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2015年6月

2015年6月23日 (火)

噴火は予知できていたはず その13

   説明出来ない深発地震

 御嶽山から口永良部島の間にも、箱根大湧谷の噴気活発化と桜島の噴火多発がニュースになっている。東北地方太平洋沖地震の後、日本列島全体が活性化したのではないか、と恐れられてもいる。箱根だけではなく、富士山までも噴火するのではないか、というのが最大の心配であるようだ。

 それに対して私は既に書いたように (富士山はなぜ噴火しなかったのか? その2その4)、西之島が噴火していることで逆に、富士山や箱根は大噴火しないとみている。現在の箱根の活発化は、遠くに伝わる揺らぎのようなものである。それに対して新燃岳や口永良部島の噴火は、桜島の噴火の活発化が近隣に及ぼされた結果だろう、とイメージしている。このような自分なりのイメージを持っていると、ひいきのチームを持っているのと同じで、ニュースの展開が他人ごとではなくなる。

 口永良部島の噴火の翌日、5月30日には奇妙な地震が発生した。小笠原諸島西方沖地震と名付けられたためイメージがはっきりしなかったが、ネットで調べると、むしろ西之島に近い。初めはM8・5、震源の深さ590キロと発表したが、後にM8・1、深さ682キロとそれぞれ修正した。気象庁によれば、1900年以降のM8以上では、世界最深の地震だそうだ。

 この深さをプレート・テクトニクス説では、どう説明するのであろうか? もともと「水平の移動を長い間続けてきた太平洋プレートが冷えて、日本海溝の辺りで斜めに沈み込む」というプレート説のモデルは、その背後の日本列島で活火山帯のような高温域を何故生み出すのか?という疑問に答えられない。これは上田誠也氏も認めるように (富士山はなぜ噴火しなかったのか? その4)、プレート・テクトニクス説最大の難問の一つである。

 その上にこの小笠原諸島の辺りでは、日本海溝での沈み込みの図式を当てはめようとすると、数々の疑問が出て来る。例えば、後者で斜めに沈み込むプレートが、前者においてほぼ直下へと沈み込むのは何故なのか? しかも、ロシア沿海部辺りで発生するのと同じ深さの深発地震が、小笠原諸島西方沖でも起るのである。一体、プレートの沈み込みは斜め、直下どちらが本来の姿なのであろうか?

 しかしそのこと以上にもっと本質的な疑問がある。今回の地震のように682キロもの超深度で起る地震を、プレート理論で果たして説明出来るのだろうか? そのような超高圧高温の深度では、岩石は柔らかく可塑性に富み、地震の原因とされる破壊も断層も起こりそうではない。そもそも、マントルは対流出来るほど流動的なはずである。そのマントル対流論、あるいはプレート・テクトニクス説の大前提からすれば、断層だの反撥だのがマントル深部に存在していること自体が矛盾なのだ。

 だいたい対流というのは、周りの物質との間に大きな温度差があるからこそ、上昇もし下降もするのだ。ということは、水平移動している最中にかなりの程度冷却されるということでもある。とすれば、上昇域の中央海嶺と下降域の海溝とでは、冷却によって生じた大きな温度差が実測されるのでなくてはならない。しかもそのようにして生じた温度差も、沈み込みを開始してしばらくすると、周りの高温域に温められてしまいそうなものである。

 今回の小笠原諸島西方沖地震には上述の一般論以外にも、フィリピン海・プレート固有の特別な問題点もある。地震のあった辺りの火山島は、西之島―八丈島―三宅島―大島方面へと北上し、伊豆半島がそうであったように、やがては日本列島に衝突すると言われる。ということは、この辺りのプレートは2層構造になっているということでもある。

 太平洋プレートがエスカレーターのように下降しているその上を、動く歩道が別方向へと進行している、という図式である。建造物としてならばあり得ても、自然界においてこんな複雑な形の熱対流が存在し得るとは思えない。

2015年6月17日 (水)

噴火は予知できていたはず その12

   科学者の裏をかく「自然」

 前回書いたミュオンのことを確認するために、「噴火の前兆は捉えられるか」(NHKサイエンスZERO)という番組の録画を見直してみた。すると、番組の中に「口永良部島」の名前が出ていたので驚いた。2月に見た時には全く気づかなかった。島に高精度傾斜計が設置されていて、去年8月の噴火1時間前に異常を検知していたという。

 ならばより大規模な噴火の今回、何故傾斜計は直前検知できなかったのか? 去年の噴火時に障害を受けた計器類の一つなのかと思い、もう一度観測点配置図を見直したが、障害を受けた観測点の中にはない。前々回の引用文中にもあるように、傾斜計も直前に変化しなかった計器類の一つなのだ。不思議だ。

 同番組中でもう一つ、噴火予知に役立つ技術だとしてミュオンがイタリアで注目され、11月に日本の研究陣と契約が交わさればかりだ、とあった。海外を助ける前に、何故警戒レベル3の島でその技術を生かせなかったのだろうか、と改めて思った。

