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2012年5月

2012年5月26日 (土)

原発問題を考える その28

   福島第一は地震でやられていた 

 前回引用した島村英紀氏の言葉にある通り、最近の地震は、というよりは地震というものは以前から、耐震基準の数値より数倍も強い揺れ方をするものであったようである。福島第一においては、敷地内に置かれていた2台の地震計の計測値は想定の600ガル以下であった。つまり、原子力安全・保安院の定めた耐震安全基準値の4分の3に過ぎない448431ガルだった(2011-3-19 読売新聞)というのである。 

 送電線の鉄塔が倒れたほどの揺れが、基準値以内であったということには納得がいかない。鉄塔の設置には耐震基準がなかったのだろうか。 

 これは、阪神大震災に関連して述べた安全神話崩壊のパターンである。悪かったのは津波が大き過ぎたからだ、鉄塔のような周辺の設備がいけなかっただけだ。原発本体の安全は、今回のような大地震にあっても守られていた、揺れ自体も耐震基準値以下だった、ということにしたいのだろう。 

 ところが原発本体にも、津波の影響が出る以前に既に損傷が発生していた、という報告がある。テレビ朝日の報道ステーションSP(2011-12-28)、「メルトダウン5日間の真実http://youtu.be/vcj8SRBq9kk(削除されている可能性があるが、探せば似たような動画がどこかにある)という番組である。 

 古館伊知郎キャスターは複数の作業員に会い、地震時の建屋内の惨状を聞き出した。また、中央制御室のホワイトボードに残された書き込みを読み解き、1号機の原子炉の配管が破損していたと結論付ける。当日午後550分、計器の針が振り切れるような高い放射線が建屋内に充満した。そのため、非常用冷却装置の状態を確認しに入ろうとした作業員は、建屋入り口で引き返さざるを得なかった。 

 その時間に放射性キセノンが漏れ出したことは、8000キロ離れたスウェーデンにおいても11日後に検出され、科学誌ネイチャー10月号に論文が発表された。核分裂時に生成される放射性のキセノンは、半減期が短く、大気中に非常に少なくしか存在しないため、核実験が行われたことの証拠や、原子炉に穴が開いたことなどの指標として使われる。 

 電源喪失によるメルトダウンとするにはあまりに早く始まった核分裂。元東芝の原発設計者、後藤政志氏らは、長い地震の揺れと上昇し過ぎた圧力とにより、炉心に繋がる配管に亀裂が生じたのだと見る。 

 東電は、配管の損傷についてはっきりと否定している。その他の重要な設備についても破損はなかったと言っている。はて、どちらが正しいのだろうか? 

 キセノンについてインターネットで調べていたら、1号機ではなく、2号機に関連付けてのサイトが沢山出てきた。昨年11月初め、再臨界が疑われるようなキセノンが検出されたというのである。そういえば、そんなニュースを聞いた記憶がある。まだまだ完全に収まったわけではない、とその時も思った。 

 軍の指導者に偽られ、地獄の苦しみを経験した民は、戦後も、政治家、経済人、官僚、マスコミらからなる新たな指導者に偽られて誘導されてきた。事故後1年、まだ完全に終息したわけではない。もう一つを載せると、ガラガラと崩れ落ちてしまうかもしれない将棋の駒の塔のような、危うい状態にあるとも見える。それにもかかわらず、原発再稼動、原発輸出への道が着々と整備され、誘導されている。それは、あの「敗戦」よりももっと救いのない「日本自滅」への道である。

 

2012年5月19日 (土)

原発問題を考える その27

   安全神話崩壊のパターン 

 ガルという加速度の単位が注目を浴びるようになったのは、阪神大震災のときであった。「次の大地震大研究」(横山裕道著、光人社刊、1995年)から引用する。 

[阪神大震災では高速道路や新幹線の高架橋が崩壊した。地下鉄は大被害を被ったし、石油コンビナートでは液状化によって多くの石油タンクが傾くなど、構造物に想定外のことが次つぎに起こった。これまで構造物の耐震設計は「関東大震災級の揺れが来ても大丈夫」を合い言葉にしてきたが、そんな安全神話は完全に崩壊した。 

19941月に米ロサンゼルスで発生したノースリッジ地震(M6.8)で高速道路が崩壊した際に建設省や地震工学者は自信たっぷりに、「日本の高速道路は安全だ」と言い切った。その建設省が日本の高速道路がもろくも崩壊したことに関連して「阪神大震災の地盤の揺れは加速度にして600800ガルに達しており、関東大震災の時の300400ガルの2倍もあった」と発表した。 

