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2014年10月

2014年10月28日 (火)

海洋底の縞模様 その10

  中央海嶺の曲線は大陸の形を反映している

 世界中で、ホットスポットは20箇所とも数十箇所とも言われている。しかしプレート・テクトニクス説を統一的にしようとしたら、中央海嶺に沿って、数千、数万の連続するホットスポットを仮定すべきである。

 そのような仮定に立ってマントル下部の熱源を想像してみると、マントル対流説の問題点がはっきりする。本来、熱対流の開始点はマントル下部のどこであってもよいはずである。鍋の中の湯が沸騰しているとして、沸騰の開始点が鍋底の線状の地帯だけに限定され、並んでいるとしたら不思議である。マントル対流説は、その不思議を前提としているのだ。

  私からすると、中央海嶺を開始点、大陸をその結果としていることが問題なのである。中央海嶺と大陸の海岸線とが相似形であるのは、逆に大陸の方が原因、中央海嶺がその結果として出来たからである。大陸の塊りとしての膨らみが、中央海嶺の曲線に反映されている。

 大陸の構成岩石である花崗岩などよりも重く流動性に富む玄武岩マグマは、一旦大陸の概形が出来上がった後で滲み出し、全世界の海洋底に拡がった。

 先ずは、中央海嶺が大陸の形を反映しているという前提を、作業仮説として認めていただきたい。すると海洋底には、地球の過去の出来事を暗示する地形が数多く残されている、と納得することであろう。但し、うまく説明のつく所ばかりではない。科学を基にした妄想であるぐらいのつもりで、一緒に想像を逞しくしていただくことを願う。

 一番簡単なのは大西洋中央海嶺である。ヨーロッパからアフリカにかけての海岸線と相似であり、中央海嶺と大陸との関連性は疑い得ない。同時に、南北アメリカ大陸の東岸とも相似な訳で、これは東岸から滲み出した玄武岩の前線が、大西洋中央海嶺の位置で重合したとも考えられる。頂上部が二重になっているのはそのため、と考えることもできる。

 南米大陸の西方には、大陸西岸と相似な中央海嶺があり、これは分かり易い。解釈し難いのはインド洋中央海嶺である。オーストラリア大陸、インド亜大陸などの形が全くに反映されていないのだ。

 ニューギニア島とオーストラリア大陸との間は、大陸棚のような浅海で繋がっている。これらは一つのまとまった大陸塊であり、インド洋中央海嶺形成時には無かったものであるとして取り除いてみると、相似形が見えてくる。ヒマラヤ山脈―ジャワ海溝―南ソロモン海溝―ニューヘブリデス海溝という構造線があり、それとインド洋中央海嶺とは明らかに相似なのである。

 とすると、そこは大陸だったのだろうか? ジャワ海溝の反対側に目を移すと、伊豆―マリアナ海溝の並びが見える。ということは、日本をも含め、それらの海溝で囲まれた海域は、沈んだ大陸だったのだ。

 この辺りの問題を強調すると、UFOや超常現象を好む人たちと混同され、ますます一般の科学者たちから相手にされなく恐れもある。しかし、東南アジアの沈んだ大陸については、私のヤスーン仮説の中でも、非常に魅力的な話題の一つである。昨年暮れの仙台での議論の時に、金森博雄先生に臆することもなく語っている。それほどに私が気に入っているということでもある。

2014年10月21日 (火)

海洋底の縞模様 その9

  ホットスポット説が出て、何とでも言えるようになった

 ホットスポット説が、これもツゾー・ウィルソンによって出され、検証されることもなく、あっという間に受け入れられた。ハワイ島から天皇海山に至る島の並びを、ホットスポットという固定点をマントル下部に仮定することによって解釈した。

 この考え方は、熱対流という基本に戻って突き合わせると、問題も多い。マントル対流という既存の流れの中で、ホットスポットとは一体どういう物理現象なのであろうか? 地表に湧き出してから水平方向に移動するマントル対流に対し、地表が終点でそれ以上に移動しないホットスポット、それらの違いを生み出すものは何か? ホットスポットのマグマが上昇するのは、水平移動中のプレートに割れ目があるからだろうか? それともプレートは、その中をホットスポット・マグマが移動出来るような半溶融状態にあるということだろうか? とすれば、同じマントル起源のマグマ同士、どうしてブレンドしてしまわないのだろうか?

