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2012年3月12日 (月)

地殻底のマグマ層 その29

  フキの葉の下の小人族

 アイヌの伝説によると、彼らよりも前に、フキの葉の下に住む小人族がいたという。私はたまたま本屋で、ある小説のそれに関する箇所だけを立ち読みし、面白い、と思った。その伝説そのものにではなく、その小人族が日本人の祖先であったとする珍説が、それでも明治の頃には、それを主張する学者の権威のゆえに優勢であった、という著者の記述に興味を持ったのだ。私の仮説も、もしも権威のある学者が唱えたとすれば世に広まったはずだ、という思いが私にあったからである。

 後に、竹内均の「ムー大陸から来た日本人」(徳間書店、1980年)という本に、同じ話を扱っている箇所を発見した。ただし、私が興味を持った点である、学者の権威については書いてない。以下に、肝心な部分だけを抜書きする。 

[明治20年以後に、このプレアイヌ説をさらに発展させたのは、東京帝国大学人類学教授であった坪井正五郎である。彼はアイヌ伝説に出てくるコロボックルが日本の先住民であるとした。コロボックルはアイヌ語で〝ふきの下の人〟という意味である。 

坪井によれば、彼らはその名のように背の低い人種で、たて穴にふきの葉を屋根とした家に住み、貝を多く食べ、食人の風習があり、……… 

アイヌ説を支持する立場から、坪井のこのコロボックル説を攻撃したのは、日本の解剖学の創始者である当時の東京帝国大学医科大学長であった小金井良精である。……… 

大正2年に学会でモスクワへ出張中に坪井が亡くなってからあとは、コロボックル説は自然消滅し、アイヌ説だけが残った。] 

 前回書いたように、VAN 法のことから脱線し、ジョン・ミルンについて調べているうちに、それが意外な繋がりを持っていることを発見した。彼は本来鉱山学を教えに来たわけだが、前にも書いたように、地震に出会ってそれを生涯の研究対象にした。それ以外に、日本人の起源にも興味を持ち、人類学に一家言を持っていた。 

 アイヌやコロボックルについても書いている。もしかすると、函館出身のトネという女性と結婚していることからして、その関係からアイヌなどに興味を抱くようになったのかもしれない。 

 とすると、同時代人であるジョン・ミルンと坪井正五郎との間には、何らかの交流があったはずと思われるのに、竹内均の文章にジョン・ミルンが出てこないのは何故だろうか? 地震学者である竹内均が、地震学の祖である彼を知らないわけはない。 

 もう一つ、坪井正五郎の次男は、地震学者の坪井忠二である。竹内均とは、同じ東京大学で同僚だったはずと思う。何だか、地震学とコロボックル論争とは、いろいろな形で繋がっている。 

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