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2015年6月17日 (水)

噴火は予知できていたはず その12

   科学者の裏をかく「自然」

 前回書いたミュオンのことを確認するために、「噴火の前兆は捉えられるか」(NHKサイエンスZERO)という番組の録画を見直してみた。すると、番組の中に「口永良部島」の名前が出ていたので驚いた。2月に見た時には全く気づかなかった。島に高精度傾斜計が設置されていて、去年8月の噴火1時間前に異常を検知していたという。

 ならばより大規模な噴火の今回、何故傾斜計は直前検知できなかったのか? 去年の噴火時に障害を受けた計器類の一つなのかと思い、もう一度観測点配置図を見直したが、障害を受けた観測点の中にはない。前々回の引用文中にもあるように、傾斜計も直前に変化しなかった計器類の一つなのだ。不思議だ。

 同番組中でもう一つ、噴火予知に役立つ技術だとしてミュオンがイタリアで注目され、11月に日本の研究陣と契約が交わさればかりだ、とあった。海外を助ける前に、何故警戒レベル3の島でその技術を生かせなかったのだろうか、と改めて思った。

 既に書いたように(地殻底のマグマ層 その12その13、地震予知失敗は罪 その7)、日本の火山噴火予知には、数多くの失敗の歴史がある。

 時期的に早いのは1914年、桜島の場合である。なまじ気象台の見通し通りに行動したために、百数十名の島民が犠牲になった。それを悔いた村長の遺志をくんだ島民が「科学不信の碑」を建てた。

 しかし私が失敗の歴史を初めて知ったのは1991年、雲仙普賢岳の火砕流の後、イギリスの科学専門誌「ネイチャー」のそれに関する記事を偶然見つけて読んだ時であった。記事を書いた記者の、歯に衣着せない書きっぷりが小気味よかった。専門家達がこれほどに間違いだらけの予測や警告を繰り返しているのに、日本の一般人はそれでも尚、専門家の言葉を素直に聞き続けている。西洋人からしたら、そこのところが一番の驚きだと言う。実際、地震予知が間違っていたからと、イタリア人は裁判沙汰を起こしもした。

 1986年の大島三原山、1989年の伊東市沖の海底火山。彼が挙げている例はさほどに重大な事件ではない。犠牲者が出たわけでもないので、一般人はとっくに忘れているはずである。ただ、専門家の予測が如何に当てにならないものであるかの例としては充分だ。他に島村英紀氏の指摘する2000年の三宅島の例もある。

 自然はまるで、「人格」を持っているかのようである。サンフランシスコとその対岸の町オークランドに大被害をもたらした1989年のロマプリータ地震以来、地震の起こる起こり方やタイミングが、あまりにも意味ありげなので驚き続けてきた。具体的な内容はあえて書かないが、「自然」は科学者の裏をかくのが好きなのではないか、という気になることすらある。

 予知に成功した目覚ましい例は、地震で1975年中国海城の1例、噴火で2000年の有珠山の1例のみである。他の全ての地震や噴火は、いつでも不意打ちであった。東海地震が来るぞ来るぞと言われながら数十年、そこで想定通りの大地震は起こらず、それ以外の地で学者が首をひねる奇妙な地震ばかりが起き続けてきた。

 噴火も同様で、来るぞ来るぞと言われている富士山噴火が未だに来ず、その間に、ニュースを聞いて初めて知る火山が前兆も無しに噴火して脚光を浴びることが多かった。新燃岳、西之島、御嶽山がそうであった。そして今回は、「水蒸気噴火だから予知できなかった」御嶽山の、その口実を封じるような噴火が名も知らぬ島で起こった。9000メートルもの噴煙を立ち上げた噴火が、何の前兆も示さなかったとは、どうにも不思議でならない。

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