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2013年5月

2013年5月26日 (日)

1960チリ地震断層の謎 その4

  巨大地震後も歪みは解消されない

 金森博雄教授からのメールに刺激されて、ダーウィン・ギャップについて調べているうちに、以下のような記事を見つけてびっくりした。タイトルは「チリで再び大地震の恐れ=科学者チームが発表」、時事通信による記事(2011/1/31)である。http://www.jiji.com/jc/rt?k=2011013100206r

[米、英、イタリアなどの科学者チームは30日発行の英科学誌ネイチャー・ジオサイエンス最新号で、昨年2月に大地震と津波に見舞われたチリの太平洋岸で新たな地震が発生するリスクが高まっている可能性があると警告した。

[これら科学者は、昨年の大地震は英国の自然学者チャールズ・ダーウィンが体験した1835年のチリ大地震以降たまっていた応力を一部解放しただけだったと分析、「応力はたまり続けており、近い将来チリの太平洋岸で再び大地震が発生する確率が高まっている可能性がある」と結論付けた。大地震とはマグニチュード7~8の規模で、8以上だと巨大地震となる。

[科学者チームを率いたイタリア国立地質・火山研究所のステファーノ・ロリート氏はロイター通信に対し、「新たな地震がいつ発生するのか正確に予測するのは不可能」と述べた。科学者たちは、津波や通信衛星などの情報を分析し、サンティアゴ南部のコンセプシオン周辺の沿岸にある「ダーウィン・ギャップ」と呼ばれる区域のリスクを判断した。]

 前回見たように、沿岸部と内陸部とで空白域を分けることにも疑問があるのに、M8.8の巨大地震の後ですら地震の歪みは解消されず、むしろ大地震の発生確率は高まっている、とする考え方は納得できない。それでは何とでも言えてしまうだけだ。

 地震というのは確かにある程度の周期性を持っている。一連の地震多発地帯において、長いこと起きない地震空白域があると、そこが次の巨大地震発生候補地になる、というのも経験的な事実である。2010チリ地震を初めとし、そのようにして予測に成功したいくつかの例もある。根室半島沖地震については既に引用した(東北地方太平洋沖地震 その4)。

 そこでも引用した上田誠也氏の指摘は興味深い。その辺りが埋まって空白域がなくなると、次はどこかが言えなくなる。ところが実際は、同じ根室半島沖にM7.8、その翌年その隣接域にM8.2の地震が起こり、関係者を悩ませたとある。

 チリでも2010年の地震により、空白域がなくなった。英科学誌に発表された論文は、知ってか知らずか、根室半島沖の二の舞を避ける効果がある。溜まった応力はまだ解放され切っていない、と言えば、次にどのような地震が来ても予測はずれにはならない。しかし、M8.8もの超巨大地震をもってしても、解放され切らない応力って一体何なのだろうか? いったいマグニチュードいくつの地震が起これば、歪みは解消されるのだろうか?

 結果として、「予測はずれ」こそないものの、地震予知には全く役立たない無駄な研究になっている。そんな「どっちもあり」の予測ならば素人でもできる。科学者が科学者としてやるべきは、溜まっている歪みの証明であり、その方法の工夫である。

2013年5月18日 (土)

1960チリ地震断層の謎 その3

  東大地震研の中部チリ地震図

 以前、島村英紀氏の「公認『地震予知』を疑う」について触れた際、「スマトラ島やチリにおいて、巨大地震が起きた地域で、その後になって何回も大きな地震が起きているのは確かである。それを知れたのは、今回の3-11大地震の後、東大地震研のウェブサイトによってである。それについては、先にいってもっと詳しく書くつもりである」(地殻底のマグマ層 その11)と書いた。私にはそれは、地震空白域説の反証となる事例のように思えたのである。

 東北地方太平洋沖地震の後いろいろ調べているうちに、東京大学地震研究所・広報アウトリーチ室のサイトに、「過去に起きた大きな地震の余震と誘発地震」という項目があり、そこにスマトラ島やチリの、歴史的地震の余震域図が出ていた。それを見たときに、これだ、と思った。後でチリ地震2010で調べ直したら、更に良い図が出ていた。http://outreach.eri.u-tokyo.ac.jp/2010/02/201002_chile/

 図を見れば簡単に分かるように、2010年にM8.8もの巨大地震が起こる直前の段階で、空白域は全てふさがっていた。サイトには次のようにある。

[今回の地震の震源は,1960年チリ地震(20世紀以降最大のマグニチュード9.5)の震源域の北側に位置しており,1928年と1939年の地震(ともにマグニチュード8.3)の震源域を超える範囲で断層運動があったと考えられる.]

 M8.3と言えばこれらも充分巨大地震である。まさに、デイヴィド・ジャクソン氏(カリフォルニア大ロサンゼルス校)が提起した(米科学誌「ディスカバー」1992年10月号)通り、地震空白域説は正しくない、と考えた。

 ところが金森博雄氏からのメールで、そこは「チャールズ・ダーウィン空白域」で、2010チリ地震は予測通りの場所に予測通りに起きたのだと指摘された。かって東大地震研のサイトを見たことは忘れていたので、チリが地震空白域説の反証であるというのは私の思い違いだ、と思うようになった。

 ところが他の事を調べているうちに、自分自身のブログを読み直し、東大地震研のチリ余震図のことを思い出した。何だ、やっぱり私の間違いというわけではない。2010年の巨大地震は、1939年の余震域の中にある。

 その後になり、再びリュエッグ氏の論文を読み直してみる。どうやら、ダーウィン・ギャップというのは、沿岸部だけを取り上げた場合のことのようである。1939年の余震域は、確かに内陸部にある。すると、今度は東大地震研の図の方が間違い、ということになる。内陸部と沿岸部を 区別してないのが間違いのもとなのだ。

 しかし待てよ。地震研の図のチリ余震域図は、腸詰ソーセージのようにきれいに繋がっている。一箇所だけ、ダーウィン・ギャップの所だけ、内陸部と沿岸部とを2つに分ける理由は何なのだろうか?

