。しかし、たわんだコンクリートの内部には小さなひびが入っている可能性がある。それらが時間の経過とともに大きくなり、壁や床をもろくしていくかもしれない、と考えるとしたら心配性すぎるであろうか? 

 燃料棒の取り出しを開始するのは、専用のクレーンのできる約1年半後と見積もられている。それまで、建屋の壁や床は保ってくれるのだろうか? しかも、クレーンが無事に出来上がったとしても、全ての使用済み燃料棒が取り出されるまでには更に数年がかかる。番組では、使用前燃料棒を取り出す作業が映し出されていた。使用前燃料棒は放射能を出さないため、作業員が触ってもいた。そのような良好な条件であってすら、1本取り出すのに丸1日がかかった。1300本の使用済み燃料を取り出すのに、仮にそれと同じ時間がかかったとして3年半はかかる。プールの中の瓦礫を避けながら、燃料棒を破損しないようにという細心の注意を払った上での作業では、いったい5年かかるのか10年かかるのか、見当もつかない。 

 それまでの期間、建屋が崩壊しない、あるいはプールから水が漏れない、と考えるのは奇跡を望むに近い。両側が切り立った崖の上を歩く登山家のような緊張を、日本国民はその期間ずっと迫られ続けるということでもある。

 

2012年8月31日 (金)

原発問題を考える その42

  大屋裕二教授への2回目のメール 

 大屋裕二教授からのメールに対し、私は次のような返事を出した。既に書いた内容に重複する箇所もあるが、全体の流れを壊したくはないのでそのままに引用する。 

[大屋裕二先生 

お忙しい中、ご丁寧なご返信ありがとうございます。 

テレビやネットからでは、ウインドレンズ社の裏事情その他、深いところまでは知れないようです。カエデの種子、トンボの翅の形を模した風車が低風速でしか有効でないだろうとは、予想していた通りです。しかしマグナス風車はその原理からして有望そうに思えたのですが、これにも問題があるのでしょうか? マグナス風車とレンズ風車とを合体させると面白いものができるのでは、などと思ったりしました。やはり、素人考えに過ぎませんか? その理由をお教えください。また、よほどの強風時は止めざるを得ないにしても、コンピュータ制御で前傾できるようになっていれば、風速の強弱を平均化できるのでは、とも考えました。 

頼まれもせず、役にも立たないことを考えるのは、自称素人哲学者である私の、存在理由だと考えています。思い付いたことを自分のブログで書いたりすることに、どうかご寛容であるようにお願いいたします。 

開発のスピードが遅いことを批判しているわけではありません。原発の再稼動を防ぐことはできないのか? が現在における差し迫った課題です。それに対して、風力発電が原発に取って代わり得るものであるのかどうか、だけが私の知りたい点です。実用化が間に合わないか、生み出す電気量が足りない場合には、他の技術に目を向ける以外ありません。 

もしも科学に対する提言は、その道の専門家か、エンジニアだけに限るとしたら、何とも窮屈なことです。科学においては、誰が言ったかではなく、提言が正しいか否かだけが問題にされるべきです。これに対しては、カール・セーガンが同じ趣旨のことを言っています(地殻底のマグマ層 その21)。 

科学史においては、セレンディピティによる新発見も多くあります。専門外の科学者の意見や素人の発想が、真理により近いこともあり得るだろうと、私は信じています。ブログの他の個所も読んでいただければお分かりの通り、私は高名な地球物理学者らと議論してきました。彼らが私の提言を取り入れたことはありませんが、それでも同じ土俵で科学的な対話を楽しむことはできました。 

非常に貴重なご意見を頂いたと感謝しております。これをこのまま放っておくのは惜しいです。次のブログでは、新エネルギーの水素について、奇抜な提言をする予定でいます。 

その次の次あたりに、先生とのメールの交換を載せたいと考えています。
 
更なる科学的な対話が続きますよう、願っております。]

  風力発電の開発は、素粒子の研究などとは違い、社会の動きと密接な関係を持つ。いま脱原発を巡って、40数年ぶりとも言われる大規模デモが起き、日本の社会が動き始めている。この機を逃さず、せめて、いつ頃までに原発何基分かの風力発電施設を完成させられそうだ、という具体的な見通しを発信してもらえるならば、脱原発の動きへ、〝追い風〟を送ることができるはずである。

2012年8月25日 (土)

