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2012年10月

2012年10月29日 (月)

清張氏の、守られた約束 その51

   伊豆半島はなぜ北上できたか? 

 さて、その4つのプレートが相互にどのように動き合っているのかを、地下に至るまで立体的に考えていくと、プレート・テクトニクスなるものが如何に非現実的な仮定に基づいているのか、がよく分かる。例えば、牛の舌のように長く入り込んでいる北米プレート。これははるか彼方、大西洋中央海嶺によって押されているはずである。ところが北米プレートは、別の方向へ、ハワイ列島の方へ動いているはずなのである。厚紙を各プレートの形に切り、地球儀の上で説明してみてもらいたいものである。 

 もっと分からないのは、フィリピン海プレートである。伊豆半島は南の方からやってきて、現在も衝突中である、という。南のどこから? このプレートには、湧き出し口がないのだ。中央海嶺がなく、周囲は全て海溝である。仮に、太平洋プレートがマリアナ海溝あたりで沈み込み、その背後のあたりでまた湧き出したとする。でも、その対流が次に沈み込むのは、琉球海溝やフィリピン海溝の方角であり、日本列島であるはずはない。何故ここのプレートにおいてだけ、太平洋プレートの沈み込み帯に沿って北上できるのか? 伊豆小笠原列島が進む方向は、フィリピンや台湾、沖縄方面であって、日本ではないはずである。 

 いくら修正修正を施しても、大前提が根本的に間違えているかぎり、次から次へと論理的矛盾が増えるばかり、減ることはない。私はこれを、「断り書きの論理」と呼ぶ。その命名の由来は、「浮世床」という古典落語にある。以下に、「新版円生古典落語1」(集英社文庫)から引用する。 

 江戸の町の床屋に集まる男たちを描写した咄(はなし)である。床屋の一隅では、姉川の合戦における、本多平八郎と真柄十郎左衛門の一騎打ちについての講談本を、無筆の(読み書きのできない)客が辛うじて読んでいる。そしてそれを別の客がからかう。

[「……一尺八寸(約55センチ)の…大太刀ッてえが…おかしいなァ……だってお前さん、大太刀ッてんだから長えんだろう…? 一尺八寸…なんてなァ、あんまり長かァねえやな、(手真似をして見せ)これっぱかりしかねえじゃねえか」 

「だってお前、書いてある……」 

「書いてあるったって短ッけえじゃねえか」 

「何だお前は…うるさいな……ことわり書きがしてある……」 

「何だい、断り書きってえなァ」 

「理由がちゃんと書いてある…な? うーん、一尺…八寸は、これは横幅なり……と」 

「おう? 横幅かい、そりゃァ。おっそろしい…大きいねどうも。おほほほ……ずいぶん幅があるね」 

「あァ。もっとも…これは大幅なり、と……」 

「何だいおい、反物を買っているようだな……大幅かい? 一尺八寸の幅があった日にゃァ振りまわすと向うが見えなくなっちまわないかな」 

「向うが見えねえ? うん……断り書きがしてある」 

「なんだい、よくあね、断り書きが……」 

「あァ。もっとも振りまわした時にーは向うが見えなくなるといけないから……(節をつけて)ところどころに窓をあけ……」 

「なんだ、窓があいてんのかい」 

「あァ。……この窓から覗いては敵を斬りィ、窓から首を出して『本多さん、ちょいと寄ってらっしゃいよ』……」 

「何を言ってやンだ、およし、およしよ、馬鹿馬鹿しい……そんなもの、聞いてられるかい……」]

 

2012年10月23日 (火)

清張氏の、守られた約束 その50

  沈み込むプレートが地震を起こす? 

