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2014年9月

2014年9月30日 (火)

海洋底の縞模様 その6

  「トランスフォーム断層」という名前が付いただけ

 今まで中央海嶺と縞模様のずれ、及び破砕帯にまつわる謎を見てきたが、中でも最大の謎は、その成因に関するものである。上田誠也氏の「新しい地球観」(岩波新書、1971年)から引用する。

[(移動する海嶺の問題よりも)中央海嶺系にとって、もっとおかしいのはいわゆる破砕帯である。破砕帯がトランスフォーム断層であるということは、ウィルソンの放ったホームランであったが、ウィルソンといえども、なんでそもそもそのような「作りつけ」のずれができたのかに対しては、満足な答は与えていない。海嶺が対流の上昇部であるとするならば、なにもトランスフォーム断層によってぎくしゃくとずれていく必要はないだろう。むしろなめらかなカーブを描くのが普通ではないだろうか、なにしろ相手は流体なのだから。]

 トランスフォーム断層とは一体何なのか、本格的に説明しようとすると結構ややこしい。そこで、図を上田誠也先生の「プレート・テクトニクス」(岩波書店、1989年)から借用し、簡単な説明を付けるだけにする。                                1img_0004図-海4

 トランスフォーム断層とは、対流が中央海嶺から湧き出し、固化してプレートとなって移動していく、という海洋底拡大説と結びついた考え方である。その海洋底拡大説による動きを考慮すると、(a)普通のずれ断層と(b)トランスフォーム断層とでは、移動する方向が矢印のように違ってくる。特に、2つの海嶺に挟まれたB-B'、b-b'間は、同じ相対運動であるのにもかかわらず、ずれの向きが正反対になっている(図-海4)ということで注目に値する。

 そのようなトランスフォーム断層の実在を、どのような実験で実証することが出来るであろうか? 私は、テープレコーダー説の検証として考えたのとほぼ同様な実験を、頭の中で工夫してみた。中央海嶺の両側に基準マーカーを埋め込み、年々移動する距離を測ればよい。すると、b-b'間の内側に置かれた2つのマーカーは接近するのに対し、その外側に置かれた2つのマーカーは遠ざかるはずだ、などと考えているうちに気がついた。中央海嶺そのものは全く動かないではないか。

 それに気づいた後になって調べているうちに、上田氏の「プレート・テクトニクス」の中に次のような言葉を発見した。

[海嶺のずれはもともと存在していたのであって、真直だったものがずれたのではないのだ! このことは、一見不自然のように見えるが仕方がない。Wilson はもともと大陸分裂が起こったときに、割れ目は何らかの既存の弱線に沿って生じ、その割れ目の形が後に海嶺のずれに反映されているのだとした。]

 つまりウィルソンは、海洋底の縞模様のずれに「トランスフォーム断層」という新しい名前を付けただけなのだ。ところがそれを聞いた大多数の者は、名前が付いたというだけで安心してしまい、それ以上に謎を謎として追究しなくなる。流体の湧き出し口に、何故ぎくしゃくとしたずれが生じたのか? その謎は、今も解答が与えられていないままなのである。

2014年9月23日 (火)

海洋底の縞模様 その5

  中央海嶺の語られていない多くの謎

 前回も書いたように、中央海嶺というのは6万キロも延々と続く海洋底山脈なのだが、それに関してはいくつもの謎がある。しかもそれらの謎が、プレート説によって問題とされることはない。その一つは、中央海嶺頂上部にある中軸谷という凹みである。大西洋中央海嶺の頂上部は断面からすると、フタコブラクダの背中のような凹型になっている。これは、対流が頂上部に達した後左右両側に分かれるからだ、と説明されてきた。                     Img_0002_3図-海2

