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2015年1月

2015年1月27日 (火)

海洋底の縞模様 その23

  自転と放物線の合成で「く」の字に着地

 もしもマグマの塊りがカムチャッカ半島の辺りから跳ね上がり、メキシコ西岸沖方面へ飛んだとすれば、その軌道はコリオリの力により曲げられ、ハワイ島の辺りに着地するだろう。前回も書いたように、私はひどく落胆した。このコリオリの力による軌跡は、ハワイ―天皇海山列の並びとは正反対の形をしている。これでは仮説が成り立たない、とまで失望したのだが、幸いなことに、失望の状態が長く続くことはなかった。

 コリオリの力による軌跡そのものは確かに、 直線から右に逸れる右カーブ曲線をしているはずである。しかしそれは、飛行物体が空中に留まっているか、直下に落下した場合の軌跡である。ハワイ―天皇海山列の場合には、空中から地表に着地するまでの軌道も考慮されなければならない。地球が東向きに自転しているため、実際の着地点は西に流される。しかも、飛行物体が高ければ高いほど滞空時間は長くなり、着地点がより西になる。

 私のニュースレターには毎号、3頁の英文記事に対し半頁大のイラストを付けていた。右の図(図-海18)は、1996年2月号に付けられたイラストである。スペースの関係で傾けてあったのを元に戻したりはしたが、それ以外はそのままである。    18図-海18


 カムチャッカ半島の中ほどA点から跳ね上がったマグマは、メキシコ西岸沖のB点に向う。コリオリの力によりCの軌跡を辿りD点に着地する。その間空中で放物線軌道を飛行していたマグマは、自転の影響で西に飛ばされ、結果的にハワイ―天皇海山列の位置に着地する。

 前回述べたように地球の自転を止め、「自転の風」ということでイメージした方が理解し易いかも知れない。横風の吹く所でホースから放水すると、水の大部分が着地して作る模様は、ハワイ―天皇海山列と同じ「く」の字型となるのではないかと思う。

 この「自転の風」と放物線との合成が滑らかな左カーブ曲線ではなく、釘の折れ曲がりのような「く」の字型になるという私の予測を、計算あるいはシュミレーションにより証明もしくは反証してくれる人はいないだろうか、と願う。この場合、空気の抵抗による軌道の短縮と地球の球形ということなどが考慮されなければいけないかも知れない。

19図-海19


 私が右の図を作る時、ナショナル・ジオグラフィック・ソサエティー社の"Exploring Our Living Planet (我らが「活ける惑星」の探査)"(Robert D. Ballard, 1983, 1988) という本の中にある図(図-海19)を使った。この図を当時はコピー屋でコピーした後、ハワイ―天皇海山列の部分だけを切り抜いてイラストにした。その作業の間に、重要な特徴に気がついた。ハワイ―天皇海山列は両端が太く、中間が細くなっているのだ。まるで餅や水飴を引き伸ばした形をしている。

 この形を、ホット・スポット説によって説明するのは困難であろう。地下から湧き出すマグマによって火山島や海山ができたとするならば、最初から最後まで同じ太さになりそうなものである。

 両端が太く、餅を引き伸ばしたようになっているというハワイ―天皇海山列の地形的な特徴は、私の自信を更に深めてくれた。

2015年1月20日 (火)

海洋底の縞模様 その22

  ハワイ―天皇海山列は大陸からの跳ね

 私の仮説からすると、ハワイ―天皇海山列は、ユーラシア大陸からの跳ねによって作られた。以前、ヒマラヤ東端と日本列島との間には、ユーラシア大陸からあふれ出したかのような支脈の痕跡があると述べた(その11及びその12)が、ハワイ―天皇海山列の跳ねもそれらと関連した一連の生成機構に基づいている。

 地表を移動する物体にはコリオリの力が働く。地球が球体で自転しているために、赤道と極との間の自転速度には違いが生じる。つまり、赤道上では時速1670キロもの高速(赤道の円周4万キロ÷24時間)で動いているのに対し、極点の上では動く距離としてはゼロ。そしてその中間の赤道と極との間では、緯度が高くなるのに応じて速度が減る。 