 既に書いたように(地殻底のマグマ層 その12その13、地震予知失敗は罪 その7)、日本の火山噴火予知には、数多くの失敗の歴史がある。

 時期的に早いのは1914年、桜島の場合である。なまじ気象台の見通し通りに行動したために、百数十名の島民が犠牲になった。それを悔いた村長の遺志をくんだ島民が「科学不信の碑」を建てた。

 しかし私が失敗の歴史を初めて知ったのは1991年、雲仙普賢岳の火砕流の後、イギリスの科学専門誌「ネイチャー」のそれに関する記事を偶然見つけて読んだ時であった。記事を書いた記者の、歯に衣着せない書きっぷりが小気味よかった。専門家達がこれほどに間違いだらけの予測や警告を繰り返しているのに、日本の一般人はそれでも尚、専門家の言葉を素直に聞き続けている。西洋人からしたら、そこのところが一番の驚きだと言う。実際、地震予知が間違っていたからと、イタリア人は裁判沙汰を起こしもした。

 1986年の大島三原山、1989年の伊東市沖の海底火山。彼が挙げている例はさほどに重大な事件ではない。犠牲者が出たわけでもないので、一般人はとっくに忘れているはずである。ただ、専門家の予測が如何に当てにならないものであるかの例としては充分だ。他に島村英紀氏の指摘する2000年の三宅島の例もある。

 自然はまるで、「人格」を持っているかのようである。サンフランシスコとその対岸の町オークランドに大被害をもたらした1989年のロマプリータ地震以来、地震の起こる起こり方やタイミングが、あまりにも意味ありげなので驚き続けてきた。具体的な内容はあえて書かないが、「自然」は科学者の裏をかくのが好きなのではないか、という気になることすらある。

 予知に成功した目覚ましい例は、地震で1975年中国海城の1例、噴火で2000年の有珠山の1例のみである。他の全ての地震や噴火は、いつでも不意打ちであった。東海地震が来るぞ来るぞと言われながら数十年、そこで想定通りの大地震は起こらず、それ以外の地で学者が首をひねる奇妙な地震ばかりが起き続けてきた。

 噴火も同様で、来るぞ来るぞと言われている富士山噴火が未だに来ず、その間に、ニュースを聞いて初めて知る火山が前兆も無しに噴火して脚光を浴びることが多かった。新燃岳、西之島、御嶽山がそうであった。そして今回は、「水蒸気噴火だから予知できなかった」御嶽山の、その口実を封じるような噴火が名も知らぬ島で起こった。9000メートルもの噴煙を立ち上げた噴火が、何の前兆も示さなかったとは、どうにも不思議でならない。

2015年6月11日 (木)

噴火は予知できていたはず その11

   水蒸気噴火から火山の個性へ

 口永良部島の噴火について、前回も引用した東洋経済オンラインからもう少し引用する。

[1933(昭和8)年や1966(昭和41)年に大規模な噴火を観測。1980年代以降は小康状態だったが、京都大学防災研究所の井口正人教授によれば、1999年ごろからマグマの上昇を推定させる地下の温度変化などが観測されていた。火山性地震は2006年や2012年には400回を超える月も。それでも警報を出すに至る変化とは認められないまま、2014年8月3日の噴火が発生した。
井口教授は「15年間にわたる長期の準備過程があった。しかし火口が隆起するような明らかな兆候は、噴火の1時間前ぐらいからしか分からなかった」と、昨年10月に名古屋大学であった研究集会で報告していた。]

 どうやら、去年の噴火も予報予知無しの噴火だったようだ。前兆無しに噴火するのが、この山の個性なのかも知れない。口永良部島の今回の噴火の後、多くのサイトでこの「火山の個性」という言葉を目にする。例えば、以下のような言葉が見つかった。

[火山はそれぞれに「個性」があり、避難誘導や地域の対応も個々に考えられなければならない。] (東洋経済オンライン)

[しかし噴火に至る経緯は火山によってまちまちで、同じ形態を繰り返すとも限らない。] (毎日新聞)

[実は、警戒レベルというのは、非常に難しくて、それぞれの火山で非常に性質が違いますので、1つの警戒レベルは、ほかの火山に適用できるわけではありません。] (島村英紀教授、FNNのインタビューに答えて)

 御嶽山の時には「水蒸気噴火の予知は不可能」という意味の言葉をしばしば目にした。しかしその後数ヶ月で、マグマの関与した前兆無しの火山噴火が実際に起こってしまった。すると、もはや「水蒸気噴火」とは言えないので、「火山には個性がある」という意味の言葉に変えたということかも知れない。

 「火山には個性がある。口永良部島の火山はたまたま前兆を示さない個性を持っていた。だから噴火を予知できなくても致し方なかった」ということを、言外に言いたいのだと推測する。しかし言い放しにせず、何故そのような個性が生じるのか、何故かなりの規模の噴火にもかかわらず前兆無しでマグマが上昇できたのか、などを次なる研究課題として調べてもらいたいものである。