 その説明が生まれた頃は、中央海嶺全体の姿がはっきりとはしていなかったのかもしれない。私の持っているナショナル・ジオグラフィック社製(1974年、1979年)の2つの地球儀を見ると、どちらも中央海嶺は全体として同じように描かれ、大西洋と太平洋とに違いはない。中軸谷は、多分あるつもりなのだろう、という程度の「黒い筋」として描かれている。因みに、「その2」で引用したタイム・ライフ社の「衝突する大陸」をも確認した。その本に出ている世界地図(1977年)も、地球儀の中央海嶺と同じで、全ての頂上部に中軸谷らしい黒い筋がある。

 ところが既にその頃には、太平洋中央海嶺に中軸谷はないと学者の間では知られていたみたいである。1970年発行の「続地球の科学」(竹内均著)には「東南太平洋海膨」とあり、1971年発行の「新しい地球観」(上田誠也著)には「東太平洋海丘」とある。そのあたりの頂上部がヒトコブラクダのようになっていて大西洋とは違うため、その辺りだけ例外なのだとみなされたのだろう。その結果、「中央海嶺」とは別の名前が付けられた、ということかもしれない。

 ところがその後、ナショナル・ジオグラフィック社製の世界地図帳(改訂第6版、1992年発行)を買って見て、驚いた。海洋底の姿がまるで変わっていた。太平洋(図-海2)どころかインド洋(図-海3)までも中軸谷はない。となると、中央海嶺のほぼ半分に中軸谷はない。むしろ中軸谷のある大西洋の方が、中央海嶺としては例外なのかもしれない。対流が頂上部で二股に分かれるという、あの説明は今どうなっているのであろうか?
1img_0003_3図-海3

 もう一つの謎は、アフリカ大陸の南から南東へ、大西洋とインド洋を繋ぐ辺りの中央海嶺である。他の所の破砕帯は、中央海嶺を直角に切っているのに対し、その南西インド洋海嶺においては、破砕帯は中央海嶺を斜めに横切っている。対流というのは、湧き出してから四方八方へ放射状に拡散するはずなのだが、それを一歩譲ってプレート説の説明通り、左右に分流するのを認めたとしてさえも、それが中央海嶺軸に直角にではなく、何故斜めに分流するのか、理解し難い点である。

 斜めの破砕帯以上に理解し難いのは、東太平洋における破砕帯である。その辺りの海洋底は、中央海嶺頂上部を分断する北西方向への破砕帯の他に、もう一種類、もっと巨大な破砕帯群が存在している。中央海嶺とはまるで無関係に、いくつもの亀裂が東西方向に並列している。

 それらの破砕帯群は中央海嶺由来ではなく、陸上のサンアンドレアス断層こそが中央海嶺を繋ぐ破砕帯である、と解釈されている。しかし、破砕帯は本当に陸上にもあり得るものだろうか? アフリカの大地溝帯は陸上に上がった中央海嶺だと言われるのに、そこには破砕帯がない。それなのに、何故カリフォルニアにだけ破砕帯が陸上にあるのか? 破砕帯を伴わない以上、アフリカ大地溝帯は中央海嶺でないのかもしれない。それとも、もともと破砕帯は陸上にあるべきものではなく、サンアンドレアス断層を破砕帯だとした解釈の方が間違いであるのかもしれない。

2014年9月16日 (火)

海洋底の縞模様 その4

  縞模様には1,000キロものずれがある

 前回まで海洋底の縞模様について見てきたが、この問題は、それで終わりという訳ではない。上田誠也氏の「新しい地球観」(岩波新書、1971年)から引用す
る。                                 Img_0011_2図-海1

[しかも図2-8(但しここでは、前掲のContinents in Collision中の図を代りに図-海1として掲載)を見てもっと驚くべきことは、縞模様がところどころで断ち切られていることだった。更にそれを詳しく調べると、その断ち切られた部分を境にして両側の縞目が100キロメートルとか、極端な場合には1,000キロメートルも相対的にずれているように見えるところがあった。大陸移動説とは「大陸間に相対的な運動があって、その運動の量が何千キロメートルにも及んだ」というふうに表現することもできる。多くの人々はそのような大規模な運動はあり得ないとしてこれに反対したのであったが、地磁気の縞模様のずれから推定された両ブロック間の相対運動が優に1,000キロメートルに及ぶことは、万人の目に疑うべからざるものとして映ったのであった。]

