カテゴリー「マグマ」の79件の記事

2015年7月16日 (木)

噴火は予知できていたはず その15

   異常震域地震の謎

 私が異常震域という言葉を知ったのは、今回の小笠原諸島西方沖地震の時が初めてだが、そういう現象があることを知ったのは1989年ロマプリータ地震の時だった。ロマプリータ地震はM7・1、死者67人、この地方を襲った地震としては、1906年サンフランシスコ大地震のM7・9に次ぐ大きさであった。

 この地震の時、揺れによる最大の被害を記録したのは震央近くではなく、100キロも北の数地点である。埋め立て地などで地盤が弱く、振動を増幅し易い土地なのだ、と考えられた。しかし埋め立て地ならば、震源地から100キロの間にいくらでもある。それらの土地の揺れが小さかったことは、レンガ製の煙突が壊れていただけ、などの外観からも明らかである。

 しかもロマプリータ地震の場合、同じ強さの等震度線が波紋のような同心円を描くのではなく、まるで節目板のような潰れた楕円形をしている(U.S. Geological Survey circular 1045)。震源から斜め上方に、何ものかが打ち出されたかの如くである。Img_0002_new


 このような地震の不思議さを初めて知った私は、当時、偶然なことから被災地から被災地へと車でお連れしていた日本大学理工学部教授、守屋喜久夫氏に尋ねてみた。氏は「七つの大地震 現地レポート」(新潮選書 1982年) の著者でもあり、大地震が起こると世界中何処ヘでも真っ先に駆けつける地震学者として有名だった。

 「震源から100キロも離れたサンフランシスコやオークランドの方が、ビルでも高速道路でも、こんなに壊滅的にやられているのに、中間の町では被害のない町もあったりして不思議ですね。被害の出る地震を体験したのは初めてですが、地震ってこういうものなのですか?」

 「遠くの方が強く揺れる地震は、地震学的に見ても結構あります。ロシアを震源とする地震が起きた時、日本海側で揺れなくて、太平洋側で大きく揺れる、というようなこともありました」

 後に「地震は必ずくる」(阿部勝征著 読売科学選書 1990年) という本の中に、ウラジオストク近くを震源とする深発地震の話が大きな図入りで出ているのを知り、この話だったか、と納得した。最近になって読み返すと、「異常震域」という言葉はそこに何度も出ている。今回の地震で初めてその言葉を知ったと冒頭に書いたのは間違いで、本当は記憶に残らなかっただけなのだ。

 さて、このようにロマプリータ地震を見た後で、もう一度今回の小笠原諸島西方沖地震の異常震域現象を見直してみる。ニュースにおける解説では、何故遠く離れた関東地方が強く揺れたのかに対して、固いプレート内を通る地震波は減衰しないからだ、と説明されていた。

 ロシアの深発地震の場合には、沈み込んだ太平洋プレートの先で深発地震が起こり、その地震波が固いプレート沿いに立ち昇るので太平洋沿岸部の方が揺れが強かった、と説明される。それに対し小笠原諸島西方沖地震の場合には、プレートの沈み込む方向に立ち昇るのではない。複雑な構造をしたフィリピン海プレート沿いに伝わってきたはずなのだ。伊豆・小笠原諸島の多くは活火山の島であり、地下には当然マグマ溜まりが連なっているはずである。固いプレートどころではなく、柔らかいマグマに出会って、逆に減衰しそうなものである。つまり、ロシアの場合の説明をそのまま使えるはずもない場所なのだ。

 ロマプリータ地震は謎に満ちた地震であったのに、誰もそれに注目しなかった。小笠原諸島西方沖地震も同様に謎に満ちた地震である。お座なりの説明で満足するのではなく、もっと深く研究してほしいと願う。それらの謎を通してこそ、地震の本質が見えてくるはずである。

2015年7月 1日 (水)

噴火は予知できていたはず その14

   噴火予知失敗に失望

 インターネットを見る限り、今回の口永良部島噴火予知失敗に対する批判は目立たない。犠牲者が出なかったこともあるのだろう、専門家が表立ってやり玉に挙げられることはない。しかし私からすれば既に書いた(http://tairiku-q.cocolog-nifty.com/blog/2015/06/post-6469.html)ように、御嶽山、口永良部島と立て続いた噴火予知失敗によって、専門家への信頼は大きく損なわれたはずである。

 ミュオンの透視画像については既に書いた(その4)が、噴火予知手段としては他に、人工地震探査法というのもある。それについては前に、「地震と火山の100不思議」(神沼克伊他著、東京書籍) という本から引用した(地殻底のマグマ層 その26) 。それによれば、火山噴火予知のために1994年以来、毎年1火山を対象として地震探査をしているそうである。

 この場合の人工地震探査が、サイエンスZERO「噴火の前兆は捉えられるか」で扱われたアクロスという連続的な地震探査法(噴火は予知できていたはず その5) と同じものであるのかどうかは分からない。ともかく、火山体の地下構造を明らかにし、マグマ溜まりを検出しようとする様々な技術が既に存在している。それなのに、警戒レベル3の口永良部島で、それらの技術が全く生かされなかったのは何故なのか?

