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2014年8月

2014年8月26日 (火)

海洋底の縞模様 その1

  プレート説の核心的問題

 海洋底の地磁気異常の縞模様とは何か? をまとめようとして、「新しい地球観」(上田誠也著、岩波新書、1971年)を調べ直してみた。この本は、大陸移動説からプレート・テクトニクス説への転換点を描いた歴史的な名著である。英訳もされたので、世界中の若い研究者達に影響を与えた可能性がある。

 その本の半分ぐらいは、海洋底の地磁気やそれに関連した事柄を扱っている。海洋底の縞模様が、プレート・テクトニクス説にとっての核心的な問題だからだろう。私はどうやら、その問題の重要性を評価し足りてはいなかったようだ。

 第二次世界大戦後は、海洋底に対する研究が急速に発展した。その成果の一つは、地磁気の強弱が縞模様のパターンとして現れたことだった。それがどういうことであるのかについてを私が稚拙に要約するよりは、上田誠也先生の著作から直接引用する方が正確だろう。但し、前掲の本からではなく、先生に戴いた「地球・海と大陸のダイナミズム」(NHKライブラリー、1998年)という別の本から引用することにする。

 この本は元々、先生が出演されたNHKの教育テレビ番組「人間大学」(1994年1月~3月放映)に基づいている。上田先生の同類の本に比べると、視聴者を想定しての話に基づいているせいか読み易い。ただし内容的には、「反転熱残留磁気」の研究についての話など、読むのと同じに易しいというわけではない。

[海上で地磁気を詳しく測るのは非常に困難だったのだが、1950年代にそれができるようになったのはやはりテクノロジーの進歩の結果であった。スクリップス海洋研究所のヴァキエが率いるチームは、カナダの沖合の太平洋海域で地磁気の観測を非常に詳しく行った。その結果、この海域の地磁気の強弱が非常にきれいな縞模様をしていることがわかった。それは地磁気縞状異常とよばれているのだが、全く予期されなかったことであったので、その成因は大きな謎となった。それに対して見事な回答を与えたのがイギリスのバイン(E. Vine)、マシューズ(D. Matthews) という二人の若い科学者であった。それによってこの二人は海底拡大説を証明したのである。私にいわせれば、彼らは「海底はすなわちテープレコーダーである」といい出したのである。海底はテープレコーダーであるということはどういうことか。

中央海嶺でマントルのなかから熱いマグマが出てきて、それが両側へ広がる時に海水によって急に冷却される。冷える時には当然地球磁場のほうへ向いた熱残留磁気をつくる。ところが、地球の磁場は何十万年に1回ぐらいの頻度で逆転をしているので、しばらく前に出てきたマグマは現在の地球磁場とは逆向きに磁化されたに違いない。]

 海洋底の縞模様の発見とテープレコーダー・モデルの提唱とが、プレートテクトニクス説を普及する意味で果たした役割は大きい。ところが私は前述(金森先生と仙台で議論 その5)のように、1993年11月号のニュースレターで扱ったのを最後に、全く、この問題に関する私の考えを語ったことも書いたこともない。今になってみると、この核心的な問題をおろそかにして、20年もの間何をしていたのだろうと思う。

2014年8月19日 (火)

金森博雄先生と仙台で議論 その5

  しゃぶしゃぶ店で、縞模様の話題

 金森博雄先生が客員教授として使っている東北大学の研究室で、そろそろ疲れてきたなと思って時計を見たら、まるで計ったかのように3時間と数分が過ぎたところだった。

 先生の宿舎は仙台市内にあるみたいだった。一緒に、かなりの混み具合のバスに揺られ、市内のレストランで夕食を共にした。しゃぶしゃぶの鍋を突っつきながら、更に2時間以上を過ごした。そろそろお腹もいっぱいとなり、肉やエビに伸ばす手のペースが落ちた頃、先生の言葉が雑談の流れを破った。

