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2015年12月 1日 (火)

金森博雄教授と東京で8時間 その9

  共役断層はアメリカにも

 郷村・山田断層は図の上だとT字型したありきたりの共役断層に過ぎなかったが、坪井忠二氏の図に出会って、謎が深まった。余震域の円グラフ3/4状の偏りなどを考慮する時、地下の地震がどのような形で起こっているのか?イメージすることも出来ない。

 そんなことを調べたり考えたりしているうちに思い出した。たしか私のニュースレターで、アメリカの共役断層を扱ったことがある。読み返してみると、地震直後の新聞記事などで、 必ずしも共役断層という言葉が使われているわけではない。しかも、郷村断層の場合とは起こり方がかなり違う。しかしネットを調べると、やはりあれも共役断層とみなしてよさそうである。

 1992年6月28日の朝5時ごろ、M7・3の地震が南カリフォルニアの砂漠 の町で起こった。ランダース地震と名付けられたこの地震は、サンフランシスコ大地震以降3番目の大きさだったにもかかわらず、人口が少なく被害も少なかっ た。そのため、一般人から注目されることも記憶されることもなかった。しかし地震学的には、非常に珍しい謎の多い地震であった。

 以前書いた(遠隔誘発地震の謎 その3)ように、金森博雄教授から頂いたメールには、誘発地震についての論文が添付されていた。それによれば、誘発地震の重要性は、ランダース地震以降地 震学者の間で注目されるようになったようである。ランダース地震の誘発地震としての側面は、「遠隔誘発地震の謎」の話をもう一度する時に問題とする。

 ランダース地震は誘発地震であるだけではなく、共役地震でもあるのだ。約3時間後に、西方約35キロほど離れた山中で、M6・5の地震が起こった。最初のうちこれはランダースの余震とも考えられたのだが、その日のうちに別の地震であると決定された。私が見た翌日の新聞記事の全てが、別の地震とみなし ている。

 ランダース地震の揺れは2~3分も続き、断層も数ヶ所別々になっていたというから、東北地方太平洋沖地震と同様な連動型だった可能性もある。それら断層群の 南への延長線上で、2ヶ月前の4月23日に、M6・1のジョシュアツリー地震が起きていた。ビッグベアの震源地は、それらの断層線とはまるで違う位置にある。地上に現われた断層は見つからなかったものの、余震域からして地下の断層は、ランダースの断層線に対してT字型であった。つまり、共役断層で あった。

 私はランダース地震の約2ヶ月後の休暇に、現地を見に行った。当時は娘がホテルで働いていたので、パー ムスプリングスにある、系列の最高級ホテルに安く泊まれた。お陰で、ビッグベア、ランダース、ジョシュアツリーなどの震源地ゆかりの町の他、サンアンドレアス断層のカリフォルニア州南端の町エルセントロ、その近くのソルトン湖などを見て回ることができた。地図の上では分からないが、それぞれの町は雰囲気が まるで違っていた。

 同じ年1992年7月28日付のニューヨーク・タイムズ紙に、面白い記事が載っていた。ランダースとビッグベアとサンアンドレアスとの3つの断層が作る三角形をバミューダ・トライアングルと呼ぶとあった。バミューダ・トライアングルと言えば、飛行機や船が突然消えてしまうという大西洋の三角海域のことである。

 同じ三角形の謎の地域とはいえ、断層帯にバミューダの名前を付けるとは出来過ぎだ、と思ったら、三角形の頂点の一つの近くにバミューダ・デューンズ(砂丘)という町があるからだそうだ。

 三角形の共役断層となるとより複雑である分、郷村・山田断層のT字型断層よりも更に解釈が難しくなる。地震発生を説明する通常の断層図にさえも私が指摘したような幾つかの疑問がある。T字型や△型断層ともなると、図で説明するのが可能であるとは思えない。バミューダ海域以上の本当の謎がそこにある。

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