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2012年8月

2012年8月31日 (金)

原発問題を考える その42

  大屋裕二教授への2回目のメール 

 大屋裕二教授からのメールに対し、私は次のような返事を出した。既に書いた内容に重複する箇所もあるが、全体の流れを壊したくはないのでそのままに引用する。 

[大屋裕二先生 

お忙しい中、ご丁寧なご返信ありがとうございます。 

テレビやネットからでは、ウインドレンズ社の裏事情その他、深いところまでは知れないようです。カエデの種子、トンボの翅の形を模した風車が低風速でしか有効でないだろうとは、予想していた通りです。しかしマグナス風車はその原理からして有望そうに思えたのですが、これにも問題があるのでしょうか? マグナス風車とレンズ風車とを合体させると面白いものができるのでは、などと思ったりしました。やはり、素人考えに過ぎませんか? その理由をお教えください。また、よほどの強風時は止めざるを得ないにしても、コンピュータ制御で前傾できるようになっていれば、風速の強弱を平均化できるのでは、とも考えました。 

頼まれもせず、役にも立たないことを考えるのは、自称素人哲学者である私の、存在理由だと考えています。思い付いたことを自分のブログで書いたりすることに、どうかご寛容であるようにお願いいたします。 

開発のスピードが遅いことを批判しているわけではありません。原発の再稼動を防ぐことはできないのか? が現在における差し迫った課題です。それに対して、風力発電が原発に取って代わり得るものであるのかどうか、だけが私の知りたい点です。実用化が間に合わないか、生み出す電気量が足りない場合には、他の技術に目を向ける以外ありません。 

もしも科学に対する提言は、その道の専門家か、エンジニアだけに限るとしたら、何とも窮屈なことです。科学においては、誰が言ったかではなく、提言が正しいか否かだけが問題にされるべきです。これに対しては、カール・セーガンが同じ趣旨のことを言っています(地殻底のマグマ層 その21)。 

科学史においては、セレンディピティによる新発見も多くあります。専門外の科学者の意見や素人の発想が、真理により近いこともあり得るだろうと、私は信じています。ブログの他の個所も読んでいただければお分かりの通り、私は高名な地球物理学者らと議論してきました。彼らが私の提言を取り入れたことはありませんが、それでも同じ土俵で科学的な対話を楽しむことはできました。 

非常に貴重なご意見を頂いたと感謝しております。これをこのまま放っておくのは惜しいです。次のブログでは、新エネルギーの水素について、奇抜な提言をする予定でいます。 

その次の次あたりに、先生とのメールの交換を載せたいと考えています。
 
更なる科学的な対話が続きますよう、願っております。]

  風力発電の開発は、素粒子の研究などとは違い、社会の動きと密接な関係を持つ。いま脱原発を巡って、40数年ぶりとも言われる大規模デモが起き、日本の社会が動き始めている。この機を逃さず、せめて、いつ頃までに原発何基分かの風力発電施設を完成させられそうだ、という具体的な見通しを発信してもらえるならば、脱原発の動きへ、〝追い風〟を送ることができるはずである。

2012年8月25日 (土)

原発問題を考える その41

   「しろうと哲学者」のアイデア 

 「『風レンズ風車』の問題点」というタイトルのブログの、「しかもこの『風レンズ風車』は、覆いなどを付けている分、また高速で回転できるようにしている分、台風などの強風に弱い。強風時にはブレーキがかかるようになっているらしいが、それでは極端な言い方をすれば、台風時には停電してしまう。風量を制限するなりして、強風でもある程度の発電ができるような工夫が必要である」という段落には、次のようなコメントが付いた。 

[無茶なことを言わないでください。あなたはエンジニアですか? 台風時には止める、安全が優先するのです。] 

 そしてその次の「3.11の後もう1年以上が経ってしまった。風力発電がある、地熱発電がある、というだけでは、原発やむなしと考えている国民の心を変えることはできない。現物を目の前に見せなくてはならない。戦争中、多くの新しい技術が驚くべき速度で開発された。原発依存との戦時下にあって、通常とは違うスピードが、研究開発に求められている」という段落には、以下のコメントが。 

[私たちのURLに入られて、または北澤もとJST理事長の最近の本、他にもたくさんの関連本が出ていますが、それらを熟読されて、意見を発すべきだと思います。 

私たちは今日も、土日なしでここ数年、開発に携わっています。小型風車では、それも大きなメーカーの力は借りたくないのです。中小企業の知恵と経験を掘り出したいからです。] 

 このシリーズの「その37」において私は、厄介ものの放射性セシウムを逆に有効利用し、水素を生産するようにしたら良い、というアイデアを書いた。これはおそらく、他の誰もが考え付かないアイデアだと思う。私は昔から、誰も考えないことを考えるのが好きだった。小学生の頃から既に、朝起きても床から離れず天井を見ながら、宇宙の始まりはどうなっていたのだろう、などと思いをめぐらせた。本を読んで知識として知りたいのではなく、ともかく考えたかったのだ。 