 東日本大震災の津波時にも、私は似たような思いをした(東北地方太平洋沖地震 その12)。三陸沖に光ケーブル式海底地震・津波観測システムが、あの震災の16年も前から既に設置されていたというのに、肝心な時に役立ったようではない。

 本やテレビを見れば、噴火予知のための技術は既に確立したかの印象を受ける。次の噴火こそは、実際の噴火前にそれなりの警告が発せられるに違いない。そう期待しながらニュースを見守り続けてきたが、期待は常に裏切られてきた。有珠山の噴火予知成功にしたところで、火山体内を透視したり、人工地震探査により、マグマの位置を特定した結果によるものではなさそうである。もしも私のその推測が正しければ、主噴火前の火山活動が分かり易かっただけで、かなり偶然的な要素の方が強く、技術によって得られた成功だった、とは言えないことになる。

 プレート・テクトニクス説の出現以来、地震や火山の仕組みが図入りで説明されてきた。それらを見る一般人は、専門家は地震や火山についてをよく理解しているのだと思い、信頼を寄せる。ところが実際に地震や噴火が起こってみると、それらの多くは不思議と想定外の起こり方をする。すると専門家は、「学問の限界だから」とか「それぞれの火山には個性があるから」と説明する。それでも一般人の専門家に対する信頼は変らない。「ネイチャー」誌の記者が驚くのも無理はない。

 口永良部島噴火の翌日(5月30日)、小笠原諸島西方沖地震が起きた。この地震は、巨大地震の震源として世界最深だったという特徴のほか、遠い関東地方を大きく揺らし、ビル高層階の住民に恐怖を与えたということでも注目された。関東地方のエレベーター約1万9千台が緊急停止したともいう。震源から遠く離れた所の方がかえって揺れが大きくなるこのような現象のことを異常震域というらしい。

 このようにして、謎に満ちた地震現象だったはずなのに、ニュースの後で解説した専門家は、プレート・テクトニクス理論を用いて簡単明瞭に説明してしまった。もう充分分かっています、というそういう説明の仕方で本当にいいの?という思いだけが残った。技術はあり、図入りで説明出来るにもかかわらず予知できない火山噴火。そしてその翌日、図入りで説明出来るはするが大きな謎を秘めている深発地震。火山と地震、現われ方は大きく違うのに、共通の問題があるように思われてならない。

2015年6月23日 (火)

噴火は予知できていたはず その13

   説明出来ない深発地震

 御嶽山から口永良部島の間にも、箱根大湧谷の噴気活発化と桜島の噴火多発がニュースになっている。東北地方太平洋沖地震の後、日本列島全体が活性化したのではないか、と恐れられてもいる。箱根だけではなく、富士山までも噴火するのではないか、というのが最大の心配であるようだ。

 それに対して私は既に書いたように (富士山はなぜ噴火しなかったのか? その2その4)、西之島が噴火していることで逆に、富士山や箱根は大噴火しないとみている。現在の箱根の活発化は、遠くに伝わる揺らぎのようなものである。それに対して新燃岳や口永良部島の噴火は、桜島の噴火の活発化が近隣に及ぼされた結果だろう、とイメージしている。このような自分なりのイメージを持っていると、ひいきのチームを持っているのと同じで、ニュースの展開が他人ごとではなくなる。

 口永良部島の噴火の翌日、5月30日には奇妙な地震が発生した。小笠原諸島西方沖地震と名付けられたためイメージがはっきりしなかったが、ネットで調べると、むしろ西之島に近い。初めはM8・5、震源の深さ590キロと発表したが、後にM8・1、深さ682キロとそれぞれ修正した。気象庁によれば、1900年以降のM8以上では、世界最深の地震だそうだ。

 この深さをプレート・テクトニクス説では、どう説明するのであろうか? もともと「水平の移動を長い間続けてきた太平洋プレートが冷えて、日本海溝の辺りで斜めに沈み込む」というプレート説のモデルは、その背後の日本列島で活火山帯のような高温域を何故生み出すのか?という疑問に答えられない。これは上田誠也氏も認めるように (富士山はなぜ噴火しなかったのか? その4)、プレート・テクトニクス説最大の難問の一つである。

 その上にこの小笠原諸島の辺りでは、日本海溝での沈み込みの図式を当てはめようとすると、数々の疑問が出て来る。例えば、後者で斜めに沈み込むプレートが、前者においてほぼ直下へと沈み込むのは何故なのか? しかも、ロシア沿海部辺りで発生するのと同じ深さの深発地震が、小笠原諸島西方沖でも起るのである。一体、プレートの沈み込みは斜め、直下どちらが本来の姿なのであろうか?