「中央海嶺の縞模様はどうなんでしょうかねえ?」

 録音はしてなかったので、話の流れも言葉遣いもはっきりとはしてないのだが、「縞模様」という言葉だけで私には思い当たることがあった。2010年の秋、東大の研究室にロバート・ゲラー氏を訪れた時、氏もやはり、似たようなことを語った。プレート・テクトニクス説が如何に矛盾や疑問に満ちていたとしても、縞模様という有利な証拠がある限り、プレート説を否定できないと言うのである。私の仮説の方が、プレート・テクトニクス説よりはるかに巧妙にその現象を説明できる、と心の中で思いはしたものの黙っていた。聞き入れてもらえそうにない雰囲気があったからである。

 仙台のそのしゃぶしゃぶ店は地下にあり、6人がけの客席が低い仕切りでコの字型に囲まれた、ゆったりとした造りになっている。その日は客もまばらだったため、かなりの大声でも他の客の迷惑にはならなかっただろう。とはいえその時の私の声は、それ以前より更に大きく、店内に響いていたのではないか、と後になれば思う。久しぶりに自説を説明できることで私は興奮していた。

 海洋底の縞模様の問題は、私のニュースレターで扱ったことがある。古いニュースレターを引っ張り出してみて驚いた。それは1993年11月号においてであった。先生とお会いしたのは2013年11月1日、奇しくも20年ぶりの説明であったのだ。一般受けする話題ではないし、と人に語ることもなく過ごしているうちに、信じ難い程の時が経ってしまった。

 「中央海嶺を横切る破砕帯には、ツゾー・ウィルソンにより、トランスフォーム断層という名前が付けられましたが、何故そのようなものが出来たのか、に対する答えは与えられていないままです。流体の湧き出し口である中央海嶺に 何故そのような断層ができたのか、全くに解釈できないはずです。それに反して私の仮説からは、 結晶化した玄武岩の収縮として、解釈が可能です」

 私は手振りを交えて興奮気味に説明したのだが、先生は無表情に聞いているだけだった。レストランを出てしばらくして別れ、仙台駅へ向かった。切符売り場はかなりの列で、ボードには最終便の席しかなかった。先生から反論があったりして私の説明がもう少し長くなっていたら、最終便の切符さえ買えなかったかもしれない。実際にはキャンセル券が買え、最終一つ前の新幹線で、東京に帰ることができた。

2014年8月12日 (火)

金森博雄先生と仙台で議論 その4

  世界の地震を複眼的に見る

 金森博雄先生との仙台における議論において、もう一つの主要な話題は、世界各地の地震のパターンについてであった。私が部屋に入った時には既に、大きなテーブルの先生の坐る側に、資料の紙が十枚近く並べられてあった。サンタクルツ大学の研究者から送られてきたものだそうだ。

 日本、インドネシア、チリなど各地の地震の震源を赤丸で示してある。それを見ると各地の地震の特色がよく分かり、私も非常に感心したのだが、残念なことに写真を撮り損なったために、感心した理由が何か、が思い出せない。

 ただ、世界の地震を複眼的に見ようとする先生の姿勢、に感心したことは忘れていない。そしてそのことは、今回が初めてではない。「東北地方太平洋沖地震 その9」で書いたように、あの地震の数年前から先生は、遠い国のはるか昔の地震を調べていた。その時の私の文章を再掲してみる。

[2006年の(その前年の宮城県沖地震についての)論文以来、地震というものの多様性に興味を持ち、過去の地震を調べ直していると言う。ごく最近では、1907年のスマトラの奇妙な地震を調べているそうで、それについての英文の論文を、添付で送っていただいた。]

[遠く、昔のスマトラ島沖の地震を調べながら、金森氏の関心は、宮城県沖(あるいは三陸沖南部)に起こるかもしれない津波地震に注がれていた。論文の最後の方に、確かにそのことが触れられている。]

 この、添付で送っていただいた「英文の論文」がGeophysical Journal International という専門誌に受理されたのは2010年6月、東北地方太平洋沖地震の前年である。あれ程の超巨大津波になるとまでは、さすがの先生とてもイメージされていたとは思えないが、あのような巨大津波地震を事前に「想定内」としていた唯一の(あるいは数少ない)例外であった。