 もしも私の理解が正しいとすれば、地球の球体と自転との関係は右のような平面図(図-海16)に置き換えられる。地球の方を静止させ、自転分に対応した風が吹いているとするのだ。すると、赤道上では時速1670キロの風が吹き、極に向かうに従って風速は弱まる。但しこれはあくまでも、コリオリの力を理解し易くするためのイメージにしか過ぎない。この先も風ということにして説明していくが、通常の風と混同するとかえって混乱のもとかも知れない。コリオリの力を説明するための仮想の風のことは「自転の風」と呼ぶことにする。 116 図-海16

 このような環境下において、北極点から赤道に向かって地表もしくは上空を直進する物体は、コリオリの力によって右方に逸れる。「自転の風」が赤道近くになる程強く吹くからである。別の全ての方角への移動に対しても、この同じ「自転の風」が働くために全て直進せず、北半球では右、南半球では左に逸れる。 

 ハワイ―天皇海山列の具体的な出来方を述べる前に先回りして言ってしまえば、前回問題にしたもう一つの火山島の並び(図中の③)も、更に言えば、トンガ諸島からニュージーランドへかけての急激な折れ曲がり(図-海17)も、同じ生成機構によって説明される。この後者の場合、北半球と南半球とでS字に逆転するコリオリの力を如実に示している。単なるS字ではなく、筆が裏返ったかのように見えるのは、その辺りで一旦着地したからかもしれない。 117図-海17


 北半球の台風は反時計回りの渦を巻いている。コリオリの力だとしたら右に逸れるのだから時計回りになるはずではないのか、と思ったこともあるが、それは図中に描いた台風のイメージを得て氷解した。右に逸れるコリオリの力によって台風はコマのように回されるということなのだろう。

 冒頭のハワイ―天皇海山列の並び具合に対しても、同様な錯覚を持ったことがある。コリオリの力により右に逸れるとすれば、ハワイ―天皇海山列の並びは合っていない。私の仮説は間違っているのかも知れない。そう思って、一時期ひどく落ち込んだ。しかし幸いにも、その落ち込みが長く続くことはなかった。それについては次回述べる。

2015年1月13日 (火)

海洋底の縞模様 その21

  都合の良い数例を取り上げただけ

 プリンストン大学のジェイソン・モーガンによれば、ハワイ島近くのマントル下部にはホットスポットという熱源があり、マグマを断続的に噴出して火山島や海底火山を生み出す。それらの火山島や海底火山は、移動するプレートによって北西方向に運ばれる。そのためにハワイ諸島は、一番南東にあるハワイ島が一番新しく、南西に行くほど古い。ハワイ諸島の一番北西のその先には、天皇海山という海底火山群が連なっている。それは、かってプレートが北方向に向かって移動していたことを示すものだ、と言うのである。

 そのプレートの移動を示す証拠は他にもある(図-海15)。モーガンが例として挙げたのは図中の黒線の4箇所だが、アラスカ沖のは部分的なので省く。残りの3つも仔細に見ていくと、ホット・スポット説の説明にぴったり適合するものは一つもない。                                                                15図-海15

 図中の②の線はよくよく見ると弓なりになっている。実際の地図上で見るとその弓なりは更に緩やかで、全体として見るとむしろ円の一部である。ハワイ―天皇海山列などのように直線が「く」の字型に折れ曲がっているのとは全くに違う。もしもプレートが移動したのだとすれば、2本3本の火山島列が直線で、残りの一本だけ曲線に並んでいる、というのは物理学的にあり得ない。むしろ②の火山島の並びは、プレート・テクトニクス説への反証である。

 ③の火山島の並びはハワイの並びと確かに相似ではあるものの、火山島の生成年代が、中間のサモア島の辺りでは逆で、そこでは東南に向かって島の年齢が増している。しかも、サモア諸島のサバイ島には最も生成年代が新しいはずの活火山がある。とすれば、プレート・テクトニクス説の前提は成り立ち得ない。

 ①の本家本元にしたところで、問題がないわけではない。天皇海山からは大陸の構成岩石である花崗岩が掘削されている。ホット・スポット説からすれば、天皇海山もかってはハワイ島近くにあったはずである。太平洋のど真ん中のホット・スポットに、花崗岩を生み出していた時代があったとでも言うのだろうか?