 しかしそのこと以上にもっと本質的な疑問がある。今回の地震のように682キロもの超深度で起る地震を、プレート理論で果たして説明出来るのだろうか? そのような超高圧高温の深度では、岩石は柔らかく可塑性に富み、地震の原因とされる破壊も断層も起こりそうではない。そもそも、マントルは対流出来るほど流動的なはずである。そのマントル対流論、あるいはプレート・テクトニクス説の大前提からすれば、断層だの反撥だのがマントル深部に存在していること自体が矛盾なのだ。

 だいたい対流というのは、周りの物質との間に大きな温度差があるからこそ、上昇もし下降もするのだ。ということは、水平移動している最中にかなりの程度冷却されるということでもある。とすれば、上昇域の中央海嶺と下降域の海溝とでは、冷却によって生じた大きな温度差が実測されるのでなくてはならない。しかもそのようにして生じた温度差も、沈み込みを開始してしばらくすると、周りの高温域に温められてしまいそうなものである。

 今回の小笠原諸島西方沖地震には上述の一般論以外にも、フィリピン海・プレート固有の特別な問題点もある。地震のあった辺りの火山島は、西之島―八丈島―三宅島―大島方面へと北上し、伊豆半島がそうであったように、やがては日本列島に衝突すると言われる。ということは、この辺りのプレートは2層構造になっているということでもある。

 太平洋プレートがエスカレーターのように下降しているその上を、動く歩道が別方向へと進行している、という図式である。建造物としてならばあり得ても、自然界においてこんな複雑な形の熱対流が存在し得るとは思えない。

2015年6月17日 (水)

噴火は予知できていたはず その12

   科学者の裏をかく「自然」

 前回書いたミュオンのことを確認するために、「噴火の前兆は捉えられるか」(NHKサイエンスZERO)という番組の録画を見直してみた。すると、番組の中に「口永良部島」の名前が出ていたので驚いた。2月に見た時には全く気づかなかった。島に高精度傾斜計が設置されていて、去年8月の噴火1時間前に異常を検知していたという。

 ならばより大規模な噴火の今回、何故傾斜計は直前検知できなかったのか? 去年の噴火時に障害を受けた計器類の一つなのかと思い、もう一度観測点配置図を見直したが、障害を受けた観測点の中にはない。前々回の引用文中にもあるように、傾斜計も直前に変化しなかった計器類の一つなのだ。不思議だ。

 同番組中でもう一つ、噴火予知に役立つ技術だとしてミュオンがイタリアで注目され、11月に日本の研究陣と契約が交わさればかりだ、とあった。海外を助ける前に、何故警戒レベル3の島でその技術を生かせなかったのだろうか、と改めて思った。

 既に書いたように(地殻底のマグマ層 その12その13、地震予知失敗は罪 その7)、日本の火山噴火予知には、数多くの失敗の歴史がある。

 時期的に早いのは1914年、桜島の場合である。なまじ気象台の見通し通りに行動したために、百数十名の島民が犠牲になった。それを悔いた村長の遺志をくんだ島民が「科学不信の碑」を建てた。

 しかし私が失敗の歴史を初めて知ったのは1991年、雲仙普賢岳の火砕流の後、イギリスの科学専門誌「ネイチャー」のそれに関する記事を偶然見つけて読んだ時であった。記事を書いた記者の、歯に衣着せない書きっぷりが小気味よかった。専門家達がこれほどに間違いだらけの予測や警告を繰り返しているのに、日本の一般人はそれでも尚、専門家の言葉を素直に聞き続けている。西洋人からしたら、そこのところが一番の驚きだと言う。実際、地震予知が間違っていたからと、イタリア人は裁判沙汰を起こしもした。

 1986年の大島三原山、1989年の伊東市沖の海底火山。彼が挙げている例はさほどに重大な事件ではない。犠牲者が出たわけでもないので、一般人はとっくに忘れているはずである。ただ、専門家の予測が如何に当てにならないものであるかの例としては充分だ。他に島村英紀氏の指摘する2000年の三宅島の例もある。