 このようにして、個人的にもかなりの関わりを持った上田氏だが、氏の主張に対しては、おいそれと受け入れるわけにはいかない。 

 プレート・テクトニクス説においては、大西洋の中央海嶺で湧き出した対流が、その両側の大陸を押して移動させるばかりで沈み込まない。ところが太平洋にあっては、よく絵に描かれる通りの形で海溝から沈みこむ。この差は何によるのか? 上田氏はここで、海溝から沈みこむプレートが後続の部分を引っ張るのだ、と考えた。その説だと、海溝のある海洋底におけるプレートの移動速度の速さをうまく説明する、とも言う。イメージとしては、テーブルクロスが、端の方からずり落ちる形である。 

 これに対して私は、地殻を構成している岩石を、一繋がりのテーブルクロスやプレートと捉えること自体に無理がある、と考えている。岩石は、海底に破砕帯という巨大な亀裂があることでも分かる通り、あるいは、地震で簡単に断層ができることでも分かる通り、引っ張りの力に対して脆いはずである。重力によって沈み込むプレートの先端が、後続の部分を全体的に引っ張る、などということが起こるはずはない。 

 同様な議論は、“コンニャクモデルとも呼ばれる、海溝型地震についても言える。日本海溝で沈み込むプレートは、日本列島の東端を地中へと引き摺り込む。ある程度以上の応力が溜まると、限界に達し、陸側がピンッと反発して隆起する。その時に巨大地震が起こる、というわけだ。 

 地殻は、櫛の歯のような弾性体ではない。確かに地殻は反発する。氷河期が終わって氷の重荷から開放された地殻は隆起する。しかしそれは、スカンジナビア半島などに見られるように、年に1センチという程度であり、地震を引き起こすような急激なものではない。 

 そしてさきほども述べたように、地殻には亀裂が入る。日本列島のほうに断層がいくらもあるのに、どうして反発して隆起できるのか? ひびの入った櫛の歯をはじいて、それが反発すると期待するに等しい。 

 ついでのことに、日本では4つのプレートがひしめき合っているから地震が多い、というよく聞く話を考えてみよう。これは話の順序が逆なのだ。本当は、地震が多いからプレートの境界がそこに決められたのだ。これは、何も私が言い出したことではない。金森博雄氏が、プレート内地震の議論の時に、私にそう言ったことがある。

 

2012年10月17日 (水)

清張氏の、守られた約束 その49

  定年後は地震予知に挑戦したい 

「東大を定年退官して、何か新しい業績を残した人というのは皆無です。私はそういう、地位に安住してしまう生き方に満足できません。今でも、地震予知という未知の分野で挑戦し続けています」

 1984年に、VAN法というギリシャの地震予知法に出会い、退官後もその研究を続けていた。この方法について、原理は納得がいく。地震は地下の岩石の破壊で起こるが、破壊以前からそのあたりの岩石は、圧力がかかった状態にある、と考えられる。岩石に圧をかけると、電流や光が発生するというのは、水晶時計やライターなどにも使われる一般的な現象である。したがって、この圧電効果を利用し、地下から伝わってくる電流の異常を観測すれば、地震予知も可能なはずと言える。 

 しかし実際の観測においては、どれが地下の岩石から来る電流であり、どれがそれ以外の原因で生じた電流であるのかを、区別することが難しい。ギリシャと違って、日本のように高度に発達した工業国では、人工的なノイズも多いようである。 

 上田氏は既に述べたように、大陸移動説の復活をいち早く日本や世界に伝えた、その分野における第一人者である。そのままでいれば、その世界における大御所のままであっただろう。ところが地震予知という、なかなか結果の出ない茨の道をあえて選んだ。“男のロマンというべきだろう、素晴しい生き方である。 

 1994年1月から3月にかけて、NHK教育テレビの人間大学で、「地球・海と大陸のダイナミズム」という連続講座が、日本で放映された。それを知った私は、上田氏に尋ねた。