原発問題を考える その41

   「しろうと哲学者」のアイデア 

 「『風レンズ風車』の問題点」というタイトルのブログの、「しかもこの『風レンズ風車』は、覆いなどを付けている分、また高速で回転できるようにしている分、台風などの強風に弱い。強風時にはブレーキがかかるようになっているらしいが、それでは極端な言い方をすれば、台風時には停電してしまう。風量を制限するなりして、強風でもある程度の発電ができるような工夫が必要である」という段落には、次のようなコメントが付いた。 

[無茶なことを言わないでください。あなたはエンジニアですか? 台風時には止める、安全が優先するのです。] 

 そしてその次の「3.11の後もう1年以上が経ってしまった。風力発電がある、地熱発電がある、というだけでは、原発やむなしと考えている国民の心を変えることはできない。現物を目の前に見せなくてはならない。戦争中、多くの新しい技術が驚くべき速度で開発された。原発依存との戦時下にあって、通常とは違うスピードが、研究開発に求められている」という段落には、以下のコメントが。 

[私たちのURLに入られて、または北澤もとJST理事長の最近の本、他にもたくさんの関連本が出ていますが、それらを熟読されて、意見を発すべきだと思います。 

私たちは今日も、土日なしでここ数年、開発に携わっています。小型風車では、それも大きなメーカーの力は借りたくないのです。中小企業の知恵と経験を掘り出したいからです。] 

 このシリーズの「その37」において私は、厄介ものの放射性セシウムを逆に有効利用し、水素を生産するようにしたら良い、というアイデアを書いた。これはおそらく、他の誰もが考え付かないアイデアだと思う。私は昔から、誰も考えないことを考えるのが好きだった。小学生の頃から既に、朝起きても床から離れず天井を見ながら、宇宙の始まりはどうなっていたのだろう、などと思いをめぐらせた。本を読んで知識として知りたいのではなく、ともかく考えたかったのだ。 

 「風レンズ風車」は、強風時に止めるようになっていると知り、それならば風車そのものを前傾させたら良い、強風に強い「マグナス風車」と合体させたら良い、などと考えた。それも、そうした子供の頃からの「私の癖」である。 

 長じて偶然なことから哲学を専攻するようになり、西洋哲学史の最初に出てくる人たちが、私と同じ癖を持っていると知ってわくわくした。彼らは古代ギリシャのイオニア地方に住み、専門の学者ではなく、普通の職業を持つ人たちであった。ルネッサンス期以降彼らの考えは復権し、今でこそ哲学の祖とも科学の祖とも称されるが、彼らのすぐ後の時代には、学者や専門家たちに忌み嫌われ、彼らが書いた著作は全て残らず処分された。彼らの存在や考え方は、他の人の著作の中から、断片的、間接的に知られるに過ぎない。 

 彼らに因み、私は自分のことを「ネオ・イオニアン哲学者」、もしくは「しろうと哲学者」と呼びたい願望を持っている。そして、現代の科学者が科学本来の精神に立ち戻り、しろうとのアイデアでも、軽くは見ない日が来てくれるならば、と願っている。

 

2012年8月16日 (木)

原発問題を考える その40

   「マグナス風車も全然です」のコメント 

 「新型風車開発は地方の大学の方が盛ん」というタイトルのブログの中で、私は「ネットで『風レンズ風車』を調べると、家庭用に使える小型のものが売り出されている。既に一部分、実用化の段階に入っているわけだ」と書いたが、それに対しては、次のようなコメントが寄せられた。 

[・・・・ここは一般の人に誤解を与えています。今はこのウインドレンズ社を九大は支援していません。ネットでは真っ先に出てくるようですが。ここのレンズ風車は古いバージョンで、これからの認証制度(日本小型風力発電協会に入ってください)にはパスできるしろものではなかったのです。それで作り直しています。つまり、現在、ウインドレンズ社という会社が扱っているのは、旧のレンズ風車で、まだまだ不十分です。 

そこで、現在はリアムウインド社という新しい会社で、環境省PJで開発中の新しいレンズ風車を世に出そうとしています。これはより安全で、より高性能(発電出力、メインテナンスなど)ホームページは http://www.gtl.jp/clients/riamwind/index.html もうすぐアップします。] 

 なるほど、ネットで調べただけでは分からない裏の事情があるみたいである。 

 私がネットやテレビ番組から知った3つの微風増幅型の新型風車に対しては、それぞれに「低風速ではそうかもしれない」という同じコメントが付けられた。カエデの種子とかトンボの翅の形をした風車は、微風に強い分、強風に弱いだろう、とは私も引用した段階で思った。ただ、微風型、強風型を併用することで、ムラのある〝風まかせの〟風車の欠陥を補う一助にはなるはずである。 