 以前言われていたことで、もう一つ気になることがある。このシリーズの「その4」の中で、「噴火の前兆は捉えられるか」(NHKサイエンスZERO)という番組を取り上げた。そこではミュオンによる薩摩硫黄島の透視画像が話題されていた。その画像には、火山体の中央に滞留しているマグマがくっきりと見えていた。

 薩摩硫黄島は、口永良部島の隣の小さな島である。噴火警戒レベルは1か2、警戒レベル3の口永良部島の方がはるかに重要度が高いはずである。何故ミュオンによる透視技術が使われなかったのだろうか? 不思議でならない。去年8月にせっかく警戒レベルが3に引き上げられたばかりだというのに、それは数値上だけのこと、持てる技術が十分に生かされたとは思えない。

 もしもミュオンにより口永良部島の山体内が透視されていたならば、たとえ地震計などによる前兆把握は全て失敗していたとしても、山頂近くにあるマグマの位置から、噴火が差し迫っていたことを予知できていたはずである。また、もしも山頂へと位置を変えるマグマの時間的変化が捉えられていたならば、なぜ今回は前兆無しの噴火をしたのかに対し、何らかのヒントを得られた可能性も高い。学問的に見ても貴重な好機を逃したことになる。

2015年6月 4日 (木)

噴火は予知できていたはず その10

  前兆が全くなかった噴火

 5月28日午後7時(日本時間、29日朝11時)、ドラマが始まるはずと思いながらテレビをつけたところ、ニュースだった。口永良部島で噴火したためドラマは差し替えられたのだ。

 噴火したのはその1時間前、島民の大部分は既に避難所に退避していた。手持ちの地図やネットを慌てて調べ、口永良部島がそもそも何処にあるのか、どんな島なのか、のイメージを持った。

 避難所のある番屋ヶ峰は最初に出来た古い火山で、現在噴火中の新岳は、その隣に付け加えられた新しい火山である。西之島の新島が旧島と合体したのと同じ出来方をしたのだろう。口永良部島に旧島部分があったことで、無事に避難することができたことになる。もしも新島部分だけの円錐状の火山島だったり、去年8月の噴火がなかったとしたら、御嶽山の二の舞になった可能性もある。

 噴火が直前になっても予知されてなかったということに驚いた。ネットで調べているうちに、次のサイトを見つけた。以下は東洋経済オンラインからの引用である。

[一方で、今回の噴火直前の火山性地震は29日午前9時台にわずか1回。10時台に77回と急増しているが、この間の9時59分に噴火が起きている。気象庁によれば「10分前にも明らかな変化は観測されなかった」という。]

 つまり、噴火前にはたった1回しか地震がなかったということなのだろう。もう一つ、別のサイト(毎日新聞)からの引用を以下に。

[気象庁によると、噴火の10~15分前に地震計や傾斜計、GPSのデータに変化はなく、昨年9月の御嶽山(長野・岐阜県境)噴火では11分前に観測された火山性微動もなかった。機動観測班も異常は感じなかったという。
実は火口に近い場所にあった地震計3台は、昨年の噴火で壊れ、入山規制のため修理できなかった。この影響について、小泉火山対策官は「壊れていなければ何らかの前兆をとらえた可能性は否定できないが、何とも言えない」と話す。]

 気象庁のサイトで確認してみると、観測点配置図があり、火口近くの地震計などは全滅していた。図の上で数えてみると、地震計は3台どころか7台が障害を受けていた。もしもそれらの幾つかが活躍していたら、微細な前兆を記録できていたかも知れない。それによって、噴火を予知することまではできないとしても、地震や火山噴火の本質に迫る何かの情報を得られた可能性もある。残念なことである。

 この引用部分でも御嶽山について触れている。御嶽山噴火の方がより大規模だったと主張するウェブも見かけたが、私はそうは思わない。噴煙の柱の太さ、そしてそれが9000メートル(エベレストと同じ)もの高さに立ち登ったことは、テレビ画面で見る限り、御嶽山の場合よりも迫力があった。火災流の規模も今回は、全方向にかなり多量に流れ出し、大きかった。

 それなのに、御嶽山の水蒸気噴火にすらあった前兆が、今回全くなかったというのは不思議である。火口の天井を突き破り巨大な噴煙の柱が生じたほどの強烈な圧力を蓄えていた火山体内のマグマが、何の兆候も現さなかったとは考え難い。今後の研究により、見落とされていた兆候などが明らかになる可能性もある。

 しかし何の前兆も無しにいきなり噴火したのが本当だとすると、次もまた、いつ噴火するかは分からない。警戒レベルが下がっても、おいそれとは戻れない。それは、人口の少ない南の小島だけの問題ではない。全国どの活火山においても同じことが言える。御嶽山、口永良部島と続いた今、専門家との信頼関係において新時代に入った、ということなのかも知れない。

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