だが、関東大震災の加速度というのは東京・本郷の東大構内にあった地震計の記録から推定したものだ。しかも震源地の相模湾から70キロも離れた場所での加速度は当然小さくなるわけで、阪神大震災の加速度がそれを上回ってもなんらおかしくはない。] 

 昔読んだこの本の中でガルという言葉を探していたら、上掲の文章を見つけた。原発においてとまったく同じパターンがくり返されているので驚いた。先ず、根拠のない安全神話が生まれる。あるいは、関係者らが意図的に流し、安心したいと願う一般人がその神話を疑うこともなく受け入れた、ということかもしれない。そして地震や津波によって安全神話が崩れると、地震のほうが大き過ぎたのだ、想定外の津波があったからだ、と言いつくろおうとする。 

 4022ガルを記録した宮城県栗原市は、東日本震災時にも震度7を記録し、そこだけ突出していた。もしかすると、そのあたりの地盤にだけの何かしら特殊な事情があるのかもしれない。それでは他の地震による他の地方の加速度はどうなのか? 上掲の引用のすぐ後にもいくつか出ている。 

 19931月の釧路沖地震(M7.8)では920ガル、同年7月の北海道南西沖地震 (M7.8)の余震では1576ガル、阪神大震災では833ガル、1994年の米ノースリッジ地震(M6.8)では1784ガル、とある。 

 インタビューを受けた当の島村英紀氏のサイトには、それ以後の地震の加速度が出ている。 

[たとえば宮城県北部地震(2003年)では2037ガル、新潟県中越地震(2004年)では震度7だった新潟県川口町で2515ガルを記録したほか、新潟県中越沖地震(2007年)でも震度6強を記録した新潟県柏崎市西山町で1019ガルにも達していたことがわかったのだ。] 

[これらは日本中で昔よりも地震計の数がずっと増えて、それまでは記録されたことがなかった震源の近くや、地盤がとくに弱くて地震動が増幅されてしまうところでもデータが取れるようになったためだ。つまり、いままではこのくらい揺れていても知られていなかっただけなのである。] 

 もともとの耐震基準自体が、本来依拠すべきではないデータに基づいていただけのようである。経済性を重んじて低く設定されていたというだけのことなのだろう。とすれば、全ての原発は安全基準を満たしてはいない。それなのに、今再稼動の動きが現実化しようとしている。恐ろしいことである。

 

2012年5月13日 (日)

原発問題を考える その26

   次なる地震の恐怖 

 ドイツKDFテレビの記者による福島第一原発4号機の予想図は、小出裕章氏の描くものと同じである。 

[このような臨界が青空の下で起これば、日本にとって致命的なものとなるだろう。放射能はすぐに致死量に達し、原発サイトで働くことは不可能となる。そうすれば高い確率で、第1、2、3、5、6号機もすべてが抑制できなくなり、まさにこの世の終わりとなってしまうだろう。] 

 その後彼は、地震学者島村英紀氏にインタビューしている。福島原発に影響を与えるような地震の可能性を探るためであったろう。ところが島村氏の答えは、起こる起こらない以上に恐ろしいものであった。 

[計測している加速度が、これまでの予測よりずっと大きなものが記録されてきています。日本ではここ数年、千以上の特別測定器を配置して調査してきましたが、それで想像以上に地震波が強まり、速度も増していることがわかったのです。] 

[(原発の設計計算によれば)将来加速度300450ガルの地震が来ることを想定しています。……しかし私たちの調査では、最近の地震の加速度がなんと4000ガルまで達したことがわかっています。想定されている値よりずっと高いのです。] 

 4000ガルということで思い出した。2008年の岩手・宮城内陸地震の時、この4000ガルという言葉がニュースになったのである。直下型地震としてはマグニチュードが大きく、M7.3の兵庫県南部地震とほぼ同じほどもあった。日本地図を出して、震源地を調べたりもした。今ウィキで調べると、マグニチュードは7.2、この時の4022ガルは観測史上最大で、ギネスブックに認定された、ともある。 

 ガルとは加速度の単位で、秒速が毎秒1センチずつ早くなる場合を1ガルとしている。このガルという名称は、ピサの斜塔の屋上から重さの違う2つの球を落とす実験で有名なガリレオに因んでいる。空気抵抗がないとした場合、それらの球は1秒後に980センチ下、数秒後にはさらに980センチずつ加速して落ちているはずである。つまり、重力の加速度は980ガルと表わされる。 