 自然はまるで、「人格」を持っているかのようである。サンフランシスコとその対岸の町オークランドに大被害をもたらした1989年のロマプリータ地震以来、地震の起こる起こり方やタイミングが、あまりにも意味ありげなので驚き続けてきた。具体的な内容はあえて書かないが、「自然」は科学者の裏をかくのが好きなのではないか、という気になることすらある。

 予知に成功した目覚ましい例は、地震で1975年中国海城の1例、噴火で2000年の有珠山の1例のみである。他の全ての地震や噴火は、いつでも不意打ちであった。東海地震が来るぞ来るぞと言われながら数十年、そこで想定通りの大地震は起こらず、それ以外の地で学者が首をひねる奇妙な地震ばかりが起き続けてきた。

 噴火も同様で、来るぞ来るぞと言われている富士山噴火が未だに来ず、その間に、ニュースを聞いて初めて知る火山が前兆も無しに噴火して脚光を浴びることが多かった。新燃岳、西之島、御嶽山がそうであった。そして今回は、「水蒸気噴火だから予知できなかった」御嶽山の、その口実を封じるような噴火が名も知らぬ島で起こった。9000メートルもの噴煙を立ち上げた噴火が、何の前兆も示さなかったとは、どうにも不思議でならない。

2015年6月11日 (木)

噴火は予知できていたはず その11

   水蒸気噴火から火山の個性へ

 口永良部島の噴火について、前回も引用した東洋経済オンラインからもう少し引用する。

[1933(昭和8)年や1966(昭和41)年に大規模な噴火を観測。1980年代以降は小康状態だったが、京都大学防災研究所の井口正人教授によれば、1999年ごろからマグマの上昇を推定させる地下の温度変化などが観測されていた。火山性地震は2006年や2012年には400回を超える月も。それでも警報を出すに至る変化とは認められないまま、2014年8月3日の噴火が発生した。
井口教授は「15年間にわたる長期の準備過程があった。しかし火口が隆起するような明らかな兆候は、噴火の1時間前ぐらいからしか分からなかった」と、昨年10月に名古屋大学であった研究集会で報告していた。]

 どうやら、去年の噴火も予報予知無しの噴火だったようだ。前兆無しに噴火するのが、この山の個性なのかも知れない。口永良部島の今回の噴火の後、多くのサイトでこの「火山の個性」という言葉を目にする。例えば、以下のような言葉が見つかった。

[火山はそれぞれに「個性」があり、避難誘導や地域の対応も個々に考えられなければならない。] (東洋経済オンライン)

[しかし噴火に至る経緯は火山によってまちまちで、同じ形態を繰り返すとも限らない。] (毎日新聞)

[実は、警戒レベルというのは、非常に難しくて、それぞれの火山で非常に性質が違いますので、1つの警戒レベルは、ほかの火山に適用できるわけではありません。] (島村英紀教授、FNNのインタビューに答えて)

 御嶽山の時には「水蒸気噴火の予知は不可能」という意味の言葉をしばしば目にした。しかしその後数ヶ月で、マグマの関与した前兆無しの火山噴火が実際に起こってしまった。すると、もはや「水蒸気噴火」とは言えないので、「火山には個性がある」という意味の言葉に変えたということかも知れない。

 「火山には個性がある。口永良部島の火山はたまたま前兆を示さない個性を持っていた。だから噴火を予知できなくても致し方なかった」ということを、言外に言いたいのだと推測する。しかし言い放しにせず、何故そのような個性が生じるのか、何故かなりの規模の噴火にもかかわらず前兆無しでマグマが上昇できたのか、などを次なる研究課題として調べてもらいたいものである。

 以前言われていたことで、もう一つ気になることがある。このシリーズの「その4」の中で、「噴火の前兆は捉えられるか」(NHKサイエンスZERO)という番組を取り上げた。そこではミュオンによる薩摩硫黄島の透視画像が話題されていた。その画像には、火山体の中央に滞留しているマグマがくっきりと見えていた。

 薩摩硫黄島は、口永良部島の隣の小さな島である。噴火警戒レベルは1か2、警戒レベル3の口永良部島の方がはるかに重要度が高いはずである。何故ミュオンによる透視技術が使われなかったのだろうか? 不思議でならない。去年8月にせっかく警戒レベルが3に引き上げられたばかりだというのに、それは数値上だけのこと、持てる技術が十分に生かされたとは思えない。