 今回海洋底の縞模様の問題で上掲の文章を読み直している時に、私の思いは、ハワイが日本に接近している、という話へ飛んだ。

 1980年代半ば、カウアイ島にある観測所と茨城県鹿島にある観測所との距離を、星からの電波によって4年間測ったところ、年6~7センチ程づつハワイが日本へ近付いているということがわかった。

 このことは、科学知識のある一般人にもよく知られ、私がプレート説に反対していると知ると、大抵はこの件を持ち出して、私の反対の無謀さをとがめるのだった。

 しかし私は今でも、その観測データがプレート説の正当性を決定的にした、とは考えていない。地殻が水平移動していると証明するだけのためにだったら、そのような観測は、追試でしかない。東北地方太平洋沖地震の後わずか一日、あるいは数日で、東北の地盤は5メートル程も水平に動いた。それは、ハワイが100年近くかけて動くはずの距離なのだ。そして何よりも、海洋底には1,000キロも移動した証拠がある。ハワイが動いているとしても、その全体の動きに比べれば、微々たる物であるに過ぎない。

 しかも東太平洋の縞模様のずれは、そこだけの特殊な現象なのではない。中央海嶺は、北極海から北アメリカ大陸に至る全長6万キロに及ぶ海洋底の巨大山脈だが、その殆どの山頂部は、破砕帯と呼ばれる断層で交互にずれている。上記の引用文における縞模様のずれとは、この破砕帯のことだったのである。

 つまり、海洋底の1,000キロに及ぶ水平移動は、世界中でありきたりの現象である。海洋地殻の上に載っているハワイの島々が水平移動することに何の不思議もない。問題なのは、プレート説が主張するように、それらが沈み込み口である日本海溝までずっと移動し続けるか否かである。ハワイの移動は局所的な動きがあることは証明できても、プレート説全体の動きの証明にはなっていない。

2014年9月 9日 (火)

海洋底の縞模様 その3

  テープレコーダー説の実証実験は?

 プレート・テクトニクス説(あるいはその前身の海洋底拡大説)によれば、中央海嶺で湧き出したマグマは、その時代の磁極の方向性を反映し、海洋底に地磁気異常の縞模様を残しているという。言わば、中央海嶺の頂上部がテープレコーダーのヘッドになっているわけである。

 もしもそうだとすると、今もそのヘッドの部分は刻々と、現在の磁場を記録し続けているはずである。つまり、中央海嶺の頂上部の岩石は、常にキュリー点以上の高温を保っているのでなくてはならない。岩石のキュリー点は300~500度であるとして、海水温で冷やされ続けていることを考慮すると、その辺りは常に噴火か、それに近い状態にあるはずである。

 陸上の火山噴火は常に点であるのに対し、テープレコーダー説を正しいとするためには、中央海嶺頂上部は、長い一連の噴火状態でなくてはならない。また、中央海嶺の両側に基準マーカーを埋め、年々の広がりを実測すれば、帶磁した新しい海底地殻の生成を証明できるはずである。テープレコーダー説を実証しようという試みはあるのだろうか?

 そして、それらの疑問以上に根本的な問題がある。岩石が帶磁したのは、引用した文章の中にもあったように、磁場の強弱に対してであった。強弱にマイナスというのはあるだろうか?