 「風レンズ風車」は、強風時に止めるようになっていると知り、それならば風車そのものを前傾させたら良い、強風に強い「マグナス風車」と合体させたら良い、などと考えた。それも、そうした子供の頃からの「私の癖」である。 

 長じて偶然なことから哲学を専攻するようになり、西洋哲学史の最初に出てくる人たちが、私と同じ癖を持っていると知ってわくわくした。彼らは古代ギリシャのイオニア地方に住み、専門の学者ではなく、普通の職業を持つ人たちであった。ルネッサンス期以降彼らの考えは復権し、今でこそ哲学の祖とも科学の祖とも称されるが、彼らのすぐ後の時代には、学者や専門家たちに忌み嫌われ、彼らが書いた著作は全て残らず処分された。彼らの存在や考え方は、他の人の著作の中から、断片的、間接的に知られるに過ぎない。 

 彼らに因み、私は自分のことを「ネオ・イオニアン哲学者」、もしくは「しろうと哲学者」と呼びたい願望を持っている。そして、現代の科学者が科学本来の精神に立ち戻り、しろうとのアイデアでも、軽くは見ない日が来てくれるならば、と願っている。

 

2012年8月16日 (木)

原発問題を考える その40

   「マグナス風車も全然です」のコメント 

 「新型風車開発は地方の大学の方が盛ん」というタイトルのブログの中で、私は「ネットで『風レンズ風車』を調べると、家庭用に使える小型のものが売り出されている。既に一部分、実用化の段階に入っているわけだ」と書いたが、それに対しては、次のようなコメントが寄せられた。 

[・・・・ここは一般の人に誤解を与えています。今はこのウインドレンズ社を九大は支援していません。ネットでは真っ先に出てくるようですが。ここのレンズ風車は古いバージョンで、これからの認証制度(日本小型風力発電協会に入ってください)にはパスできるしろものではなかったのです。それで作り直しています。つまり、現在、ウインドレンズ社という会社が扱っているのは、旧のレンズ風車で、まだまだ不十分です。 

そこで、現在はリアムウインド社という新しい会社で、環境省PJで開発中の新しいレンズ風車を世に出そうとしています。これはより安全で、より高性能(発電出力、メインテナンスなど)ホームページは http://www.gtl.jp/clients/riamwind/index.html もうすぐアップします。] 

 なるほど、ネットで調べただけでは分からない裏の事情があるみたいである。 

 私がネットやテレビ番組から知った3つの微風増幅型の新型風車に対しては、それぞれに「低風速ではそうかもしれない」という同じコメントが付けられた。カエデの種子とかトンボの翅の形をした風車は、微風に強い分、強風に弱いだろう、とは私も引用した段階で思った。ただ、微風型、強風型を併用することで、ムラのある〝風まかせの〟風車の欠陥を補う一助にはなるはずである。 

 それに続いて、次のコメントも付いていた。 

[ようするにいろいろ提案されていますが、日本海事協会の認証テストに通る市販品は非常に少ないものになるでしょう。何故なら、風車は回転機械で、発電性能と同時に安全性が重視されますので。] 

 ここにある指摘通り、微風増幅型の風車が、強風下で安全ではない可能性もある。それぞれの新型風車の開発者たちは、その点を充分考慮しながら研究しているものと思われる。ただここでも、テレビなどで紹介される発明が多くの場合紹介されっぱなしで、その欠陥が云々されることも、後追いの報告が出ることもめったにはないので、同じ分野の研究者によるこのような指摘は興味深い。 

 理解できなかったのは、私が「マグナス風車」を紹介した段落に付けられたコメントである。「これも全然です」とあるのだが、その「これも」の「も」は、どの文章を受けているのかがあいまいである。たぶん、「ウインドレンズ社という会社が扱っているのは、旧のレンズ風車で、まだまだ不十分です」を受けていて、「マグナス風車もまだ全然駄目だ」という意味なのだろう、と私は解釈した。 

 しかしそれならば、「マグナス風車」はどのような点で「全然です」なのか、簡単にでいいから説明してもらいたかった。羽根がパイプ状で強風に強い、パイプ状の羽根を自転させなければ風車全体が回転しない、という構造からすれば、台風に対しては最も強く、安全性の問題はない、と考えられるからである。

 

2012年8月10日 (金)

原発問題を考える その39

   「風レンズ風車」大屋裕二教授からメール 

 「風レンズ風車」を調べている時に、九州大学の開発者、大屋裕二教授のメールアドレスが知れたので、関連部分を掲載した後にメールしてみた。金森、上田、島村教授他、一応の面識を持つ方々が相手ならば、下書きの段階のものをお送りしている。ブログに掲載した後でより、その前の段階で間違いが訂正された方が良いからである。 

 しかし大屋教授の場合には、事前に下書きを送りはしなかった。高名な先生方に連絡を取っても無視されることが多いので、どうせ、という思いの方が先に立つ。そこで、返信をいただけたというだけでも大いに喜んだ。ただその内容はちょっと意外であった。気分を害されたような文面であるが、ブログで扱った文もまたメールも、大屋教授に悪意を持ってのものではなかったからだ。以下にそのメールの交換を、肝心な部分だけ、そっくりそのまま掲載することにする。 