 もしもミュオンにより口永良部島の山体内が透視されていたならば、たとえ地震計などによる前兆把握は全て失敗していたとしても、山頂近くにあるマグマの位置から、噴火が差し迫っていたことを予知できていたはずである。また、もしも山頂へと位置を変えるマグマの時間的変化が捉えられていたならば、なぜ今回は前兆無しの噴火をしたのかに対し、何らかのヒントを得られた可能性も高い。学問的に見ても貴重な好機を逃したことになる。

2015年6月 4日 (木)

噴火は予知できていたはず その10

  前兆が全くなかった噴火

 5月28日午後7時(日本時間、29日朝11時)、ドラマが始まるはずと思いながらテレビをつけたところ、ニュースだった。口永良部島で噴火したためドラマは差し替えられたのだ。

 噴火したのはその1時間前、島民の大部分は既に避難所に退避していた。手持ちの地図やネットを慌てて調べ、口永良部島がそもそも何処にあるのか、どんな島なのか、のイメージを持った。

 避難所のある番屋ヶ峰は最初に出来た古い火山で、現在噴火中の新岳は、その隣に付け加えられた新しい火山である。西之島の新島が旧島と合体したのと同じ出来方をしたのだろう。口永良部島に旧島部分があったことで、無事に避難することができたことになる。もしも新島部分だけの円錐状の火山島だったり、去年8月の噴火がなかったとしたら、御嶽山の二の舞になった可能性もある。

 噴火が直前になっても予知されてなかったということに驚いた。ネットで調べているうちに、次のサイトを見つけた。以下は東洋経済オンラインからの引用である。

[一方で、今回の噴火直前の火山性地震は29日午前9時台にわずか1回。10時台に77回と急増しているが、この間の9時59分に噴火が起きている。気象庁によれば「10分前にも明らかな変化は観測されなかった」という。]

 つまり、噴火前にはたった1回しか地震がなかったということなのだろう。もう一つ、別のサイト(毎日新聞)からの引用を以下に。

[気象庁によると、噴火の10~15分前に地震計や傾斜計、GPSのデータに変化はなく、昨年9月の御嶽山(長野・岐阜県境)噴火では11分前に観測された火山性微動もなかった。機動観測班も異常は感じなかったという。
実は火口に近い場所にあった地震計3台は、昨年の噴火で壊れ、入山規制のため修理できなかった。この影響について、小泉火山対策官は「壊れていなければ何らかの前兆をとらえた可能性は否定できないが、何とも言えない」と話す。]

 気象庁のサイトで確認してみると、観測点配置図があり、火口近くの地震計などは全滅していた。図の上で数えてみると、地震計は3台どころか7台が障害を受けていた。もしもそれらの幾つかが活躍していたら、微細な前兆を記録できていたかも知れない。それによって、噴火を予知することまではできないとしても、地震や火山噴火の本質に迫る何かの情報を得られた可能性もある。残念なことである。

 この引用部分でも御嶽山について触れている。御嶽山噴火の方がより大規模だったと主張するウェブも見かけたが、私はそうは思わない。噴煙の柱の太さ、そしてそれが9000メートル(エベレストと同じ)もの高さに立ち登ったことは、テレビ画面で見る限り、御嶽山の場合よりも迫力があった。火災流の規模も今回は、全方向にかなり多量に流れ出し、大きかった。

 それなのに、御嶽山の水蒸気噴火にすらあった前兆が、今回全くなかったというのは不思議である。火口の天井を突き破り巨大な噴煙の柱が生じたほどの強烈な圧力を蓄えていた火山体内のマグマが、何の兆候も現さなかったとは考え難い。今後の研究により、見落とされていた兆候などが明らかになる可能性もある。

 しかし何の前兆も無しにいきなり噴火したのが本当だとすると、次もまた、いつ噴火するかは分からない。警戒レベルが下がっても、おいそれとは戻れない。それは、人口の少ない南の小島だけの問題ではない。全国どの活火山においても同じことが言える。御嶽山、口永良部島と続いた今、専門家との信頼関係において新時代に入った、ということなのかも知れない。

2015年5月26日 (火)

噴火は予知できていたはず その9

  何故ダム湖誘発地震が起きるのか?