 しかも、ハワイ―天皇海山列は直線的に並んでいるわけではなく、くの字型に折れ曲がっている。それは、プレートの進行方向が変わったからだと言う。熱対流によって移動しているはずのプレートが、そんなに簡単に方向転換してもいいのか? と思うのだが、そういう疑問が学者の間から出されることはない。

 ウェーゲナーの時にはあんなにも激しい反対があったというのに、ホームズやウィルソンの時にはまったく反論が出ない。いったいどういうことなのだろうか? 同じ専門分野の科学者には遠慮する、ということだろうか? 科学は宗教とは違う。どんなに権威のある科学者の説であっても、無批判に受け入れてはならない。

 ハワイの島々の並びは岩石の年代順に説明出来るということで、科学の世界にホットスポット説が受け入れられるようになる。そうなると、世界中の数多くの火山や周りよりも熱い地帯が、あれもこれもホットスポットではないか、とみなされるようになった。中には中央海嶺上のホットスポットもある。同じ熱源なのに、違う性質のものが同時に上昇するということだろうか? 一つは大陸やプレートを分離させ、もう一つは火山島を生み出す。マントル下部の熱源の段階において、どのような違いがあったというのだろうか?

 大陸移動説の時にはウェーゲナーは、様々な証拠を探し、批判に対する反論も考えた。ところがホットスポット説になると、わずか数例の太平洋の島の並びやそれらの年代だけで、プレートは方向変換できる、という説を定説として認めさせてしまった。そうなると、次々と新たなバリエーションが、ほとんど批判や検証にさらされないまま登場してくることになる。例えば、静岡大学防災総合センターの小山真人氏のサイトには次のようにある。

[このホットスポットは5000万年ほど前にはグリーンランド東岸付近にあり、そこで大量のマグマを噴出した。プレートの移動にともなってホットスポットの位置は徐々に南東に移動し、3600万年前に大西洋の海底地殻上に達して大西洋中央海嶺と合体した。ホットスポット上では特に大量のマグマが供給されるため、結果として大西洋中央海嶺上の地形的高まりであるアイスランド島が形成された。]

 これは小山氏の、個人的な見解に過ぎないのかもしれないが、固定点であるはずのホットスポットが、ここでは移動も出来るようになっている。

2014年10月14日 (火)

海洋底の縞模様 その8

  アイスランドは大陸性物質?

 海洋底の話をするには、玄武岩についてを見ておく必要性がある。玄武岩とは黒っぽく、流動性に富み、大陸に特徴的な花崗岩や安山岩よりも重い。そのため、海洋底の殆どは玄武岩で覆われていると考えられている。陸上でも黒い柱状の岩石が各地の名所となっていたりする。それらは全て玄武岩が冷えて作られたものである。

 海洋性の岩石に、中央海嶺玄武岩(MORB)と海洋島玄武岩(OIB)との区別があり、それらの成分に違いがあることを最近になって知った。ハワイやアイスランドの玄武岩は、海洋島玄武岩なのだそうだ。

 しかし、アイスランドは陸上に現れた中央海嶺だとも言われている。島の中央にギャオと呼ばれる裂け目があり、それが対流の湧き出し口として島を引き裂いているのだそうだ。それ故に海洋底の中央海嶺と同じ構造だとされている。となれば、アイスランド島の全体が中央海嶺と同じで、中央海嶺玄武岩で出来ているのでなくてはならない。中央海嶺上にあるのだから中央海嶺玄武岩であるのか、島だから海洋島玄武岩であるのか、ちょっと紛らわしいところである。

 ついでながら、ギャオという裂け目が対流の湧き出し口であり、中央海嶺なのだという考え方は、頂上部が凸型で中軸谷のないインド洋から東南太平洋海膨の場合と矛盾している、ということを指摘しておく。

 アイスランドの基盤は玄武岩ではなく、取り残された大陸塊であり、シアル(花崗岩などの大陸構成岩石)質の高まりである、という考え方もある。以下に「一般地質学」(アーサー・ホームズ著、竹内均訳、1969年、但しこの年号は日本語版の発行年であり、1965年発行の改訂版に基づいている) から引用する。

[アイスランドは、深い部分で発散していく対流のあいだにはさまれた死んだ空間に取り残された大きい大陸のかたまりだということができよう。中央大西洋海嶺のてっぺんのリフトが、幅の広い溝となってアイスランドを横切っている。その溝は割れ目の発達によって現在も活発に拡がりつつある。アイスランドが大陸的な構造をしているだろうという長いあいだの推測は、最近の地震探鉱の結果によって確かめられた。15.7kmの厚さのシアル層がみつかっており、それが東へ向けて薄くなっている。この層はその下に10kmの厚さの玄武岩層をもっている。このシアル性の基盤はその上に広く拡がった溶岩の層をもっている。溶岩は主として玄武岩であり、その厚さは島の南西部分にあるレイキャビックの近くでは1.7kmであるが、北部では5km、東部では8kmに及んでいる。平均の地殻の厚さは28kmである。]

