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2017年7月25日 (火)

日本国内旅行 その17

  有珠山噴火の周期性は何故?

 昨年日光を訪れた1か月後、我々は洞爺湖温泉に1泊した。唯一噴火予知に成功した有珠山を見るためである。ニュースを聞いた時のイメージとしては、有珠山はかなり辺鄙な山奥にあり、村人達が林道などを伝って避難したというものである。洞爺湖は名前も違うし少し離れてもいるし、避難者を受け入れる場所だろうぐらいに思っていたのである。うかつなことであった。洞爺湖温泉こそ、人々がそこから避難すべき主舞台だったのだ。逃げるルートの国道すぐ近くに新たな側火口が出来、迂回しなくてはならなかったともある。

 我々が着く1週間ほど前に、洞爺湖町から有珠山行きの路線バスは運休期に入っていた。着いた当日は雨、翌朝は雪に変わっていた。ホテルからタクシーで有珠山ロープウェイ乗り場まで行ったものの、終点で降りた時には又かなりの雪が降り、駅舎の周辺を私だけ、急いで見て回るのがやっとだった。ホテルをチェックアウトする時にスーツケースを預かってもらうのを忘れ、ロープウェイの行き帰りに不便な思いをした。という訳で、その段階までは全てがついてない感じだった。ところが、バス、雪、スーツケース、ついてないと思っていた理由が、かえって良かったと思えるようになった。

 帰りのタクシーも、先ほどの運転手さんに電話して来てもらった。ホテルに戻ってスーツケースを預け、市内でもう1~2箇所観光するつもりであった。しかしバスターミナルにコインロッカーがあると教えられ、町の中心部から離れた場所にあるホテルに、わざわざ寄らないでも済んだ。

 運転手さんからは、避難する時の町の人たちの様子を聞くことができた。似たような話は、その後で訪れた火山科学館のパネルにもあったが、実際に経験した人からの言葉にはそれなりの重みがあった。また、木々がなぎ倒されているのを見て尋ね、それが3か月前の台風による被害だと知って驚いた。竜巻が発生したのだろうか、と思わせるほどの凄まじさであった。

 火山科学館を出た時雪が降り積もっていた。バスターミナルまでの道が歩き難いというほどでもなく、頃合いの降り方であった。ホテルの部屋の窓から見た洞爺湖とともに忘れ得ぬ情景となった。

 それらにも増して良かったのは、有珠山の位置や情報を直に知れたことであった。それにより、噴火予知と避難とが何故成功したのか、実感することができた。有珠山はその名前のもじりで、「ウソをつかない山」と言われているそうである。噴火に周期性があり、1910年までは30~50年、その後は20~30年周期に狭まっている。2000年の噴火時には、3月27日午後から火山性地震が観測され、その4日後には噴火が始まった。全壊234戸、半壊217戸という多大な被害にもかかわらず、人的被害はゼロであり、予知や避難、防災体制の成果が注目されることになった。

 しかしながら、そこで根本的が疑問がわく。そもそも地震や噴火に地域固有の周期性があるとはどういうことだろうか? パークフィールドの時にも思ったことだが、単なる偶然かも知れないではないか。マグマに時限爆弾がセットされているはずもないのだ。同じ地震や火山という現象に、なぜ地域差が生まれるのか?有珠山は予知が可能なほど周期的に噴火し、桜島では年中噴火しているのに予知できず、御嶽山では死火山という定義を変えなければならないような水蒸気噴火が生じた。それらに対して納得のいく理論が提示される日までは、「地震の科学」(竹内均著、1973年刊)の冒頭の言葉、「群盲 象をなでる」にある通り、それらは局所的かつ手探りの学問である。

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