 前回書いたように、ダム湖から浸み込んだ水が断層を滑り易くするという考え方には疑問がある。断層は地震の結果として動くのであって、地下の断層が動いたから地震が起こるというわけではない。私は、1906年のサンフランシスコ大地震(M7・8)も断層由来ではなく、ダム湖由来の誘発地震なのだと考えている。

 サンアンドレアス湖はもともと、サンアンドレアス川の流れの途中に出来た自然の池だった。その池の下流側に土堤を築き、貯水湖としたのは1869年のことである。内陸部で金が発見され、サンフランシスコの町が大膨張を開始したのは1848年、僅か20年前のことである。人口の増加に伴い、水の需要が急増した、ということなのだろう。

 水の需要は更に増し、同じサンアンドレアス断層の南にクリスタル・スプリングス貯水湖が造られた。この貯水湖は上部・下部2つに分かれ、下部の方には断層と平行なコンクリート製の巨大ダムが建造された。その完成の1890年には断層上の細長い谷間を、3つの湖全てで15キロほどの湖水が覆うことになった。それは、サンフランシスコ大地震の16年前のことである。断層の西側が3メートルほどずれ動いたりしたにもかかわらず、ダムに損傷はなかったし、水漏れがあったようでもない。

 サンフランシスコ大地震は世に地震断層説を広めるきっかけとなった地震ではあるが、ダム湖由来の誘発地震の実例が数多く知られるようになった現在、サンフランシスコ大地震の真因を検討し直すべきであると思う。

 では、ダム湖から水が浸み込んで、何故地震が起きるのか?前々回(噴火は予知できていたはず その7)には、地下に浸み込んだ水がマグマに触れて気化、膨張するとイメージした。それを水蒸気爆発と呼ぶことにする。ところがその後、別の爆発もあり得ると思い付いた。水素爆発である。

 以前(地震は水素爆発で起こる その7)、山本寛氏の「地震学のウソ」(工学社 2009年5月)という本を紹介した。その本によれば、地中に浸入した水は分解されて水素が発生し、それが核融合するという。

 地球程度の質量の惑星内部で、おいそれと核融合は起こらないだろう、と私は思うのだが、著者の山本氏は常温核融合の可能性を信じていたのかも知れない。常温核融合についてのウィキによれば、彼が原稿を書いていたであろう2008年時には、結構日本各地で常温核融合の実験が行われていたみたいである。

 もしも2011年3月以降に彼が原稿を書いたとすれば、水素の核融合にこだわらなかったかも知れない。福島の原発での、あれ程に目ざましい水素爆発を見れば、地下で地震を起こしているのは核融合でなくてもいいと思い直したに違いない。

 ここでもう一度前の実例に戻り、牧尾ダム湖から浸み込んだ水が地下でどうなるか?とイメージしてみる。前々回は水が気化して水蒸気爆発したと考えたわけだが、それだと長野県西部地震(M6・8)のような中規模地震の説明としては弱過ぎるように思われる。あれは、遊離の水素が一挙に燃焼し爆発した、と考えるべきではないだろうか?

 いや待てよ。M6・8の中規模地震が仮に水素爆発によるものだとして、長野県西部地震だけが特殊だった、と考えるのはおかしい。全ての地震が、とは言わないが、多くの地震が水素爆発によって起こる、とは考えられないだろうか?

 プレート・テクトニクス説全盛の時代に「水素爆発が地震の原因だ」と言っても、相手にされるはずもない。いつの日か、プレート・テクトニクス説の説明に満足できなくなった若い研究者が、数多くある選択肢の一つとして、水素爆発と地震との関係を研究してくれることがあれば、と願っている。

2015年5月20日 (水)

噴火は予知できていたはず その8

  水が断層を滑り易くするか?

 「牧尾ダム 誘発地震」で検索すると、「人間が起こした地震―島村英紀のホームページ」というサイトも出てくる。数多くのダム由来誘発地震の一例として、以下の短い文章があるからだ。

[また、死者29名を生んだ1984年の長野県西部地震(マグニチュード6.8)も3年前から貯水を始めていた近くの牧尾ダムが起こしたダム地震ではなかったかという学説もある。]

 では、何故そのような誘発地震が起こるのか? その同じサイトの中に次のような説明が出ている。

[では、水を人工的に地下に注入したときに、地下ではなにが起きていたのだろうか。十分正確にわかっているわけではないが、岩の中でひずみがたまっていって地震が起きそうな状態になったとき、水や液体は岩と岩の間の摩擦を小さくして滑りやすくする、つまり地震を起こしやすくする働きをするらしい。いわば、地震の引き金を引いてしまったのだ。 つまり、人間が地下に圧入した水や液体が、岩盤の割れ目を伝わって井戸の底よりも深いところにまで達して、その先で地震の引き金を引いたのに違いないと考えられている。]

 「水が断層を滑り易くする」という考え方は、地震学者の間に広く受け入れられている。私も今まで、この考え方について何度も書いてきた(地殻底のマグマ層 その3、地震は水素爆発 その9、遠隔誘発地震の謎 その1、金森先生と仙台で議論 その3)。

