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2015年7月

2015年7月28日 (火)

金森博雄教授と東京で8時間 その1

  「裏目の裏」が出た

「海洋底の縞模様」シリーズの下書きは、数回分づつまとめて、金森博雄教授に送ってきた。9月に出したメールで、今年も仙台でお会い出来ないでしょうか、とお尋ねした。それに対し、勿論良いですよ、というご返事をいただいた。大感激である。金森教授は2014年もその前年同様、私の訪日とほぼ同じ頃同じ期間、東北大学の客員教授として日本に行かれるご予定であった。

 私は10月8日に成田空港に到着し、その3日後からの1ヶ月間、東京で生活した。その1週間後に娘夫婦も訪日し、11日間、同じ新宿の一駅離れたホテルに滞在した。そのため何かと忙しく、本屋に行くことも、金森教授の本を日本で買う予定にしていたことも忘れていた。仙台でお会いするという話の方は、勿論忘れるはずもない重大予定ではあったのだが、日程が具体化しないことはかえって有り難かった。娘たちが羽田から発った翌日になり初めて書店を訪れ、そこで本のことを思い出した。何ともうかつなことである。もしも本を読まないまま先生にお会いしたとしたら、先生との会話が全く違うものになってしまった可能性もある。「裏目に出る」という言葉があるが、私の場合「裏目の裏」が出た、のかも知れない。

 もう一つ「裏目の裏」が出た。日程合わせの始まった10月末の段階で、私の仙台行きは不可能になった。先生は11月1日から9日まで東京に行くご予定だと。東京での方が私にとっても好都合ですと返信したところ、それに対する先生からのご返信は残念なものであった。右膝を傷め、今日も2つの病院に行ってきたところだというのである。「アクシデンタリー」という言葉もあり、「2つの病院」とあることからして、これは転倒だろうか、重大な事態かも知れない、と想像した。

 幸いなことに、私のその想像は間違いだった。「東京へ行くのに歩けるかどうかが問題だっただけで、そんな重病ではありません。今はもう病院から帰ってきています。11月3日(月)には東京へ行けそうです」というような内容のメールをいただいた。最初のご予定から2日遅れただけである。

 しかしその突発の痛みのおかげで、中国人研究者達に講演するという、メインの行事前の全ての予定はキャンセルされた。そのために、夕食を一緒にしながら話しましょう程度だった私との時間に余裕が出来た。そして何と、仙台から東京に到着した日の午後を、丸々私が頂戴することになった。もちろん私も、先生とそんなに長い時間を過ごすことになるとは期待していなかった。おそらくは、金森先生も同じ思いだったと思う。その日の予定がホテルへのチェックインだけであり、時間がたっぷりあったとはいうものの、まさか私と夕食まで一緒するとは、想定外だったはずである。

 ふつう議論して、2~3時間もすれば疲れてくる。食事や移動の時間があったとはいうものの、次から次へ話題が移り、激しい議論の応酬もあり、気が付いたら8時間も経っていた。楽しかった。1977年以来お会いするのはもう10数回になる。会えば4~5時間は当たり前であったが、さすがに8時間はなかった。新記録である。つくづく幸せ者だと思う。

2015年7月16日 (木)

噴火は予知できていたはず その15

   異常震域地震の謎

 私が異常震域という言葉を知ったのは、今回の小笠原諸島西方沖地震の時が初めてだが、そういう現象があることを知ったのは1989年ロマプリータ地震の時だった。ロマプリータ地震はM7・1、死者67人、この地方を襲った地震としては、1906年サンフランシスコ大地震のM7・9に次ぐ大きさであった。

 この地震の時、揺れによる最大の被害を記録したのは震央近くではなく、100キロも北の数地点である。埋め立て地などで地盤が弱く、振動を増幅し易い土地なのだ、と考えられた。しかし埋め立て地ならば、震源地から100キロの間にいくらでもある。それらの土地の揺れが小さかったことは、レンガ製の煙突が壊れていただけ、などの外観からも明らかである。

 しかもロマプリータ地震の場合、同じ強さの等震度線が波紋のような同心円を描くのではなく、まるで節目板のような潰れた楕円形をしている(U.S. Geological Survey circular 1045)。震源から斜め上方に、何ものかが打ち出されたかの如くである。Img_0002_new


 このような地震の不思議さを初めて知った私は、当時、偶然なことから被災地から被災地へと車でお連れしていた日本大学理工学部教授、守屋喜久夫氏に尋ねてみた。氏は「七つの大地震 現地レポート」(新潮選書 1982年) の著者でもあり、大地震が起こると世界中何処ヘでも真っ先に駆けつける地震学者として有名だった。

 「震源から100キロも離れたサンフランシスコやオークランドの方が、ビルでも高速道路でも、こんなに壊滅的にやられているのに、中間の町では被害のない町もあったりして不思議ですね。被害の出る地震を体験したのは初めてですが、地震ってこういうものなのですか?」

 「遠くの方が強く揺れる地震は、地震学的に見ても結構あります。ロシアを震源とする地震が起きた時、日本海側で揺れなくて、太平洋側で大きく揺れる、というようなこともありました」