 それに続いて、次のコメントも付いていた。 

[ようするにいろいろ提案されていますが、日本海事協会の認証テストに通る市販品は非常に少ないものになるでしょう。何故なら、風車は回転機械で、発電性能と同時に安全性が重視されますので。] 

 ここにある指摘通り、微風増幅型の風車が、強風下で安全ではない可能性もある。それぞれの新型風車の開発者たちは、その点を充分考慮しながら研究しているものと思われる。ただここでも、テレビなどで紹介される発明が多くの場合紹介されっぱなしで、その欠陥が云々されることも、後追いの報告が出ることもめったにはないので、同じ分野の研究者によるこのような指摘は興味深い。 

 理解できなかったのは、私が「マグナス風車」を紹介した段落に付けられたコメントである。「これも全然です」とあるのだが、その「これも」の「も」は、どの文章を受けているのかがあいまいである。たぶん、「ウインドレンズ社という会社が扱っているのは、旧のレンズ風車で、まだまだ不十分です」を受けていて、「マグナス風車もまだ全然駄目だ」という意味なのだろう、と私は解釈した。 

 しかしそれならば、「マグナス風車」はどのような点で「全然です」なのか、簡単にでいいから説明してもらいたかった。羽根がパイプ状で強風に強い、パイプ状の羽根を自転させなければ風車全体が回転しない、という構造からすれば、台風に対しては最も強く、安全性の問題はない、と考えられるからである。

 

2012年8月10日 (金)

原発問題を考える その39

   「風レンズ風車」大屋裕二教授からメール 

 「風レンズ風車」を調べている時に、九州大学の開発者、大屋裕二教授のメールアドレスが知れたので、関連部分を掲載した後にメールしてみた。金森、上田、島村教授他、一応の面識を持つ方々が相手ならば、下書きの段階のものをお送りしている。ブログに掲載した後でより、その前の段階で間違いが訂正された方が良いからである。 

 しかし大屋教授の場合には、事前に下書きを送りはしなかった。高名な先生方に連絡を取っても無視されることが多いので、どうせ、という思いの方が先に立つ。そこで、返信をいただけたというだけでも大いに喜んだ。ただその内容はちょっと意外であった。気分を害されたような文面であるが、ブログで扱った文もまたメールも、大屋教授に悪意を持ってのものではなかったからだ。以下にそのメールの交換を、肝心な部分だけ、そっくりそのまま掲載することにする。 

[大屋裕二先生 

以前放送されたサイエンスZEROを見て、先生が開発された「風レンズ風車」のことを知りました。原発をなくすには、代替エネルギーの開発のスピードが問題になっている、と私は考えています。その考えに基づいて「原発問題を考える」という私のブログでは、自然エネルギーのことを扱いました。 

「風レンズ風車」については、放送を見た段階では非常にすぐれたアイデアで感心したのですが、今は実験段階で、大規模な実用化はまだまだ先の話みたいだと知り落胆しました。そうして書いた私の考えが間違えであるのか否か、お教えいただけましたら幸いです。 

いまやすっかり引っ張りだこで、素人の書いたものなどに目を通す時間はないと推察いたしますが、万一の幸運があるかもと願い、これをメールいたします。 

 これに対していただいた返信は次のようなものである。 

[篠塚さま 

レンズ風車に興味をもっていただきありがとうございます。 

技術の進歩は、必要なタイミングで進化するものです。それは人智を超えたところにあります。なぜ、いまか、をよく考えられたらよいでしょう。カーツワイルの意見とか、古今東西の科学史を紐解かれると、世に出る技術、出るタイミングとか、がわかります。単に科学技術だけでの問題でもないことはおわかりでしょう。 

ブログで意見なさるのはいいですが、レンズ風車を持ち上げてくださるのは嬉しいですが、今、私たちが、寿命を削って、この日曜日でも休みなしに研究開発している現状をよく理解してください。もっと書き方があるはずです。 

九大応力研 大屋] 

 そのメールには、私が送った「原発問題を考える その34」及び「その35」にコメントを入れた文章が添付で付いていた。私の原文そのものは消さないままにしてあるのでそちらを参照してもらうこととし、大屋教授からのコメントを理解するのに必要な程度に省略しながら次回引用する。

 

2012年8月 5日 (日)