 これら3つの問題点は、そのどれもが説の存立にとって致命的である。だいたい、太平洋底には数千の海山が、あるいはばらばらに、あるいは列を作って並んでいる。それらはてんでんばらばらな向きに並んでいるので、プレートが動いたはずの方向性を支持しない。

 例えば第一鹿島海山を調べている時(その18)に、グーグル・アースで見ていて意外だと思った。鹿島の後続の海山は、北東の方に続いているのだ。それらが日本海溝に沈み込みつつあるのだとしたら南西方向へ進行中ということになり、太平洋プレートの方向とはまるで違っている。それだけではない。その列の延長線上の陸側斜面に、海山のような高まりが見える。だとすると、海山の列は日本海溝に沈み込んでいく、のではなく交差していることになる。

 また、海山は西太平洋に多く、東太平洋の断裂帯海域には極端に少ない。そういう海山の特徴に言及するでもなく、海山の成因を説明するでもなく、無数にある海山や海山列からわずか数例を取り出して説を立てる。実験を重んじ全てを精査するという科学的なやり方からは、かなりかけ離れているように思える。

2015年1月 6日 (火)

海洋底の縞模様 その20

  ハワイのホットスポット説への異議は多い

 このシリーズの、9~16までの下書きを金森博雄先生にメールでお送りした。それに対して先生から、素晴らしい内容の返信をその日(8-16-2014)のうちに頂いた。

 あなたの指摘や質問は的を射たものである。質問の全てに答えられる者がいるとも思えない。プレート・テクトニクス説の魅力的な側面は、いくつかのプレートが動き回るという原理が比較的単純明快で、プレート間の相互作用により数多くの地質学的な観測事実が説明できるように思われた、初めのうちは。しかし明らかに、細部に至るまで全てが説明できるようになったわけではない。というわけで、地質学者たちは時が経つにつれ、それぞれの観測事実に合うモデルを作るようになった。結果として今ではあまりにも多くのモデルが生まれ、その多くが相互に矛盾し合うようにもなった。今ではかっての魅力が、かなりの程度失なわれている。

 というような内容のメールの後、ハワイのホット・スポット説に疑問を呈するサイトについてのメールを、2通立て続けに頂いた。両方とも科学専門誌ネイチャーに載った記事で、それらを読むと、ハワイのホット・スポット説に対する異議、反論は、学界の中でも結構多いみたいに思える。
http://www.nature.com/news/2011/110526/full/news.2011.327.html

 その一つによれば、ハワイ島の真下のマントル下部にホット・スポットの熱源があり、そこからマグマが直上するという従来型のイメージを打ち砕くかも知れない。その研究者らの地震観測法からすると、熱源は1000キロも西にずれているらしい。

 とは言え、それらの反論はどれも、プレート・テクトニクス説内部の修正を求めるものであり、説の前提そのものを疑問視するということではなさそうである。ホット・スポット説のアイデアを最初に出したのはツゾー・ウィルソンだったが、我々がよく知る定説の形へと発展させたのはジェイソン・モーガンであった。彼のことをホット・スポット説のみならず、プレート・テクトニクス説そのものの祖であるとして尊敬する研究者もいる。

 私のニュースレターの読者にノース・カロリナ大学の地質学大院生がいた。私の書くものに対して厳しい批判を加えてくるなど、何度も激しい論争になったことがある。その彼が、ウェーゲナーをコペルニクスとすればモーガンはケプラーにあたる、とまで書いてきたので驚いた。

 プレート・テクトニクス説の流れの中で、マントル対流説のアーサー・ホームズ、トランスフォーム説のツゾー・ウィルソンが重要だというのならば、それらの説に反対の私でも分からないではない。しかし私には、モーガンの偉大さがよく理解できない。例えば、上田誠也氏の「生きている地球」(岩波グラフィックス、1983)には次のようにある。

[活動帯を少し詳しく調べてみると、中央海嶺、海溝、造山帯、トランスフォーム断層の三種類からなりたっている。

このような認識をもった数人の若い研究者たちは、1966年ごろほとんど同時にひとつの重要な事実に気づいた。イギリスのマッケンジーとパーカー、アメリカのモーガン、フランスのル・ピジョンなどである。“地球表面をつくっているこれらのブロックはあたかも剛体板のように変形することなしに運動しているのではないか?”ということであった。]

 この文章で見ると、モーガンはその他大勢の一人に過ぎない。あの大学院生がモーガンを、プレート・テクトニクス説にとっての一番の功労者だと考えるのは、同じアメリカ人という身びいきから、ということなのだろうか?

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