 こうして見ると、アイスランドは陸上に現れた中央海嶺だという考え方自体、ひどく単純化されたものでしかない。ホームズの時代には、直接目に見えない地下に大陸性物質が存在していると仮定され、地震探鉱により確かめられた、とまで言っているのである。その後の研究で、その地震探鉱の結果が誤りだとされたのかどうかは知らない。ただ、アイスランドはそれ自体が中央海嶺なのではなく、中央海嶺の上に被さった大陸性物質であると考えたホームズらの動機は理解できる。そう考えることにより、「では、海洋底にあるべき中央海嶺が、何故アイスランドでだけ陸上に現われたのか?」という次なる難問を避けることが出来るのである。

2014年10月 7日 (火)

海洋底の縞模様 その7

  サンアンドレアスのダム湖に地震はない

 前々回(その5) に疑問を呈した陸上の破砕帯、サンアンドレアス断層についてもう少し考えてみる。プレート説を信じない目で見ると、そこは疑問いっぱいの場所である。   5_3図-海5

 前述のように、アフリカ大地溝帯は陸上の中央海嶺だと言われているが、そこに破砕帯はない。サンアンドレアス断層は唯一の陸上破砕帯であり、例外である。となれば、本当に海洋底の破砕帯と同じものであるか、のもっと徹底した検証が行なわれなければならない。海洋底の破砕帯のある地帯は例外なく玄武岩質である。それに反し、サンアンドレアス断層一帯全てが玄武岩である、とは考え難い。

 サンアンドレアス断層の西側は、北西方向へと移動し、やがてはロサンゼルスがサンフランシスコの隣に来るとも言われている。しかし、海洋底の大部分の破砕帯と違って、サンアンドレアス断層は直線の破砕帯ではない。断層の北端はほぼ直角に折れ曲がっている。ジグソーパズルならば、折れ曲がっている2片を互いにずれ動かせるとも思えない。2片の間に隙間ができてしまう。

 通常の破砕帯ならば、反対側も反対方向へと移動する。とすれば、サンアンドレアス断層の東側もまた、南東方向へと移動するのでなければならない。それは北米大陸全体の南東への移動を意味するのであろうか? それともカリフォルニア州の内陸部に別の平行な断層がある、ということだろうか? 更に、ヘイワード断層のような支脈もあり、ガーロック断層のように直交している断層もある。                                                6_2図-海6

 このガーロック断層などを探すために手元の本(サイエンティフィック・アメリカンの日本語版、「別冊サイエンス『プレート・テクトニクス』」1975年5月刊)を調べていたら、興味深い図(図-海5、6)を見つけた。カリフォルニアの模式図がこのようなものだとすれば、サンアンドレアス断層の東側が南東方向へ移動出来ないのは当然として、西側の方も北進出来そうにない。

 ついでながら、サンアンドレアス断層の名前の元となったサンアンドレアス湖、それに並んで造られたクリスタル・スプリングス湖という貯水池へは、近いこともありよく行く。その貯水池ダムの完成は1890年、サンフランシスコ大地震の16年前のことであるが、地震によるダムへの被害は全く無かった。

 私は、ヨセミテ渓谷からの澄んだ水をたたえたその人造湖を見ながら思う。この断層は、地震断層説、トランスフォーム断層説、スロー・スリップ現象などの例として地震学者らに様々な形で取り上げられてきた。しかし本当のところは、実体以上に有名にさせられてしまった、ということかもしれない。

 この断層における最大のマグニチュードは7.8、大きいには大きいが、びっくりする程ではない。また、1989年にサンフランシスコやその対岸の町オークランドに大被害をもたらしたロマプリータ地震の時には、断層そのものが全く動かなかった。

 日本の本に、ロマプリータ地震はサンアンドレアス断層を震源とする地震である、と書かれていることがある。それは明らかな間違いである。サンフランシスコの南100キロにおけるこの地震は、サンアンドレアス断層のすぐ隣の断層を震源としたのにもかかわらず、サンアンドレアス断層を動かすことも、誘発することもなかった。

 それだけではない。世界各地には、ダム湖を造ったために誘発地震が発生したという数多くの例がある。それなのにここでは、断層の真上に人造湖を造ったというのに、ここ100年ほどの間、ダム湖起源の地震は皆無である。

 つまりこの断層は、水が地下に染み入らない程にぴったりとしているのだ。その片側が年々移動しているなどとは、とても信じられない。

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