原発問題を考える その38

   脱原発ロードマップを考える会 

 菅直人前首相の公式サイトをたまたま覗いたおかげで、彼の現在の活動が知れた。4月13日更新の「『脱原発ロードマップを考える会』発足」という記事によれば、次のようにある。 

12日、民主党の議員連盟である「脱原発ロードマップを考える会」が第一回総会を開催し、設立された。この議連は、脱原発に向けてのロードマップ(廃炉目標、省エネ目標、再生可能エネルギー目標、投資•雇用目標等を含む)を策定し、脱原発を早期に実現することを目的としている。 

この議連は、民主党の衆議院議員39名、参議院議員16名の55名が呼びかけ人となり、その他にも衆議院議員12名、参議院議員4名の16名が当日までに入会した。顧問に菅直人、江田五月元参議院議長が就任した。]

 

 ドイツZDFテレビ「フクシマの嘘」にあるように、原子力ムラの圧力によって首相の座を追われたのかもしれない(このシリーズのその23、24参照)、と思っていた私には、今もこうして、彼が政界で力強く活躍していることが喜ばしい。 

 既に書いたように、当時のマスコミの、彼に対する風当たりは非常に強かった(その32参照)。ネットなどを見ると、その傾向は今も衰えてはいない。匿名性があるために尚のこと居丈高になれるのだろう。強いマスコミの尻馬に乗っているという安心感からか、汚い言葉遣いで罵ったりしている。強い側に立ち、弱い者を個人攻撃する構造は、小中学生のいじめと変わらない。 

 菅氏がそうした逆風にもめげず、環境や脱原発に対する自分の信念を貫いているさまは見事である。既にして、7~80人の国会議員の賛同者を得ているということに驚く。 

 5月29日付朝日新聞の記事には「私は311日までは安全性を確認し、原発を活用する立場で首相としても活動した。しかし、この原発事故を体験する中で、根本的に考え方を改めた」という彼の言葉がある。彼の公式サイトのインタビュー記事にも同様の言葉があり、その先の方には、「実は総理在任中から、再生可能エネルギーの推進はスタートしていました。特に大きかったのは、いわゆる再生エネルギー促進法案、固定価格買取制度の法案を昨年8月、総理としての最後の仕事として通過させたことです」という言葉がある。 

 「醜い延命策だ」とマスコミに毒づかれながら、それでも首相の座に固執していたのは、当時から既に、脱原発や自然エネルギーの会を作るつもりがあってのこと、だったのかもしれない。 

 まだまだ、廃炉の問題一つとっても、問題は単純ではない。原発を使わないと資産が目減りし、電力会社が破産するから原発再稼動が必要なのだ。夏の電力不足を補うためだけの問題なのではない、とも言われる。それについては、テレビ朝日「そもそも総研」の「どうしても原発を動かしたい関西電力の裏事情(2)」における古賀茂明氏の説明が分かり易い。

  「今後は、脱原発を行った場合に電力会社の経営や日本経済にどのような影響があるのかも含めて検討」するという「脱原発ロードマップを考える会」の動きを注視していきたい。

2012年7月29日 (日)

原発問題を考える その37

   水素は運搬可能なエネルギー 

 電気を作るのではなく、排熱からエネルギーを取り出し、それによって節電する、という考え方もある。524日放送のクローズアップ現代「眠れる熱エネルギーを活用せよ」では、地中熱、工場で今まで捨てられるだけでしかなかった排熱、都市の下水の熱などを利用する各方面の姿が紹介されていた。 

 その中に、非常に興味深い話が出ていた。熱は冷めてしまうため、保存したり運搬したりするのが困難だ。その壁に挑んでいるのが九州大学の石原達己教授である。彼は、工場の排熱を使って水から水素を作ろうとしている、というのである。その技術的な難しい話は別として、私が注目したのは次の言葉である。 

[水素は今後、普及が期待される燃料電池自動車などの燃料となり、保存や持ち運びも可能です。] 

 水素が保存や運搬を可能にするエネルギーだ、という点が新鮮に思えた。 

 たまたまその1週間後、菅直人前首相の公式サイトを覗いてみる気になった。ちょうどその日、彼に関する新聞記事をサンフランシスコの図書館で読んだからである。公式サイトにより、彼が自然エネルギー研究会の顧問をしていると知った。そしてその研究会の記事の中に、マグ水素についてのものがあった。水素をマグネシウムに吸蔵させれば、保存や持ち運びが簡便、安全でしかも安いというのだ。 