 本当にそうなのか? 以前から何となく疑問に思ってはいたが、今までは疑問がはっきりとした形になっていなかった。最近になってやっと形が見えてきた。きっかけは、「海洋底の縞模様 その7」の中でサンアンドレアス断層について書いたことである。世界的に有名な大断層の真上にダム湖がありながら、誘発地震が全くないのはおかしいではないか?と思ったのである。

 昨年のクリスマス直前に、島村英紀教授からEメールによる時候のカードを戴いた。毎年、先生自ら撮影された写真付きである。今回は、札幌の美しい夜景だった。そのカードへの返信に、ちょっとやそっとでは答えられないような難問を書いた。美しいカードへの返礼としては、無粋なことであったかも知れない。そのうちの一つが以下のものであった。

[ダム湖や水の注入による誘発地震の問題は、先生も度々ご指摘の通り、非常に興味深い現象です。ところが、世界的なサンアンドレアス断層直上にはサンアンドレアス湖という大きな人工ダム湖があり、サンフランシスコ近郊一帯の水がめになっています。このダム湖に由来する誘発地震は、100年以上もの間まったく起こったことがありません。サンフランシスコに多大な損害をもたらした1989年のロマプリータ地震の時にも、断層は全く動かず、震源もサンアンドレアス断層近くの別の断層にありました。水は潤滑油のような働きをするとも言われます。ならば、サンアンドレアス湖近くの断層は、年々少しずつずれ動くはずです。それともそれは私だけの思い違いで、実際にずれ動いているのでしょうか?]

 サンアンドレアス断層は、カリフォルニア州の3/4ほどを縦断する巨大な断層系であり、全域が同じように振舞う訳ではない。中部のホリスターという町では、とりわけの地震も伴わぬまま、土地だけがずるずるとずれる。クリープ型断層と言われる。

 湖があるわけでもないホリスターでクリープ型断層があるとしたら、断層上に水という潤滑剤のあるサンアンドレアス湖及びその隣のクリスタル・スプリングス湖において、クリープ型断層が起こらないのは何故だろうか? むしろ、「水が潤滑油のように働き、断層を滑り易くする」という仮定の方を疑うべきかも知れない。

2015年5月12日 (火)

噴火は予知できていたはず その7

  ダムが御嶽山噴火の原因だった

 「誘発地震」というキーワードでネットを検索している時に、興味深いサイトを見つけた。筆者は「まさのあつこ」さんというジャーナリストである。

[「長 野県西部地震(1984年)の時の記録がなにか残っていませんか?」木曽の御岳の山麓、長野県王滝村の役場に電話をかけた時、頭にあったのは、数年前に独 立行政法人水資源機構(水機構、当時は水資源開発公団)の職員から聞いた「1961年に牧尾ダムができた途端に地震が起き始め、大きい地震が来た時、つい に山の塊が落ちてきて埋まってしまったダムがある」という話だ。]

[王滝村民が体感したダム誘発地震の存在を学問の立場から「現在では学界の常識です」と断言するのは、日本地震学会会長の大竹政和さんだ。その断言は彼自身が手がけた実験と調査に基づく。 1974年、建設省建築研究所にいた大竹さんは、1963年から68年の黒部ダム(富山県)の水位変化と周辺の地震回数を調べ、水位上昇に従って地震活動が活発化する傾向を発見した。 その後、国立防災科学技術センター地震活動研究室長だった時は、松代群発地震(長野県)の中心地に2500メートルの井戸を掘り2000トンの水を注入し水圧によって地震が起きるという実験結果を得た。 さらに1926年から83年までの気象庁の観測地震データを使い、全国42ヶ所のダムの湛水開始前後を比較。牧尾ダムを含む八カ所でダム完成後に地震が増えたことを示し、相関関係があると地震学会で発表し、海外でも高い評価を受けた。]

 「牧尾ダム」はどこかと探してみると、御嶽山南麓を西から東へと流れる王滝川があり、その下流側にある。「御嶽山の噴火は予知できていたはず その3」に掲載した図の中で言うと、長野県西部地震(1984年)の本震の震源は御嶽山の南東麓にある。山頂からその震源への方向を更に延ばすと、ソーセージ型をした地形の端あたりに達する。その地形が牧尾ダムによって作られたダム湖である。

 そのことをダム湖を始点にして見直すと、次のような一連の流れとなる。地下に浸み込んだ水が北西方向に移動した後、マグマに出会い、気化し、急激に体積を増やすことによって、地震の原因となった。地震を起こした後、地下の水蒸気は更に北西方向に斜めに上昇し、頂上から噴出した。