「そのテープ、何とかならないものでしょうか?」

「もしもあなたがコピイできるようならば、家内が録画したのを送るようにします。コピイし終わったら、送り返してください」

 ありがたいことである。貴重なテープを太平洋を越えて拝借することができ、後に、それに基づいたテキスト、そしてそれをさらに単行本化したもの、とを頂いた。

 寿司を一緒に食べた同じ日に、留守宅から電話が入り、ギリシャでの地震予知成功が朝日新聞の一面で大きく扱われた、との知らせを受けたそうである。

「その新聞、手に入らないでしょうか?」

 と電話で頼まれた。翌日探して、サンフランシスコのホテルに届けた。

「情報の離れ小島に、これ以上長居はできません」

 というわけで、テキサスA&M大学を早々に辞め、日本に帰ることにすると言う。

 大学をいよいよ去る時に、もう要らなくなったからと、号外「地球―上田誠也教授退官記念論文集」という8000円もする専門誌と、月刊「地球―地質学と地震―松田時彦教授退官記念号」とを送ってくれた。

 

2012年10月11日 (木)

清張氏の、守られた約束 その48

   君の質問に答えられる人はいない

  東大地震研究所の上田氏の研究室で、私はこのような具体的な反論をいちいちしたわけではない。しかし議論の流れの中で、論点が理解された、と私は感じることができた。その感じを強めたものは、行為であった。 

 私が貴重なお時間を割いていただいて、と謝意を述べた時、上田氏は備え付けの大きな鉄製の引き出しを開け、「あなたは調べることが好きみたいだから……」と言いながら、論文のコピイを選び出してくれた。和英取り揃え、20近くはあったと思う。中には、「新しい地球観」を書く時に参考にしたと思われる、ベローソフとツゾー・ウィルソンとの論戦もあった。また、日本の地質学者達からの攻撃と、それに応えての、上田氏の反論もあった。どちらかというと、当時の地質学者らの攻撃は、感情的なものが多かったり、あまりの細部にこだわっていたり、有効なものとは思えなかった。 

 前記の、毎日新聞の記事を送ってくれたという行為は、私のプレート・テクトニクス説への反論がそうした地質学者らのとは違う、と認めてくれたことを意味している、と私は受け取り、感激した。 

 その数年後に訪日した時は、直接お会いできなかったが、電話で長く話せた。

「先生、雑誌とか何か公けの場で、プレート・テクトニクス説についての数々の疑問を質問してみたいのですが、何とかならないものでしょうか?」

「あなたの質問に、答えられる人はいないでしょうね」

「いくら上ばかり華麗精緻に作り上げても、土台がしっかりしてなかったらそれこそ砂上の楼閣で、脆いのではないですか? 何故プレートが動けるのか? マントル対流論で本当にいいのか? 根本から問い直す必要があるのではないですか?」

「今頃の若い研究者はねえ、成果がなかなか出せない、そういう原動力の分野をやりたがらないのですよ」

 上田誠也氏は、1990年3月に東京大学を定年退官し、4月には東海大学の教授となった。更に同じ年の9月には、テキサスA&M大学の教授ともなり、両方を、半年ごとに掛け持った。

  私にとって幸運なことに、毎年一回、米国地球物理学会の例会がサンフランシスコで開かれる。一時期私も学会員となり、学会に参加したこともある。入場料を払えば誰でも入れるし、昼食会に参加して、他の学会員と食事する機会もある。一度試してみて懲りた。学説に反対している私などが、高い金出して昼食会に出席しても、話題が共通するわけもなし、流暢に話せるわけもなし、ただ黙々と、出てきた料理を口に運ぶだけでしかなかった。 

 学会そのものの方は、そう悪くはない。大学の文化祭のように、廊下には様々なパネルがあり、研究論文などが絵入りで説明されていた。各分科会ごとに違う部屋で、研究発表が行われる。私は、あちこちの部屋を覗いてみたりした。大きな講堂で、金森博雄氏の講演を聞いたこともある。 

 会期は1週間ほど続いた、と思う。その間の新聞には、地球や太陽系についての記事が多い。どこかの講演を聞いた記者が、新発表の話を書いたりするからだ。プログラムと照らし、あそこの分科会の話はそういうことだったのか、と記事を読んで初めて納得したりした。1~2年は全てが新鮮で面白くも思えたが、やがて飽きた。素人の私が聞いて面白い、と思えるような講演などめったにありはしない。 

