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2015年5月12日 (火)

噴火は予知できていたはず その7

  ダムが御嶽山噴火の原因だった

 「誘発地震」というキーワードでネットを検索している時に、興味深いサイトを見つけた。筆者は「まさのあつこ」さんというジャーナリストである。

[「長 野県西部地震(1984年)の時の記録がなにか残っていませんか?」木曽の御岳の山麓、長野県王滝村の役場に電話をかけた時、頭にあったのは、数年前に独 立行政法人水資源機構(水機構、当時は水資源開発公団)の職員から聞いた「1961年に牧尾ダムができた途端に地震が起き始め、大きい地震が来た時、つい に山の塊が落ちてきて埋まってしまったダムがある」という話だ。]

[王滝村民が体感したダム誘発地震の存在を学問の立場から「現在では学界の常識です」と断言するのは、日本地震学会会長の大竹政和さんだ。その断言は彼自身が手がけた実験と調査に基づく。 1974年、建設省建築研究所にいた大竹さんは、1963年から68年の黒部ダム(富山県)の水位変化と周辺の地震回数を調べ、水位上昇に従って地震活動が活発化する傾向を発見した。 その後、国立防災科学技術センター地震活動研究室長だった時は、松代群発地震(長野県)の中心地に2500メートルの井戸を掘り2000トンの水を注入し水圧によって地震が起きるという実験結果を得た。 さらに1926年から83年までの気象庁の観測地震データを使い、全国42ヶ所のダムの湛水開始前後を比較。牧尾ダムを含む八カ所でダム完成後に地震が増えたことを示し、相関関係があると地震学会で発表し、海外でも高い評価を受けた。]

 「牧尾ダム」はどこかと探してみると、御嶽山南麓を西から東へと流れる王滝川があり、その下流側にある。「御嶽山の噴火は予知できていたはず その3」に掲載した図の中で言うと、長野県西部地震(1984年)の本震の震源は御嶽山の南東麓にある。山頂からその震源への方向を更に延ばすと、ソーセージ型をした地形の端あたりに達する。その地形が牧尾ダムによって作られたダム湖である。

 そのことをダム湖を始点にして見直すと、次のような一連の流れとなる。地下に浸み込んだ水が北西方向に移動した後、マグマに出会い、気化し、急激に体積を増やすことによって、地震の原因となった。地震を起こした後、地下の水蒸気は更に北西方向に斜めに上昇し、頂上から噴出した。

 このように考えると、それまで死火山と見なされていたほど不活発だった火山が何故噴火や地震活動をするようになったのか、何故水蒸気噴火ばかりなのか、それらはダム由来の誘発だったからだと納得がいく。

 震源域にはマグマが存在している、という私の仮定からすると、マグマに触れて水蒸気になった水が斜めに上昇して頂上から噴出する、という部分は理解し易い。 火山の山腹は、頂上から麓へ斜めの堆積層の積み重ねで出来ている。中には溶岩トンネルがあるかも知れない。つまり、煙突のような通り道、あるいは粗い層が あるために、直上ではなく斜めに上昇するのだ。

 では、ダム湖からマグマのある辺りにまで、水はどのように浸み込んでいくのだろうか? 通常ならば、ダム湖から直下に浸み込みそうなものである。何故斜めなのだろうか? もしかすると、川の流域には細かい土が長年蓄積して、地下水の通り道を目詰まりさせているのかも知れない。地質学者はこの問題を調べ、ダム湖由来の誘発地震をはっきりした形で証明してほしいと願う。

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