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2013年3月14日 (木)

地震は雷のようなもの その5

  余震の多さは説明がつかない

 前にも書いたように(地殻底のマグマ層 その18)、地震の真の原因は地殻底のマグマの移動にあると、私は考えている。マグマの移動がさえぎられると、そこで圧が高まり、ついには地下の岩体の亀裂、もしくは破壊が生じ、地震が発生する。大雨の時に山の崩落が起きると、木々などが流れをふさぎ、一時的なダムができる。地震はそのダムの決壊のようなものとイメージされる。

 ところが余震はなぜ起こるのだろう? と考えていくと、地下の岩体の亀裂や破壊では説明がつかない。一度亀裂や破壊の起こった同じ場所が更に亀裂し、振動し続けるのはおかしい。仮に、ダムの決壊時に流れ残った障害物の、更なる決壊というイメージで捉えるにしても、余震群をうまく説明できるとは思えない。

 余震についてや、キルギスでの電流流し込み実験などについて考えているうちに、次第に、地震は雷のようなもの、と思えるようになってきた。雷ならば、積乱雲の一帯でそこここに発生する。地震も同様に、圧の高まったマグマの一帯でまるで雷のようにあちこちで、大きな振動を起こすと考えられる。

 「東北地方太平洋沖地震 その3」において私は、ピンボール・ゲームのような、地震連鎖の不思議な起き方に注目した。その時書いたことのポイントをもう一度ここにくり返して書く。

 3月9日の前震から11日の本震までの間、わずか50キロ程度の移動に対して2日かかっているのに対し、本震から次のM7.4 の余震までの間はわずか22分、200キロも北に移動している。その次のM7.7までの間は更に短く、7分で450キロ、今度は南に移動している。そして更にその10分後、M7.5の余震が海溝を越えた本震の真東で起こっている。これも、400キロ近く移動したことになる。

 これらの連鎖を、プレート説で説明することはほとんど不可能である。しかもこれらの大きな余震群を深さから考察してみても、本震の24キロに対し、32、43、34キロと、ほぼ同一平面上で起こっていて、沈み込むプレートの傾斜を思わせるものは何もない。特に最後の34キロのものは、日本海溝よりも東の、太平洋プレートの中にある点で注目に値する。

 500キロほどの距離を10分20分程度の短時間で移動することは不可能である。こうした余震群のありようは、移動は言うに及ばず単なる亀裂や破壊、断層によってでも説明がつくとは思えない。あの時の余震は、むしろ同時多発的に起きたと見るべきである。

 このことは、M7 以上の大きな余震だけではなく、M3 以上の余震で見た場合もっと顕著になる。余震群というのはもともと、大地震に伴うのは当たり前、ということで誰もそれ以上に追究しようとはしなかった。しかし先ほども書いたように、一度破壊の起きたところに再び無数の破壊が起こり得ると考えること自体、極めて理解しにくい。ひびの入ったクシの歯が振動するはずはないからである。

 気象庁のホームページの「震央分布図」2011年3月9日から15日までを、あの当時(4月5日)プリントアウトして、米国地質調査所の同様な資料と比較しようとした。M3 以上の地震や余震は50頁近くにもなり、その多さに驚いた。⑨97 ⑩71 ⑪291 ⑫457 ⑬348 ⑭355 ⑮277 合計1896 の地震が7日間に起こったことになる。これだけの数(そしてもちろん余震は7日で終わったわけではない)の地震が全て岩石の破壊で起こったとすると、地下の岩石は、踏みつけたガラス板のようにひびだらけ、こなごなになっていなければならない。
 
 最近になって、興味深いサイトを見つけた。http://monoroch.net/jishin2011/#1

 2010年1月から2年近くの日本周辺の地震を、効果音入りの動画にしたものである。地震の規模や数により、花火のように点滅するのだが、東北地方太平洋沖地震以降しばらくの間の三陸沖は、それ以前と全く違って激しく点滅する。この動画を見てから、地震は雷のようなもの、というイメージが一層強まった。

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