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2012年3月 7日 (水)

地殻底のマグマ層 その28

   忘れられた日本地震学の父

 1995年8月の私のニュースレターは、3頁のほとんど全てをVAN 法に費やしている。まずは、“EARTHSHOCK”Andrew Robinson1993という本によって、VAN 法とは何かを簡単に紹介した。その部分の一部を以下に翻訳する。

VAN法は、ヴァロツォス、アレクソプーロス、ノミコス、3人の名前の頭文字VAN に因んで名付けられた。それは、ジョン・ミルンが1898年に英国王立協会に提出した論文に書かれた事実に基づいている。大地震の前、地中を波動して流れる自然の電流(地電流)がかく乱され、電気抵抗が変わるということを発表したのは、その論文が初めてである。この、いわゆる地震電気シグナル(SES)を検出し、予知のために役立てようとする以前からの試みは、多くの国で失敗し、その試み自体が省みられなくなった。しかし上記のギリシャの科学者たちは、1980年代にその方法を用い、かなりの成果を挙げた。1988年から1989年にかけて、ギリシャ近辺における17の地震の位置と強度を、予測して当てた。]

 この文章を本から引用した段階ではまったく気付いていなかったが、今回読み返してみて、「ジョン・ミルン」という名前をどこかで読んだ記憶がある。はてな? さっそくにネットで調べてみた。

  明治新政府が実権を得て真っ先に目指したことは、香港や上海のような植民地にされない強い国にすることであった。そのためには、各界の指導者を育てる必要性がある、と考えた。まだこれというほどの産業とてもない貧乏国であるにもかかわらず、教育のために大きな予算を割いた。英国をはじめとする欧米から、30年ほどの間に、なんと1万人近くものお雇い教師、技術者などを招いた。もちろん、本国と同じ給料では、誰も来てくれない。本国の相場の倍近くも払っていたようだ。しかも、教えるのも彼らの言葉による。

 そうまでして西洋の文明を取り入れようとしてきた明治の先人たちの先見性、そして有能な指導者群を生み出すシステムとに感心する。今の日本に一番欠けているものは、その点であるのかもしれない。平等の名の下に戦後の民主主義は、強い指導者を作らない教育制度へと改変した。

 ジョン・ミルンは、そのようにして招かれたお雇い教師の一人であった。彼は、ラクダの背に揺られたりしながら、3ヶ月にわたる陸路の旅を経て赴任した。日本に着いた早々に地震を経験し、それに魅了され、生涯の仕事とするようになる。他のお雇い教師仲間とともに、地震計を発明し、地震協会を設立する。日本の地震学の父、とも言うべき人物であった。

 ところがその後の日本で、彼の業績が重要視されることはない。日本人は、常に欧米を追い続けてきた。新着の欧米専門誌を取り寄せては最新の潮流を知り、それに合わせた研究をするのを良しとした。まるで、単一指向性マイクあるいはアンテナのようなものである。そのような研究者が多いため、新しい潮流に合わない研究者の業績が省みられることはない。たとえ日本地震学の父であっても、欧米で、後に地震断層説が主流となったために、忘れられてしまったのだろう。

 

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