[大屋裕二先生 

以前放送されたサイエンスZEROを見て、先生が開発された「風レンズ風車」のことを知りました。原発をなくすには、代替エネルギーの開発のスピードが問題になっている、と私は考えています。その考えに基づいて「原発問題を考える」という私のブログでは、自然エネルギーのことを扱いました。 

「風レンズ風車」については、放送を見た段階では非常にすぐれたアイデアで感心したのですが、今は実験段階で、大規模な実用化はまだまだ先の話みたいだと知り落胆しました。そうして書いた私の考えが間違えであるのか否か、お教えいただけましたら幸いです。 

いまやすっかり引っ張りだこで、素人の書いたものなどに目を通す時間はないと推察いたしますが、万一の幸運があるかもと願い、これをメールいたします。 

 これに対していただいた返信は次のようなものである。 

[篠塚さま 

レンズ風車に興味をもっていただきありがとうございます。 

技術の進歩は、必要なタイミングで進化するものです。それは人智を超えたところにあります。なぜ、いまか、をよく考えられたらよいでしょう。カーツワイルの意見とか、古今東西の科学史を紐解かれると、世に出る技術、出るタイミングとか、がわかります。単に科学技術だけでの問題でもないことはおわかりでしょう。 

ブログで意見なさるのはいいですが、レンズ風車を持ち上げてくださるのは嬉しいですが、今、私たちが、寿命を削って、この日曜日でも休みなしに研究開発している現状をよく理解してください。もっと書き方があるはずです。 

九大応力研 大屋] 

 そのメールには、私が送った「原発問題を考える その34」及び「その35」にコメントを入れた文章が添付で付いていた。私の原文そのものは消さないままにしてあるのでそちらを参照してもらうこととし、大屋教授からのコメントを理解するのに必要な程度に省略しながら次回引用する。

 

2012年8月 5日 (日)

原発問題を考える その38

   脱原発ロードマップを考える会 

 菅直人前首相の公式サイトをたまたま覗いたおかげで、彼の現在の活動が知れた。4月13日更新の「『脱原発ロードマップを考える会』発足」という記事によれば、次のようにある。 

12日、民主党の議員連盟である「脱原発ロードマップを考える会」が第一回総会を開催し、設立された。この議連は、脱原発に向けてのロードマップ(廃炉目標、省エネ目標、再生可能エネルギー目標、投資•雇用目標等を含む)を策定し、脱原発を早期に実現することを目的としている。 

この議連は、民主党の衆議院議員39名、参議院議員16名の55名が呼びかけ人となり、その他にも衆議院議員12名、参議院議員4名の16名が当日までに入会した。顧問に菅直人、江田五月元参議院議長が就任した。]

 

 ドイツZDFテレビ「フクシマの嘘」にあるように、原子力ムラの圧力によって首相の座を追われたのかもしれない(このシリーズのその23、24参照)、と思っていた私には、今もこうして、彼が政界で力強く活躍していることが喜ばしい。 

 既に書いたように、当時のマスコミの、彼に対する風当たりは非常に強かった(その32参照)。ネットなどを見ると、その傾向は今も衰えてはいない。匿名性があるために尚のこと居丈高になれるのだろう。強いマスコミの尻馬に乗っているという安心感からか、汚い言葉遣いで罵ったりしている。強い側に立ち、弱い者を個人攻撃する構造は、小中学生のいじめと変わらない。 

 菅氏がそうした逆風にもめげず、環境や脱原発に対する自分の信念を貫いているさまは見事である。既にして、7~80人の国会議員の賛同者を得ているということに驚く。 

 5月29日付朝日新聞の記事には「私は311日までは安全性を確認し、原発を活用する立場で首相としても活動した。しかし、この原発事故を体験する中で、根本的に考え方を改めた」という彼の言葉がある。彼の公式サイトのインタビュー記事にも同様の言葉があり、その先の方には、「実は総理在任中から、再生可能エネルギーの推進はスタートしていました。特に大きかったのは、いわゆる再生エネルギー促進法案、固定価格買取制度の法案を昨年8月、総理としての最後の仕事として通過させたことです」という言葉がある。 

 「醜い延命策だ」とマスコミに毒づかれながら、それでも首相の座に固執していたのは、当時から既に、脱原発や自然エネルギーの会を作るつもりがあってのこと、だったのかもしれない。 

 まだまだ、廃炉の問題一つとっても、問題は単純ではない。原発を使わないと資産が目減りし、電力会社が破産するから原発再稼動が必要なのだ。夏の電力不足を補うためだけの問題なのではない、とも言われる。それについては、テレビ朝日「そもそも総研」の「どうしても原発を動かしたい関西電力の裏事情(2)」における古賀茂明氏の説明が分かり易い。

  「今後は、脱原発を行った場合に電力会社の経営や日本経済にどのような影響があるのかも含めて検討」するという「脱原発ロードマップを考える会」の動きを注視していきたい。

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