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2014年11月

2014年11月25日 (火)

海洋底の縞模様 その14

  伊豆半島衝突説の元となる考え方

 フィリピン海プレートに関連して、伊豆半島はかって南方の火山島だったが、北上して本州に衝突した、という説についても検討してみたい。

 この伊豆半島衝突説は、付加体テクトニクスという考え方に基づいている。私がそういう考え方があるのだということを知ったのは、「ヤスーンレター」というニュース・レターを発行していた1994年のことだった。ヤスーン仮説の内容そのものに関して言えば、ほとんどゼロというこのブログへの反響からすると信じ難いことだが、当時は沢山の反響があり、米国内だけではなく、世界各地の人達からも手紙を貰った。

 そのような読者の一人から、Assembling California (カリフォルニアの組み立て)という本を勧められて買った。著者のジョン・マクフィーは、ピュリッツァー賞を受賞したこともあるジャーナリストで、エルドリッジ・ムーアという地質学者のフィールド調査に同行取材して書いた本である。この本の前に既に3冊、同類の本を出版したそうで、私に勧めた読者はそれら全てを読んで気に入ったと書いてきた。

 その本の出版は1993年、まだ出版されたばかりだし、ペーパーバックで安いし、というので買いはしたものの、ざっと読んでみて、「これは私のための本ではない」と思った。カリフォルニア州の地層は寄せ集めで出来ている、それらは太平洋の何処かにあったものが北米大陸本体に衝突したのだ、と主張している。

 私が気になるのは、太平洋の何処でどのように、という部分である。ところが大陸移動説やプレート・テクトニクス説の出現以来、データさえ整っていれば陸塊はどうにでも動ける、という風潮が出来上がってしまった。

 例えば「地球の科学」(竹内均、上田誠也著、NHKブックス、1964年)には、英国が回転した、などの話が出てくる。どういう対流があればそういう回転が可能になるのか? 何故回転したか? などの考察はそっちのけにして、データから得られる結果が重要視される。データ至上主義と言うべきかも知れない。この「カリフォルニアの組み立て」の場合も同様で、太平洋の何処でどのように出来たかの議論はそっちのけ、カリフォルニア州内の各地の地層を調査し、これも外来性、あれも外来性などと結論付けている。

 海洋底には無数の海山や島がある。それらの成因は必ずしも明確にされているわけではない。ホットスポット説によって説明できるのは、ハワイ諸島などごく少数のものにとどまる。しかも、太平洋の一般的な海山や海洋島は玄武岩質のはずである。カリフォルニア州内の全ての地層は、海洋性の玄武岩ばかりだと言うのだろうか?

 それらの海山や海洋島は、海洋プレートによって北米大陸に運ばれ、そこで大陸本体に付加される。付け加わる陸塊ということから付加体、それに構造地質学を意味するテクトニクスという言葉が合わさって、付加体テクトニクスと呼ばれる。

 しかし北米大陸本体に付加されるためには、北米大陸西岸に沈み込み口である海溝やそこへ向かう東方向へのプレートの動きが必要とされる。カリフォルニアの地層がモザイク状に寄せ集められているというだけのことなのに、多くの仮定により辛うじて成り立っている、という印象を持った。この仮説は英国の回転仮説と同様、やがては注目されなくなるに違いない、と私は思った。

 ところがその後、伊豆半島衝突という形にその付加体テクトニクスが進化し、しかも広く受け入れられていると知って驚いた。

2014年11月18日 (火)

海洋底の縞模様 その13

  南海トラフが海溝でないのは何故か?

 前回までに述べたように、フィリピン海プレートがあるとされる地域は、私の仮説にとって沈んだ大陸があるはずの重要な場所である。したがって、その地についてのプレート説の説明には数多くの矛盾がある、ということを明らかにする必要がある。 

 もともとフィリピン海プレートは、周り全てを沈み込み帯である海溝ばかりが取り巻く、奇妙なプレートである。そういう場所は世界中でここしかない。どこに湧き出し口があるのか? 中央海嶺はどこにもないではないか? 伊豆・小笠原海溝―マリアナ海溝で一旦沈み込んだ太平洋プレートが、気持を変えてまた湧き出しに転じたとでも言うのであろうか? それとも、半分が沈み込み帯を飛び越えて行進を続ける、ということだろうか?

 プレート説がこうした問題を詳しく説明することはない。そればかりか、プレートの進行方向を勝手に変えたりもする。

 中央海嶺の代わりとして湧き出し口になりそうなのは、マリアナ海嶺や九州・パラオ海嶺のような海底火山列であるだろう。そこで湧き出したとすると、プレートが進むのは、沈み込み口である琉球海溝―フィリピン海溝への方向である。中央海嶺から海溝へという本来のプレート説の考え方からすれば、進行方向は西へでなければならないのに、フィリピン海プレートは北上すると考えられている。海底火山列に沿って北上し日本列島に向かう、というのは誰により、何を根拠に考え出されたのだろうか? もしかすると、ハワイ諸島―天皇海山列の並びを説明するホットスポット説の影響があるのかもしれない。                            9図-海9

 もしも私のその推測が当たっているとするならば、フィリピン海プレートの北上説を唱道する者たちは、マリアナ海域のどの辺りにホットスポットがあるのかを明確にしなければならない。もちろん、彼らがそうするとは私も本気で期待しているわけではない。それをすると、海底火山列が年代順に並んでいないという新たな矛盾が生じ、答えられなくなる。年代的に古いはずの伊豆諸島で、新たな火山活動が頻発している。

 こうして見ていくと、フィリピン海プレートが北上して日本列島に衝突するという考え方に、確固とした根拠があるようには思えない。しかも、プレートが進行する先が、通常の海溝よりも浅い「亜海溝」あるいは「海溝もどき」とでも呼ぶべきトラフである、とは一体どういうことであろうか?