 ある年からは、全期間分の入場料を通して買わなくてはならなくなり、かなりの額になった。それを払うぐらいならば……、金森氏を誘って食事した方がずっと有意義だ。実際、今はないフィッシャマンズ・ワーフの日本料理屋の座敷に座って寛いでの会席料理は、入場料の何倍もの価値を持った。そういう時は、地球についての議論などはしない。氏の父上は憲法学者の金森徳次郎氏で、戦後の吉田内閣時には国務大臣だったとか、兄は非常な秀才で経済学者になった、などという話を聞いた。 

 別の年に、上田氏を昼食に誘った。会場近くのホテルの日本料理店に入るなり、氏は、

「他のものは要らないですが、刺身だけはどうしても……。今いるテキサスの大学のまわりには、そういう店は一軒もなくてね」

 と言った。確かに地図で見ると、陸の孤島のような所に大学の町があった。学会の入場料は刺身やお任せの寿司に変わり、同様にして、何倍もの価値を持った。しかもこの時は、

「私が東大地震研にいた頃は、月に1~2通、『こういうアイデアを思いつきました』という、手紙やら論文を受け取ったものです。そういうのに目を通すと、たいてい、物理の基本を外していたり、読むに耐えないものばかりでした。あなたの場合もそういうのと一緒くたに見られがちなわけで、悔しいでしょうね」

 という言葉を聞くことができた。 

 立場は違えども心情は理解されていると、それまでにも感じてはいた。しかしこれほどに心温まる言葉を聞けるとは……。泪が出そうになるほど嬉しかった。

 

2012年10月 5日 (金)

清張氏の、守られた約束 その47

  軽い水は深部に潜れないはず 

 もう一つの例を挙げよう。

[なぜ太平洋を延々と渡ってきたプレートが、アジア大陸の寸前で下り出すのだろうか。冷たくなって重いから下り出すのならば、なんで弧状列島の陸側では熱流量が高く、火山が発生するのだろうか。冷たいものが熱くなるのはなぜか。これもベローソフがくり返し追求するところである。]

 これは、プレート・テクトニクスに対する最大の難問の一つである。マントル対流論のアーサー・ホームズなどは、エマネーションという小さな対流を、そのあたりに想定している。しかし、対流の沈み込む地帯に小さな対流が発生するなどは、ご都合主義の説明、と言わざるを得ない。鍋の中の湯の対流において、沈み込む対流の背後に上昇する小さな対流を、具体的に示し得るものであろうか? 

 また、対流の沈み込みによって引き摺り込まれる岩石には、水分が含まれている、と説明する学者も多い。岩石に含まれた水分は火山帯の直下に達したとき、放出されて上昇する。その上昇がある地点に達すると、減圧により熱を発生し、マグマだまりを形成する、と言うのである。 

 しかし、岩石よりも軽い水が、地殻の深部に潜り込み得るものだろうか? もちろん地下水は、岩石の隙間を通って、かなりの深さに潜る。日本列島ではたいていどこでも、1~2キロも掘れば温泉が出てくる。ということは、そこが地下水の終点だとは考えにくいから、地下水はもっと深くまで潜るに違いない。とはいえ、プレートが沈み込み水を放出する深さは、そんな程度ではないはずだ。 

 深海底の水圧の高さは、映像などでもよく示される。海溝底が水面下10キロだとして、プレートが沈み込み、火山直下に達するあたりは、その更に10~20キロ下だろう。とすれば、そのあたりの高圧状態は、一体どのぐらいのものになるだろうか? そんなところに、岩石の隙間が存在していて水が入り得る、と考えること自体、ナンセンスなのではないだろうか? 

 水が海洋底の岩石と化学反応を起こし、別の種類の岩石になる、という考え方もある。プレートとして沈み込むのは、水分を含んだそうした岩石だ、というわけである。 

 すると今度は、比重が問題になってくる。対流説においては、プレートが冷えて重くなって沈みこむはずであった。ならば、水分を取り込んだ岩石は比重が小さくなってしまい、沈み込むことが不可能になる。空気を溜め込んだ岩石が軽石となって浮いてしまうのと、同じ状態になることであろう。

 

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