 後に「地震は必ずくる」(阿部勝征著 読売科学選書 1990年) という本の中に、ウラジオストク近くを震源とする深発地震の話が大きな図入りで出ているのを知り、この話だったか、と納得した。最近になって読み返すと、「異常震域」という言葉はそこに何度も出ている。今回の地震で初めてその言葉を知ったと冒頭に書いたのは間違いで、本当は記憶に残らなかっただけなのだ。

 さて、このようにロマプリータ地震を見た後で、もう一度今回の小笠原諸島西方沖地震の異常震域現象を見直してみる。ニュースにおける解説では、何故遠く離れた関東地方が強く揺れたのかに対して、固いプレート内を通る地震波は減衰しないからだ、と説明されていた。

 ロシアの深発地震の場合には、沈み込んだ太平洋プレートの先で深発地震が起こり、その地震波が固いプレート沿いに立ち昇るので太平洋沿岸部の方が揺れが強かった、と説明される。それに対し小笠原諸島西方沖地震の場合には、プレートの沈み込む方向に立ち昇るのではない。複雑な構造をしたフィリピン海プレート沿いに伝わってきたはずなのだ。伊豆・小笠原諸島の多くは活火山の島であり、地下には当然マグマ溜まりが連なっているはずである。固いプレートどころではなく、柔らかいマグマに出会って、逆に減衰しそうなものである。つまり、ロシアの場合の説明をそのまま使えるはずもない場所なのだ。

 ロマプリータ地震は謎に満ちた地震であったのに、誰もそれに注目しなかった。小笠原諸島西方沖地震も同様に謎に満ちた地震である。お座なりの説明で満足するのではなく、もっと深く研究してほしいと願う。それらの謎を通してこそ、地震の本質が見えてくるはずである。

2015年7月 1日 (水)

噴火は予知できていたはず その14

   噴火予知失敗に失望

 インターネットを見る限り、今回の口永良部島噴火予知失敗に対する批判は目立たない。犠牲者が出なかったこともあるのだろう、専門家が表立ってやり玉に挙げられることはない。しかし私からすれば既に書いた(http://tairiku-q.cocolog-nifty.com/blog/2015/06/post-6469.html)ように、御嶽山、口永良部島と立て続いた噴火予知失敗によって、専門家への信頼は大きく損なわれたはずである。

 ミュオンの透視画像については既に書いた(その4)が、噴火予知手段としては他に、人工地震探査法というのもある。それについては前に、「地震と火山の100不思議」(神沼克伊他著、東京書籍) という本から引用した(地殻底のマグマ層 その26) 。それによれば、火山噴火予知のために1994年以来、毎年1火山を対象として地震探査をしているそうである。

 この場合の人工地震探査が、サイエンスZERO「噴火の前兆は捉えられるか」で扱われたアクロスという連続的な地震探査法(噴火は予知できていたはず その5) と同じものであるのかどうかは分からない。ともかく、火山体の地下構造を明らかにし、マグマ溜まりを検出しようとする様々な技術が既に存在している。それなのに、警戒レベル3の口永良部島で、それらの技術が全く生かされなかったのは何故なのか?

 東日本大震災の津波時にも、私は似たような思いをした(東北地方太平洋沖地震 その12)。三陸沖に光ケーブル式海底地震・津波観測システムが、あの震災の16年も前から既に設置されていたというのに、肝心な時に役立ったようではない。

 本やテレビを見れば、噴火予知のための技術は既に確立したかの印象を受ける。次の噴火こそは、実際の噴火前にそれなりの警告が発せられるに違いない。そう期待しながらニュースを見守り続けてきたが、期待は常に裏切られてきた。有珠山の噴火予知成功にしたところで、火山体内を透視したり、人工地震探査により、マグマの位置を特定した結果によるものではなさそうである。もしも私のその推測が正しければ、主噴火前の火山活動が分かり易かっただけで、かなり偶然的な要素の方が強く、技術によって得られた成功だった、とは言えないことになる。

 プレート・テクトニクス説の出現以来、地震や火山の仕組みが図入りで説明されてきた。それらを見る一般人は、専門家は地震や火山についてをよく理解しているのだと思い、信頼を寄せる。ところが実際に地震や噴火が起こってみると、それらの多くは不思議と想定外の起こり方をする。すると専門家は、「学問の限界だから」とか「それぞれの火山には個性があるから」と説明する。それでも一般人の専門家に対する信頼は変らない。「ネイチャー」誌の記者が驚くのも無理はない。

 口永良部島噴火の翌日(5月30日)、小笠原諸島西方沖地震が起きた。この地震は、巨大地震の震源として世界最深だったという特徴のほか、遠い関東地方を大きく揺らし、ビル高層階の住民に恐怖を与えたということでも注目された。関東地方のエレベーター約1万9千台が緊急停止したともいう。震源から遠く離れた所の方がかえって揺れが大きくなるこのような現象のことを異常震域というらしい。

 このようにして、謎に満ちた地震現象だったはずなのに、ニュースの後で解説した専門家は、プレート・テクトニクス理論を用いて簡単明瞭に説明してしまった。もう充分分かっています、というそういう説明の仕方で本当にいいの?という思いだけが残った。技術はあり、図入りで説明出来るにもかかわらず予知できない火山噴火。そしてその翌日、図入りで説明出来るはするが大きな謎を秘めている深発地震。火山と地震、現われ方は大きく違うのに、共通の問題があるように思われてならない。

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