 先生の頭の中には、「もしも又、三陸に津波地震が来襲したら」という懸念が長いことあったのだと推定される。そのことは既に書いたように(東北地方太平洋沖地震 その2)、先生から「三陸海岸大津波」(吉村昭著、文春文庫、 2004)を勧められたこと、津波の高さ38.2mという驚異的な記録を持つ綾里白浜を、3・11地震のわずか半年前に訪れている(東北地方太平洋沖地震 その10)
ことなどから明らかである。

 仙台の研究室を訪れた時も、私が入室する直前まで、先生は地震パターンの図を見ながら地震について考えていたらしい。地震の正体についてを考えれば考えるほど、調べれば調べるほど、かえって分からなくなっていく。与えられた定説の受け売りで済ませるのではなく、自分の頭で地震についてを考える科学者は、科学者多しと言えども、案外少ないように見受けられる。前々回にも書いたように、金森先生はその数少ない例外である。

 私のように全く別の角度から地震を見ようとする者を排除しないのも、考える際の刺激になるから、かも知れない。地震についてを真剣に考える者ならば、学者であるか素人であるかを問わず、定説の信奉者であるか反対者であるかすら問わない。金森先生の心の広さだと考えている。

2014年8月 6日 (水)

金森博雄先生と仙台で議論 その3

  岩石の隙間に入り込む水

 金森博雄先生と議論している時ほどに幸せな時間は、他にそうそうあるものではない。鉄道や城のオタクだったとすれば、会に参加したり、同好の友人を数多く作ったりもできる。しかし、正統的な地球物理学に論理的な反論を加える私に、同好の友人などはいない。

 一般人相手に学者でもない私が地震の話をすれば、煙たがられるだけである。しかし金森先生が相手だと、地震の話を注釈なしに存分に出来る。しかも、以前からの議論のお陰で、以心伝心の部分もある。まるで、碁を打っているかのような楽しさである。

 誘発地震の問題に続いて、地中の水の問題が話し合われた。一般に、地中の断層が水により滑り易くなり、その断層が動いた時に地震が発生すると考えられている。先生も当然その説に賛成なわけで、オイルシェールガス採掘現場における誘発地震は、その地帯の断層を水が滑り易くしているから起こるのだ、と考えているようである。

 それに反して私は、地下のマグマの急激な動きが地震の原因であると考えている。したがって誘発地震には、注入された水であれ気体であれあるいは電気であれ、マグマの動きを刺激するものが必要なのである。この問題は、いつか誘発地震の問題に戻った時に続ける。

 では、水はどのぐらいの深さにまで浸透し得るものだろうか? もしも地中の岩石と岩石との間に隙間があるならば、水はその最深部まで浸透する。しかし地底の岩石は、非常な高圧下にあると考えられる。

 深海がいかに高圧であるか、デモンストレーションなどによって示されることがある。海溝の底10キロと同じ深さの地底の岩石は、その2.5~3.0倍(岩石の平均的な比重)の高圧状態にあるわけである。そのような高圧下において、果たして、水の浸透を可能にする岩石の隙間が存在し得るものであろうか?

 そのような高圧下にあると、岩石は高温になり易いと推定される。高圧高温下にある岩石が流動するかも知れない、というのはプレート・テクトニクス説の基本的な考え方だが、それに対しては私も賛成する。しかし、下降するプレートに海水が取り込まれ、火山の噴火を促す、という同説の別の考え方には賛成出来ない。高圧高温で流動的な岩石に、水の入る隙間が出来るとは考え難い。

 高圧下だと岩石はどのぐらい高温になるか? 周りにマグマがなくても、自重による高圧高温だけでも、岩石は流動し得るものだろうか? 水を水深10キロの高気圧下に置いた場合、その水の体積はどうなるだろうか? 岩石中に含まれる水は、高圧下においてどのようになるであろうか? 体積が小さくなるだけだろうか? それとも、岩石から逃げ出すだろうか?

 地球の規模と時間とを再現することは出来ない、というので、地球物理学ではあまり実験が行なわれていない。しかしそれは、科学として非常に残念なことである。私の上述の疑問に答えられるような高圧実験を、色々に工夫して行なってくれる研究者はいないだろうか、と願う。もしかすると、地震の真の原因も、そのような実験を通して明らかになるかも知れない。

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