 ところで、トラフって何だろう? 南海トラフみたいなものが他にもあるのだろうか? 世界地図を調べているうちに興味深いトラフを見つけた。フィリピンからボルネオにかけての西の海域にパラワン・トラフ(図-海9の、赤い楕円線の中)というがある。これなども、沈み込み口としたら意外過ぎる場所にある。向きが反対なのである。プレート説の新たな謎を発見した、ということになるだろうか?

 世界地図を調べていて気付いたもう一つのことは、日本列島中部―伊豆・小笠原―マリアナ海嶺及び九州―パラオ海嶺に囲まれた海域は、海底火山列が何本も並行していて、フィリピン海の他の海域とは違う印象がある。まるで親指を突き立てたコブシを、にょきっと突き出した腕、という趣き(図-海9の、赤い点線内の海域)がある。これについては既に述べたように、ユーラシア大陸からの支脈、と私は考えている。これを更に目を凝らして見ると、琉球海溝方面から延長しているもともとの海溝が南海トラフのベースとしてあり、その上を、この支脈の厚い大陸物質が、まるでチョコレートのトッピングのように覆っているのだ、という推理が成り立つ。

 このように、私なりの南海トラフ成因論を新たに思いついた後、改めて思う。プレート説では、南海トラフが海溝ではなく浅いトラフであることを、果たしてうまく説明できるのだろうか?

2014年11月11日 (火)

海洋底の縞模様 その12

  安山岩線の中にあったムー大陸

 大西洋にアトランティス大陸という沈んだ大陸の伝説があり、ムー大陸というその太平洋版もある。竹内均著「ムー大陸から来た日本人」(徳間書店、1980年)によれば、ハワイ諸島を含む太平洋中央部が、沈んだ大陸のあった地域として想定されていたようである。太平洋中央部というその地域に対しては賛成しないものの、伝説のムー大陸の存在そのものには賛成する。

 つい最近になり、「西之島の不思議:大陸の出現か?」(独立行政法人海洋研究開発機構のJAMSTECニュース、2014年6月12日)というサイトを発見した。

[東京の約1000km南方に、南北約650m、幅約200mの小さな無人島があった。西之島である。2013年11月20日、西之島の海岸線から約300m南東沖に海底噴火が確認され、新島を形成した(2013年11月25日のJAMSTECニュース・コラム参照)。新島は爆発的に、かつ着実にマグマを噴出して成長を続けた。2013年12月、西之島は新島と結合し、一体化した。2014年5月、西之島は、面積は以前の4倍、南北、東西ともに幅1,250mの島に成長した。激しい爆発は船舶の接近を拒み、いまも流出している西之島の溶岩は、未だ採取されていない。しかし、旧西之島は1973年から74年に噴火しており、その噴出物およびそれ以前の溶岩は採取され、分析されている。驚くべき事に、これらの岩石はすべてSiO2(シリカ)量が60%前後の非常に均質な「安山岩」である。安山岩は大陸を形成する物質であり、海の真ん中で噴出するとは、誰も考えてはいなかった。安山岩を噴出する海洋島弧の火山、西之島に多くの研究者が注目している。]

 前回見たように東アジアには、ユーラシア大陸からあふれ出したかのような支脈の痕跡がある。それは、溶いた卵かメリケン粉をフライパンの片側に落とし、表面のどろどろがまだあるうちに、フライパンを傾けて、そのどろどろを何もない側に流れさせるようなものである。その比喩のイメージからして、フィリピン海には沈んだ大陸があるはずだ、と私が考えていることは理解していただけるであろう。その沈んだ大陸の輪郭は、フィジー・トンガの辺りで折れ曲がり、ニュージーランドにまで続く海溝、そして南をニューヘブリデスやジャワ海溝によって縁取られた地域である。

 海溝とは大陸性岩石(安山岩や花崗岩など)の収縮に伴う、基盤岩にまで達するほどの深い傷あと、と私は考えている。つまり、弧状列島であるか大陸であるかを問わず、海溝があればその陸側には必ず安山岩や花崗岩などがあるはずなのである。          8図-海8

 このことは、アーサー・ホームズの「一般地質学」中の安山岩線の図(図-海8)を見ると、私の想定域と一致する。安山岩線というものを定めるためには大変な労力が必要だったはずである。昔の地質学者はつくづく偉大だったと思う。海溝のことなど深くは知らぬままだったのに、フィリピン海では遠く離れた2つの海溝線に沿って、安山岩線を二重にしてもいる。