 私の心は今も揺れ動いている。

2013年5月13日 (月)

1960チリ地震断層の謎 その2

  ダーウィン・ギャップ(空白域)

 金森博雄教授からの2回目の返信は、1時間もしないうちに戻ってきたので更に驚いた。ありがたいことである。1960年のチリ大地震の断層に関しては、「断層は下降するプレート境界上にあり、陸上においては表面に表れていない、と考えられています。東北の地震同様、深海底を調査すれば、破壊の箇所を見つけられるかもしれません。地震学におけるほとんど全ては、推定によるものです」と回答されていた。

 また、2010年のチリ地震が地震空白域説の反証になっているのではないか?という私の質問に対しては、「そこは1835年にM8以上の地震が起こって以来地震のなかったいわゆる『チャールズ・ダーウィン・ギャップ(空白域)』に起こったわけで、むしろ典型的な空白域地震だと考えられています」とあった。そしてそのことを示す、2009年発表の学術論文が添付されていた。

 チャールズ・ダーウィンは、ビーグル号による航海中にたまたま大地震に遭遇した。彼は地震前に火山噴火を目撃し、地震後には、島が3メートル隆起したという調査を行っている。何とも稀有な経験をしたものである。後に偉くなるような人物は、若い時からして、並外れた事件に出くわすようにできているのかも知れない。その地震は推定M8.5、1960年の巨大地震のすぐ北の地域で起こった。そのとき以来百数十年大きな地震が起こっていなかったため、研究者の間では「ダーウィン・ギャップ」という呼び名で知られていたそうである。

 そこで、その論文の研究者らは、1996年以来GPSの観測点をその辺り一帯に置いて、地殻の変動量を観測してきた。その地殻変動量とプレートの沈み込み速度などからすると、ダーウィン空白域にはかなりの歪みがたまっていて、Mw8.0~8.5 の巨大地震を発生させる可能性もある、という予測で論文をまとめている。

 その論文はInterseismic strain accumulation measured by GPS in the seismic gap between Constitucion and Concepcion in Chile (チリにおける2つの都市、コンスティテューション、コンセプション間の地震空白域において、GPSで計測された空白期間中の歪みの蓄積) http://www.unavco.org/community_science/science_highlights/2010/pdfs/ruegg2009.pdf
というタイトルで、J.C.Ruegg(リュエッグ)らによって書かれたものである。Photo_2


 この論文が受理されたのは2007年3月、学術誌への掲載は2009年、2010年2月のチリ大地震の直前である。Mw8.8、そして震源も予測通りであった。これはプレート・テクトニクス説にもとずいたすべり量、そしてGPSによる地殻変動計測値、それらを入れた上での予測の的中。まさに現代地震学による輝かしい成果である。

 この論文に掲載されている図をそのままにコピイペイストしたいのだが、それらのどの図も一般向けではない。できるだけ元の図の趣旨を損なわずに合成してみる。


2013年5月 4日 (土)

1960チリ地震断層の謎 その1

  金森博雄教授にチリ地震を尋ねる

 今年の正月に、年賀も兼ねて金森博雄教授にメールを送った。その冒頭に次のような箇所もある。

[以前、在野の地震研究者が扱われているドキュメンタリー番組を見ていたら、函館での地震学会の場面が映されていました。その冒頭で、先生が講演しているお姿が出てきたので驚きました。全く神出鬼没だと思いました。お元気で、今も同じペースで飛び回っていられることと推察いたします。]

 上田誠也先生といい、金森先生といい、長距離飛行による長旅など全く苦にならず、現役時代さながらに研究活動を続けていられるので驚く。それとも、学問の世界に身を置いている者はみな同じように精力的なのであり、それに驚いている怠惰な私の方がおかしいのだろうか?

 返信をいただいて更に驚いた。「今までの数ヶ月はかなり多忙だったし、これからも2~3ヶ月は多忙のままでしょう。チリ、仙台、台湾と回り、4月中旬にパサデナに戻る予定です」とあった。

 その中に「チリ」とあり、ちょうど書く予定にしていた(地震は雷のようなもの その4)ので尋ねてみることにした。

[さっそくのご返信ありがとうございます。推察以上にお忙しいご様子。以前に増してのお元気さを、読む方としても嬉しく思います。チリ、仙台、台湾というのは、巨大地震の現地を訪ねるということなのでしょう。

チリというのでお尋ねしたいことがあります。1960年のチリ大地震の時には、当然、世界最大級の断層が地表にも現れたはず、と思い、ウェブ やグーグル・アースで調べてみたのですが、見当たりません。サンアンドレアスのようなものはないのでしょうか? あるいは森林地帯であり、地表の断層が見えないだけでしょうか? 断層の長さは本により750キロとも、800とも1000ともあり、不思議なことに「推定」と書かれていることが多いようです。これは、余震域から判断して、地下にそれだけのものがあったはずだ、という意味でしょうか?

また、2010年のチリ地震は、度重なるスマトラ沖地震と同様、地震空白域説の反証と捉えています。学界においてはどう考えられているのでしょうか?

今年のご旅行の成果として先生の論文が発表されましたら、ネット上で閲覧させていただきたいと願います。楽しみにしております。]

 普通、科学者やマスコミに質問の手紙やメールを送っても、返事が返ってくることはない。ナシのつぶてである。こうして、世界的な大科学者たちから時には返事ももらえる、というのは何とも贅沢なことである。

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