 今まで、水素を燃料とする自動車のニュースを見るたび、あれって危険ではないのだろうか? と思ってきた。プロパンなどと同様、気体は圧縮しなくてはならない。ボンベにつめた水素と衝突事故などの多い自動車との組み合わせは、爆発の危険性が大き過ぎる。その点、圧力をかけることなく、水素を収蔵するだけで済むならば、そうした危険性は回避できる。 

 まるで夢のような技術だが、圧縮ならば減らせる体積が、収蔵では減らせない。果たして実用化できるものか、そして工業化できるものか、まだまだこれから多くの実証実験が必要とされることだろう。 

 しかしいずれにしても、危険性の課題をクリアできさえしたら、水素以上に素晴らしいエネルギーはない。「水素はあらゆる化学燃焼の中で単位質量あたりの発熱量が最大(33キロワットアワー/キログラム)で、天然ガスの2.4倍、ガソリンの2.7倍もある」そうである。しかも燃焼しても水が出るだけなのだから、これ以上にクリーンな燃料は他にない。 

 そうか、次なるエネルギーは水素か。目からうろこの思いがした。そう思った後で、新しいアイデアが次々に生まれた。 

 「サイエンスZERO 冷温停止状態 浮かび上がる課題」(その31参照)において、「放射性セシウムが水と反応して水素を発生する」ということが問題になった。しかも海水が混じっているため、よけい大量の水素が発生したとある。ここにおいては爆発の危険をもたらす厄介者だが、逆転の発想をして、この方法で水素を得るような設備を造りさえしたら、工場の排熱やその他のエネルギーを使う必要性がない。 

 さらには、福島第一を水素爆発に導いた反応を再現すれば、使用済み核燃料からでも大量の水素が生産できるかもしれない。どうせこの先何年も管理し続けなければならない廃棄物を、そのような形で生かし、できた水素は火力発電で燃やすなり燃料電池車に使うなりしたら、一石三鳥にも四鳥にもなる。

 

2012年7月23日 (月)

原発問題を考える その36

  原発沖で自然エネルギー発電を 

 前にも触れたクローズアップ現代(その33)には、イギリスのエネルギー・気候変動委員会会長ティム・ヨウ氏の次のような言葉が出ている。 

[私たちは2020年までに自然エネルギーを全電力の15%にします。短期的には風力ですが、長期的には海洋発電でまかなおうと考えています。 

何故なら、信頼性が高く、原子力や化石燃料と同じ安定した電源として使えるからです。] 

 私も同感である。風力や太陽光発電は、短期的な“リリーフ・ピッチャー”であるに過ぎない。風力が一番早く実現可能であるだろう、というのが風力を推す理由である。その風力にして、いつ大規模発電が実現するかのめども立っていない。 

 やはり、この1年間、自然エネルギーといえば風力と太陽光発電ばかりが喧伝されてきたそのこと自体に問題があったのかもしれない。私は以前にも、水力発電を推奨し、企業が水力による自家発電を構築する姿を夢見た(その20、その21参照)。 

 今になってもう一度、中小水力発電の現状はどうなのか、調べ直してみた。そして、水利権などの規制、大型ダムと同等の煩雑さが要求される手続、などがそれらの普及を妨げていると知った。もしも世論によるバックアップがあれば、そうした規制や手続などの緩和が早められたはずである。風力、太陽熱に比べ、水力だけが置き去りにされた感のあるのが残念である。 

 もともと、大規模ダムが景観を破壊し、環境問題を引き起こしてきたということが、利権に結びついた不必要な公共事業への反発などともからみ、水力発電自体を敬遠させてきたのだろう。しかし環境に悪いということで言えば、原発以上に悪いものはないし、化石燃料にしてもCOや温暖化問題を引き起こす。水力発電による環境への負荷は、それらに比べたら最も軽度であると思われる。 

 化石燃料はまた、ほとんど輸入しなければならないものばかりである。世界の需要の伸びから見て、価格の上昇は避けられないどころか、手に入らない日が来ると覚悟していなくてはならない。円高が円安になっただけでも買いにくくなる。 

 その意味からも基幹電源を、輸入に頼らざるを得ない化石燃料や原子力から、国内で賄える水力、地熱、海洋発電などの自然エネルギーへと移行しておかなければならない。電源エネルギーを自給できるか否かは、国にとっての死活問題であり、主食の米の自給以上の戦略的な意味を持つ。 

