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2016年4月

2016年4月25日 (月)

日本国内旅行 その5

  湖水と柱状節理と桜島と

 越前松島の柱状節理を見た後に芦原温泉に泊まり、その翌日は福知山駅に移動した。鹿児島に行くための中継地として選んだだけであり、明智光秀の居城があるとは着いた後で知った。あわよくば、その日のうちに共役断層のある郷村断層(金森博雄教授と東京で8時間 その7その8参照)を見に行きたいと思い、事実見ることも出来たのだが、1週間汽車乗り放題のレールパスを宿に忘れたり、汽車に乗り遅れたり、へまの連続だったのでここで書きたくはない。

 鹿児島の話をする前に、もう少し柱状節理の話をしたい。最近になって、私の推理と関連ありそうなコメントの出ているサイトを発見した。鹿児島大学の井村隆介氏は、日本地質学会のフォトコンテスト入選作品に、以下のようなコメントを付けている。

[この溶岩が流出した約3万年前の加久藤盆地は湖でした.そのため周辺には,この溶岩と湖水が接触して作られた二次噴火口がいくつも見られます.湖水の絡んだ複雑な溶岩の冷却プロセスが,縦横に走る柱状節理を作り出したと考えられます。]

 縦横に走る柱状節理と湖水との関係が具体的にどのようなものであると井村氏が考えているのか、この短い文章からでは推察のしようもないが、前回の牛角型柱状節理に対する私の推理と似たような考え方をする火山学者がいるらしい、とは言えそうである。

 牛角型水平柱状節理は、一旦火口湖が形成された後、新たな火口が外輪山の上に出来、そこからの溶岩が火口湖の中へ流れ込んで急冷されたために出来た、と推理した。その推理は、次の目的地である桜島の出来方にも通じる。

 桜島火山の本当のマグマ溜まりは、火山直下であるよりはむしろ、北側の錦江湾の海底下にあると考えられている。錦江湾はその形からしても、火口に出来た巨大な窪地、カルデラであることは明らかである。ついでながら、カルデラとして呼ぶ場合には錦江湾カルデラではなく、姶良(あいら)カルデラと呼ぶらしい。

 では何故、姶良カルデラから直接噴火しないのか? このことは、雲仙普賢岳の噴火を調べた時以来の疑問だった。あそこでも、マグマは橘湾中央直下から2年ほどかけて、斜め上方へと移動した。何故湾内で直上し、海底で噴火しないのだろうか? もしも斜めに移動するマグマの例がかなり多いのだとしたら、火山に関する図は描き変えられなければならない。

 柱状節理と湖(火口湖だけではなく、湾というカルデラもまた、湖と同じものだと思う) との関係について考察した後、姶良カルデラの地下が見えてきた。そこには柱状節理があり、マグマの上昇に対する栓となっているのだ。おそらく柱状節理のひび割れは、地上にある時は間隙があっても、地下にある時は、水やマグマを通さないほど密であり、固いのだろう。

 いつの日か、湾底の岩石のサンプルが掘り上げられるならば、それらのサンプルが柱状節理であると知れることであろう。そして、火山に対する理解が大きく深まるはずである。

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