 このように考えると、それまで死火山と見なされていたほど不活発だった火山が何故噴火や地震活動をするようになったのか、何故水蒸気噴火ばかりなのか、それらはダム由来の誘発だったからだと納得がいく。

 震源域にはマグマが存在している、という私の仮定からすると、マグマに触れて水蒸気になった水が斜めに上昇して頂上から噴出する、という部分は理解し易い。 火山の山腹は、頂上から麓へ斜めの堆積層の積み重ねで出来ている。中には溶岩トンネルがあるかも知れない。つまり、煙突のような通り道、あるいは粗い層が あるために、直上ではなく斜めに上昇するのだ。

 では、ダム湖からマグマのある辺りにまで、水はどのように浸み込んでいくのだろうか? 通常ならば、ダム湖から直下に浸み込みそうなものである。何故斜めなのだろうか? もしかすると、川の流域には細かい土が長年蓄積して、地下水の通り道を目詰まりさせているのかも知れない。地質学者はこの問題を調べ、ダム湖由来の誘発地震をはっきりした形で証明してほしいと願う。

2015年5月 5日 (火)

富士山はなぜ噴火しなかったのか? その4

   火山フロントと安山岩線

 前回も引用した上田誠也氏の著書「新しい地球観」には、火山の問題に関連して以下のように重要な問題が書いてある。

[流れが更に深く沈み込んでいく場所の真上である弧状列島の陸側において、熱流量やマントルの温度が高く、火山が存在するということは、いったいどういうわけだろうか。明らかに、冷たいプレートが沈み込んでいくモデルとは反するのではないだろうか。実はこの問題は、はなはだ重大なのであって、弧状列島を論ずるときの最大の難関である。]

[アルプス、ヒマラヤのような大陸上の大山脈をつくるプロセスと区別するために、弧状列島でのプロセスを、我々は太平洋型造山作用と呼ぶことにしたが、その筋書きにおいて冷たいプレートが沈み込むところに、どうやって熔融が起こるか、どうやって高熱が発生するか、という問題は久しく我々の頭を悩ましてきた。]

 まだ他にも数ヶ所で、この問題について触れられている。如何に重要であるかの証左であろう。ところがその後プレート・テクトニクス説が隆盛を極めると、それに疑問を呈する者がいなくなる。プレートの沈み込みがあれば巨大地震帯があり、その先更に深く沈み込んだ所でマグマが溶融し、上昇して火山になる、などと説明されることが多い。若い研究者にとって、それは疑いようのない知識なのであって、上掲の本におけるような頭を悩ます思索の対象ではなくなった。

 時に、摩擦熱や水によって説明されることがある。しかし、冷たくなって自重で下がっていくプレートと反対側のプレートとの間で、果たして摩擦が起こり得るだろうか? あるいは、比重の軽い水がマグマの溶融する深部にまで沈み込めるだろうか? 水そのものとして沈むのではない、含水鉱物として沈むのだ、という考え方もある。しかし軽石がそうであるように、水を含んだ岩石そのものが軽くなってしまい、プレートが冷たくなっても沈み込めない、と思う。また、マグマの溶融は何故地震帯においてではなく、もっと深い所で起こるのか?など、地震帯と火山帯とが別の所にあることに対する疑問もある。

 私の仮説においては、大陸性の岩石(安山岩や花崗岩など)の収縮によって説明できる。以前(海洋底の縞模様 その12)私は、アーサー・ホームズの「一般地質学」から安山岩線の図を借用した。その図からも明らかなように、太平洋においては、安山岩線と海溝の位置とは同じである。つまり、海溝とは安山岩線に関係した構造物であり、プレートの沈み込みによるものではあり得ない。沈み込みによるならば、弓なりの出っ張りは、大陸側に張り出しているのでなければならない。

 その時にも書いたように、海溝は安山岩の収縮によって付けられた深い傷あとなのである。火山フロントと安山岩線とが並行しているのも、火山フロントの側から考えると分かり易い。安山岩線は火山フロントのフロント(前線)なのだ。

 火山フロントには大陸性マグマの主脈があり、それが収縮すると、前線である安山岩線が陸側に引き寄せられる。その結果、前線の先端に海溝が生まれ、その陸側に歪みがもたらされ、巨大地震の震源域となる。

 大陸性マグマは収縮ばかりではなく反動として、時に弛緩して伸展することもある。東北地方太平洋沖地震の場合がまさにそれであった。そのようにして考えると、あの巨大地震の後、何故富士山が噴火しなかったのか? 地震直後に何故東北地方の土地が東方に移動し沈降したのか? 何故2年半も経ってから遠方の西之島で噴火するようになったのか? 全てが統一的に解釈できるのである。

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