 自然エネルギーへの移行は、電力会社の指導者や政治家らにこそ熱く語ってもらいたい主題である。例えば自動車会社なら、それぞれの会社同士でしのぎを削って新しい技術を開発し、ハイブリッド車や電気自動車を実現した。電力会社は、今までにどのような自然エネルギーの新技術を、自前で開発してきたであろうか? その意味からすると、新型の風力発電を地方の大学の自主的な開発に任せている現状は、納得がいかない。電力会社こそが、積極的に自然エネルギーの実験開発を手がけるべきなのである。 

 もしも彼らが本気で自然エネルギーへの移行を考えているならば、彼らには理想的な敷地がある。例えば福島第一沖合の洋上であり、海中である。そこは、悲しいことであるが、もはや漁業権の問題がない。また、原発近くの敷地に風力や太陽光発電を造る手もある。それ以外の原発において、それぞれの土地による事情は違うだろうが、敷地内もしくはその近くで、何らかの自然エネルギーによる大規模発電を作ることはできるはずである。何しろそこには、長いこと使われないままの送電線網があるのだ。

 

2012年7月17日 (火)

原発問題を考える その35

   「風レンズ風車」の問題点 

 「風レンズ風車」を調べている時に、「日本の風はヨーロッパなどに比べると風速が弱く、さらに風向も頻繁に変わるという特徴を持っています。つまり、日本の風は風力発電に適していないのです。日本国内で、発電用大型風車が海岸沿いなどの限られた地域にしかないのはこのためです」という言葉を見つけた。さっそくに世界地図を広げてみると、オランダが何故昔から風車で有名なのかも理解できた。 

 サンフランシスコ近郊に長いこと居住して、大陸の西海岸の気候に興味を持った。ユーラシア大陸の東に位置する日本では、いろいろな方向からの風が当たり前であるのに、カリフォルニアでは海から陸へ、西から東へと吹く風がほとんどなのである。また台風もない。10月から3月にかけてが雨季でその間に嵐はあるのだが、ジェット気流の蛇行が西から東に通過する期間だけである。 

 大陸の西岸にあるヨーロッパの国々も似たような気候であるに違いない。オランダ、ドイツ、デンマーク、ノルウェー、アイルランド、スコットランド地方などは、風向もほぼ一定で、風車を設置するのにもともと適した土地なのだ。とはいえ、国民の側に自然エネルギーを求める強い意志がなかったとすれば、ヨーロッパといえども風車が普及することはなかったであろう。 

 日本では既に見てきたように(その14、その30)、原発への依存が自然エネルギーの開発を阻害し、本格的な実用化がすっかり遅れてしまった。原子力が夢のエネルギーどころか、遅かれ早かれ、使ってはいけないエネルギーになることは、核廃棄物の処分法がないということからして明らかである。ならば、自然エネルギーの開発を早く進め、早く実用化した国が勝つ、とも言える。もしも日本が目先の利益や電力不足の恐怖にこだわり、原発から自然エネルギーへの移行を遅らせるならば、中国や韓国に実用化の先を越されることになる。 

 自然エネルギーの中で一番早く実用化できそうなのは風力かもしれない。そして既に見てきたように、ヨーロッパなどとは違う環境に合わせた日本独自の効率の良い風車を開発する必要がある。「風レンズ風車」が大規模発電に一番適しているようにも思える。しかし問題なのは、開発のスピードである。大屋裕二教授がいつ研究を始めたのかは特定できなかったが、少なくとも4~5年はかかっているようである。そして201112月に博多湾での実証実験が始まり、1年間は続けるようである。このペースで開発が進んだとして、原発に代り得るような風力発電施設が完成するのには、まだまだ5~10年ぐらいかかるかもしれない。 

 しかもこの「風レンズ風車」は、覆いなどを付けている分、また高速で回転できるようにしている分、台風などの強風に弱い。強風時にはブレーキがかかるようになっているらしいが、それでは極端な言い方をすれば、台風時には停電してしまう。風量を制限するなりして、強風でもある程度の発電ができるような工夫が必要である。例えば、羽根の回転が高速になり過ぎた場合、風車そのものが風速に合わせて前傾するとかはどうだろうか? あるいは、強風に強い「マグナス風車」の原理を取り入れる、ということも考えられそうである。

  3.11の後もう1年以上が経ってしまった。風力発電がある、地熱発電がある、というだけでは、原発やむなしと考えている国民の心を変えることはできない。現物を目の前に見せなくてはならない。戦争中、多くの新しい技術が驚くべき速度で開発された。原発依存との戦時下にあって、通常とは違うスピードが、研究開発に求められている。

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