 例えば、ラジオの音量を上げていくとする。ゼロから最大への音量のどれかを選ぶことはできるが、マイナスの音量というのは選びようがない。それに反して、方向性にはマイナスがある。南のことをマイナス北と言って充分に通じる。つまり、テープレコーダー説というのは、本来ならば、一緒にしてはならない単位を一緒くたにしてしまった感がなくはない。

 上田先生の著作には、このテープレコーダー説が受け入れられる前後の学界の冷淡さが様々に表現されている。「地球・海と大陸のダイナミズム」には次のようにある。

[これ(テープレコーダー説)は実に面白い考えなのだが、やはりそれを発表した時には信用する人は少なく、「カクテルパーティでのジョークとしてはいいが、科学としてはどうもね」ということであった。同じ考えを同じ頃に発表したカナダのモーレーという人の論文にいたっては、どの科学雑誌も掲載することを拒否して、やむなく彼は、しばらく後に文芸誌に発表したくらいである。]

 新説に対する拒絶反応というだけではなく、しっかりとした反対理由があったはずである。私と同様、地磁気異常の強弱と方向性の混同、という点に引っかかったのかどうか、知ってみたいものである。

 前回引用した「衝突する大陸」は、その点に対する考慮があるだけ、単に「縞模様の成因は磁極の逆転による」とするだけよりはましである。しかし本当に、逆磁極期には磁場が弱くなったりするのだろうか? 納得できるような形で説明するなり、実証実験するなりしてもらいたいものである。

2014年9月 2日 (火)

海洋底の縞模様 その2

  強弱の違いを方向に、は論理の飛躍

 1950年代にヴァキエらが発見した東太平洋沖海洋底の地磁気異常の縞模様は、大センセーションを巻き起こした。しかもその成因に対するヴァイン=マシューズの解釈は、学界を驚かせる程に画期的なものであった。

 中央海嶺で湧き出したマグマがキュリー点以下に冷却する時に、その時代の磁場を記録する。言わば、自然の中に置かれたテープレコーダーだ、というのである。しかもこのテープレコーダーは、中央海嶺を中心として左右が全く対称なのである。それは、冷却した後の海洋底が両側に均等に移動するからだ、と考えられた。その上に、陸上で得られた岩石の地磁気異常の記録ともぴったりと照合する。プレート・テクトニクス説の前身である海洋底拡大説(更新説とも呼ばれる)の大勝利である。

 ところが、私にはどうしても理解出来ないことがある。

 磁極というのは、極点と同一でないばかりか、そこいらをふらふら移動しているらしい。まるで、地球の中に心棒の安定しないコマがあるようなものである。更に、前回の引用にもあるように、何十万年に1回ぐらいの頻度で逆転をしているそうである。そうした逆転の際は、磁場が無くなったりもすると言われる。したがって、その逆転時の磁場ゼロを反映して海洋底に地磁気強弱の縞模様が出来る、と言うのなら納得する。しかし、海洋底拡大説が主張するのは、磁極逆転に伴う磁場の強さでもなく、磁場そのものが無くなるから、ということでもない。

 ヴァイン=マシューズのテープレコーダー説は何を根拠にしているのか、手元にある本で更に調べてみた。Continents in Collision「衝突する大陸」(Time-Life, 1983)には興味深い一節がある。

[The magnetic stripes were not necessarily due to variations of intensity, as it had first appeared; they might be due to changes in direction. Both men (Vine and Mathews) were well aware of the documentation on pole reversals; perhaps normal magnetism produced a high-intensity magnetic field, reversed magnetism a weaker one. ]

[地磁気の縞模様は必ずしも、最初のうちにそう思われていたように、強弱の変化を表しているわけではない。縞模様は方向の変化を示すものであるかも知れない。ふたりの男たち(ヴァインとマシューズ)は、磁極の逆転についての資料に精通していた。多分、現在と同じ正磁極期の磁力は強磁場を生み、逆磁極期には弱磁場が生まれるということなのだろう。]

 つまり、磁石の針が北を向いている時代には磁場は強くなり、反対に南向きの時代には磁場が弱くなる、ということのようである。単なる磁力線の向きの違いだけのことなのに、それがどのように磁場の強弱となって現われるのか、私にはまったく理解できない。

 「強弱」の違いは「方向」の違いにより生み出されるとしたふたりの解釈には、論理の飛躍があるように私には思われる。

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