 したがって、上下方向に980ガル以上の揺れがあった場合、地上に置いてある物も飛び上がってしまう。上述の地震の場合、4022ガルというのは縦横両方向の揺れを合成したものである。そのうちの上下方向の加速度だけでいうと3866ガル、重力加速の4倍もある。宇宙飛行士の乗るロケットの初速は3000ガル程度と言われているから、地震の加速度の方がそれよりも大きいということになる。 

 原発の耐震基準は島村氏も指摘している通り、それよりははるかに小さい。ドイツテレビのハーノ記者は、最後に東電の災害対策部責任者にインタビューして、この4000ガルの問題を問いただした。 

[「でも地震学者たちは4000ガルまでの地震加速度が測定されていて、これだけの地震に耐えられるだけの原発構造はないと言っています。半壊状態のフクシマの原発の真下でそのような地震が来ても全壊することはないと、なぜ確信がもてるのですか?」] 

 驚いたことに、インタビューを受けていた二人の東電職員は、専門家ならば知らぬはずもない4000ガルの加速度について二人とも知らなかった。困惑した彼らの表情を見ていて、原発そのものの将来がなおのこと不安になった。

 

2012年5月 6日 (日)

原発問題を考える その25

  福島第一の迫り来る危機 

 ドイツZDFテレビのハーノ記者を福島第一の現場に案内したのは、80人の原発専門エンジニアをかかえる会社社長であった。会社は、福島第一、福島第二両方の原発で仕事をしてきた。 

 「私たちの最大の不安は、近い将来、廃墟の原発で働いてくれる専門家がいなくなってしまうことです。あそこで働く者は誰でも、大量の放射能を浴びています。どこから充分な数の専門家を集めればいいか、わかりません」という社長の言葉には考えさせられた。 

 もともと今回の原発事故にしても、東電の原発関連役員がそれ以前の不祥事で左遷されていたため、事故が起こった時の幹部には、事故対応の能力も知識もなかったと言われる(その6参照)。廃炉などのために、まだまだエンジニアの需要があるのに対し、これほどの原発大事故の後、優秀な人材が原発に集まるとは考えにくい。だいたい、大学の原子力関連学科の存続そのものが疑わしい。学生はそうした学科を敬遠することだろう。 

 社長の次の言葉からは、より一層重要な危機が、福島第一原発に差し迫っていると知れる。 

[(いま福島第一原発は安全だと)東電と政府は言っていますが、働いている職員はそんなことは思っていません。とても危険な状態です。私が一番心配しているのは4号機です。この建物は地震でかなり損傷しているだけでなく、この4階にある使用済み燃料プールには約1300の使用済み燃料が冷却されています。その上の階には新しい燃料棒が保管されていて、非常に重い機械類が置いてあります。なにもかもとても重いのです。もう一度大地震が来れば、建物は崩壊してしまうはずです。そういうことになれば、また新たな臨界が起こるでしょう。] 

 以前既に見たように、原発の最大の問題点は、核廃棄物処理の方法も場所も決まらないうちに見切り発車してしまったという点にある。その捨て場のない状態は、「トイレのないマンション」(その10参照)と呼ばれている。そのために使用済み燃料は、行き場のないまま、それぞれの原発で溜まり続けざるを得ない。4号機で冷却されている膨大な数の使用済み燃料は、当然の帰結として溜まってしまったことのツケである。 

 それにしても、最悪の毒物プルトニュームを燃料としている3号機ではなく、何故4号機が一番危険な状態にあるのだろう? これについては、以下の動画の中の小出裕章氏の説明がわかりやすい。これは、「そもそも総研」(2012-3-8、テレビ朝日)という番組に答えたものである。http://youtu.be/CezLuBZqd8U  

 使用済み燃料をプールの中から取り出すのに、そのままクレーンで引っ張り出すというわけには行かない。水を張った容器の中に一旦入れ、その容器ごと吊り上げなくてはならない。しかもその全ての作業を水の中で行わなければならない。ところがプールには瓦礫が落ち込んでいるので、それを除去しなくては容器を入れることも出来ない。そうした手順を追わなくてはならないため、早くとも来年12月まではかかるだろう、と見られている。 

 それまでの間にプールにひび割れができたりして水が抜けた場合、使用済み燃料が露出して強烈な放射能をまき散らすようになるとも言われる。その場合には東京も住めない状態になり、日本は終わりだという。 

 彼らの予測が正しいのか、それとも冷温停止の現在の状態がこのまま続いて無事に収束するのか、今はまさに危険な賭けが行われている最中、ということでもある。賭けに負けた場合に失うものは、彼らの言うとおり、日本そのものである。

 

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