 西之島は小笠原諸島の近くに位置し、この安山岩線の陸側にある。そこの岩石が大陸性のものであることに何の不思議もない。「誰も考えていなかった」というのが正しいとすれば、現在の地球学者たちが、昔の地質学者たちと不連続であるために起こった驚きであろう。

 そして前々回(その10)、及び今回の冒頭で触れたように、その海溝で囲まれた安山岩線の内側こそは、沈んだ大陸、ムー大陸があったかもしれないと私が考える地域である。正確な地域こそ異なれ、安山岩線も知らず海溝も知らぬ先人が、その辺りに沈んだムー大陸を想定していたとは、ロマンである。

2014年11月 4日 (火)

海洋底の縞模様 その11

  日本列島はヒマラヤ山脈のようになる

 アーサー・ホームズの「一般地質学」にアジアの構造地質図(図-海7)が出ている。普通の地勢図を見ても注意深く見れば同じなのだが、これは余計な情報を省略して、山脈の走向線だけが強調されているので分かり易い。
                                                      図-海77_2
 このような特異な地形がどのように出来たのか、については「ニュートン」誌(2001年12月号)が扱っている。インド亜大陸が北上してアジア大陸に衝突したという解釈は、一般にも広く知られているプレート説による仮説だが、仔細に検討してみるといくつかの疑問が湧く。

 ふつう衝突といえば、ぶつけられたアジア大陸の方が凹型にへこむはずである。それなのに、ヒマラヤ山脈の弧はインドに向け凸型に張り出している。インド亜大陸にもともと尖った角(かど)があったからだ、とでも言うのだろうか? おあつらえむきの両端の角(かど)は、どのようにして出来たのであろうか? アジア大陸の方にこれだけの褶曲があるのに、インド亜大陸に衝突の痕跡があるようではない。特に、角(かど)の部分は雄牛の角(つの)のように硬かったということになる。アジア大陸に鋭角に食い込んでいるのは、その辺りの岩石が堆積岩であり軟らかかった、と考えられはするのだが、私にはどうも、すっきりしない。

 ヒマラヤ東南端の急な折れ曲がりに関しては、インドの衝突によって中国南部とインドシナの大地が海に押し出されたから、と「ニュートン」の記事にある。マグマほどに流動的でない堆積岩でも、そんな大規模な流出を起こし得るものだろうか? 堆積岩の流出とあれば、その証拠は地層の形やその乱れの中に残されているはずである。証明してみてもらいたいものである。

 私の仮説からすればこの折れ曲がりは、日本列島や朝鮮半島の走向線とセットになっている。単なる流出などではあり得ない、壮大な規模の地質構造なのである。

 日本列島は、カムチャッカ半島から台湾へと続く花綵(はなづな)の山脈走向線の一部である。花づなとは、花を編んで作った飾り綱のことだが、私としては小学校のパーティー時に、折り紙を半分に切り、輪にして繋ぎ合わせ、壁などに飾った鎖という印象が強い。これなども、プレート説への反論の一つである。もしもプレートが海溝で沈むのなら、花綵は大陸に向かって張り出しているのでなくてはならない。

 朝鮮半島から九州を抜け、九州・パラオ海嶺へと抜ける走向線は、その花綵列島の並びに直交している。サハリン―北海道―東北―伊豆諸島―小笠原諸島―北マリアナ諸島の線は、花綵列島を斜めに交差している。フィリピン海には伊豆諸島―小笠原諸島―北マリアナ諸島の走向線と平行ないくつもの並びがある。台湾からフィリピンへの走向線も、それらと平行な並びの一つである。ホームズの図では、東アジアのそうした走向線が明らかでないのが残念である。

 このように東アジアの山脈走向線を見ていくと、実は日本も、巨大なヒマラヤ山脈構造の一部分なのだと思えてくる。将来は、黄海や日本海が隆起して大陸の一部となる可能性は強い。もしかするとその時には、日本列島や沖縄の花綵(はなづな)が沈降し、地向斜と呼ばれる地質構造になるかもしれない。そして、何百何千万年と堆積物を溜め込んだ後、再び日本列島は隆起し、ヒマラヤよりも高い山脈となる。

 その時に将来の高等生物は、どんな化石を日本山脈に発見するであろうか? 高層ビルなどの建造物が、文明の痕跡として残されているであろうか? それとも、核戦争により粉々に破壊しつくされた瓦礫だけが、高い放射能と共に検出されるであろうか?

 これは空想科学というよりは単なる妄想に過ぎないが、根拠がまったくないわけではない。沈降や隆起をくり返す地向斜という概念は、かっての地質学における花形の概念であった。プレート・テクトニクス説の出現以来、それらの概念はすっかり影をひそめ、話題にされることもめったにない。なるほど、ヒマラヤやアンデスの隆起をプレート説によって説明してはいるものの、同説は本来、水平方向の力学を得意としているはずである。垂直方向の動きを力学的に、納得のいく形での説明に成功しているとは思えない。

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