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2011年9月

2011年9月28日 (水)

金森博雄教授と再会2011年 その2

  円高是正のためのアイデア

 午後1時ごろからは、私のワイフも加わり、食事をした。寿司の出てくるのが一皿づつ時間をかけてだったので、おかげでゆっくりと雑談を楽しめた。

 長男次男二人ともコンピュータ関連の仕事をしている。一人はマイクロソフト社で20数年働いているらしい。奥方は、カリフォルニア工科大学で生化学を学び、博士号を取っている。現在ではある研究所で、ネズミの脳を使っての研究を行っているらしい。

 外交官の父親が赴任していた関係で、中学時代を英国で過ごしたという。高校は聖心、大学は東大で英文科を卒業。しかし本来は理工系に向いていたため、金森博雄教授と結婚してパサデナに住むようになってから、大学に入り直した。子育てしながら大学で研究する主婦の話を新聞で読んだりしないではないが、親が近くにいて、子供を預けられたから、である場合が多い。金森夫人の場合、どのようにして子育てと、実験動物の世話付きの研究を両立できたのか、大きな謎に思える。1993年のロサンゼルス・タイムズ紙に書かれた段階で、息子の一人はカリフォルニア工科大学、もう一人はスタンフォード大学で博士号を得た、とある。つまり、子育ての方も手抜きしてなかったわけだ。

 ネット上の動画で、京都賞受賞時のメッセージが見られる。

 http://youtu.be/972vAzlf7T4

 また、「波に魅せられて」という講演原稿も、PDFで読める。

 023K2007_KP_LE_B_jp.doc 1 波に魅せられて

 

 そのどちらでも同じことを言っている。「自分の好きなことを見つけて研究しなさい」。どうやら、ご家庭でも先生の方針を忠実に守り、妻子それぞれが、地球物理学以外の好きな分野を見つけたようである。

 そうした話題の他に、日本の国についても話し合った。海外に住んでいる我々には、祖国の将来が案じられてならない。風船のように膨らみきった国の借金は、いつ音を立てて破裂するのだろうか?

 「日本滞在中に出会う普通の人たちは、非常に優れていて立派なのに、国全体となると、どうしてあんなに頼りないのでしょうかね」とは金森教授の慨嘆(がいたん)

)

である。

 私も円高について、最近思いついたばかりのアイデアを語った。

 中国が、人民元のレートを安く設定し過ぎると非難されている。その正否は別として、国力さえあれば、為替レートを国が決めることはできるはずである。

 急激な円高になったりすると、日銀が介入して円を売ってドルを買ったりする。経済のことはよく分からないが、あれって、国が損することにはならないのだろうか? 

 変動相場制をやめて、固定相場制にすればよい、というのが私のアイデアである。もちろん、1ドル=360円の昔に戻ることは不可能だし望ましくもない。しかし1ドル=80円とか1ドル=100円とかにだったら、まんざら不可能ではないと思う。その上で、半年とか1年に1度、変動相場制に短期間戻し、市場の実勢に合わせればよい。狂った時計を合わせるようなものである。

 円高過ぎると輸出産業は海外に逃げていき、国内の産業が空洞化するといわれる。何とかしなければ、という思いから、ついつい余計なことを考える。どうせ実現することはあり得ない、いや、多くの人に聞かれることすらあり得ないだろうが……

2011年9月24日 (土)

金森博雄教授と再会2011年 その1

  日本での講演で今も忙しい

 「太平洋沖地震に思う」その8~11を読んでいただければ分かるように、東北地方太平洋沖地震の発生後、私と金森博雄教授との間で、かなりのメール交換があった。その後も、ブログの下書きを終えてから、これは先生に見ていただきたい、というような部分があると送るようにしてきた。ありがたいことに、いつも懇切なご返信をいただける。

 8月末か9月初めにお会いいただけないだろうか、という申し出も、同様にして快諾していただけた。そして9月10日(土)、今年も去年に引き続き、パサデナ工科大学の地震研究所を訪れることになった。当日は朝10時から3時半まで5時間半もの間、議論と雑談が交わされた。その時の議論については、2~3ヶ月先になってからゆっくりと書くつもりである。

 金森教授は、7月1日から31日までの1ヶ月間、北海道大学の客員教授として札幌に滞在していた。ネットで調べると、北海道を発つ前日に、地震火山研究観測センターの有珠山観測所を訪れたとある。

 北大滞在中にセミナーが開かれ、先生の講演があったとき、学生からの質問はほとんどなく、教授陣からばかり盛んに質問されたという。教授陣の質問したいという熱気に押されて、学生たちは遠慮したのかもしれない。

 東北地方太平洋沖地震で、気象庁が最初に発表したマグニチュードを、後にモーメント・マグニチュードに改変したが、金森教授はそのモーメントマグニチュードの創始者である(「金森博雄教授と再会 その2」及び「太平洋沖地震に思う その11」を参照)。「津波地震」という名前をつけたのも金森教授である(「太平洋沖地震に思う その9」参照)。アスペリティモデルの提唱者も、金森教授であるらしい。このアスペリティの問題は、「超巨大地震に迫る」(大木聖子、纐纈一起共著、NHK出版新書、20116月刊)という本の第4章に詳しい。

 更に、「太平洋沖地震に思う その5」で既に書いたように、地震直後の東大地震研のサイトでは、3箇所で金森教授の名前を見つけた。その一つは、宮城県沖の過去の地震についての研究論文の著者としてである。2006年に書かれたその論文によれば、今回のような巨大地震が東北沖に起こる可能性を、考えていたようにも見える。

 つまり金森教授は、今の地震学界における最も注目を浴びる存在なのである。

 10月には東北大学において重要な会合があり、金森教授はそれにも呼ばれて、講演をする予定になっているらしい。

 リタイアされてなお、日米間を何度も往復して講演や研究を続けていられる。そのお忙しい先生を5時間半もの間独り占めにし、議論し合い、個人的な雑談までできるとは、なんとも贅沢な話である。しかも私は、金森教授の説明を肯定しながら聞いていたわけではない。

「プレート・テクトニクス説で一応説明できてしまうのが問題なのだ。地震はなぜ起こるのか?という根源的な問いかけを、プレート説が邪魔している」というような言い方もしている。

 いや逆に、私のそうした反論自体を面白がっているのかもしれない。金森教授の、懐の深さなのかもしれない。

2011年9月20日 (火)

原発問題を考える その21

  会社によるクリーンな自家発電を

 原発がないと安定した電力が供給されないので、会社や工場を国外に移転せざるを得ない、と言われる。本当だろうか? 発展途上国の電力事情が日本よりも良い、ということが本当にあるのだろうか? 例えばインドでは、慢性的な停電で企業が苦しんでいる、という話を聞いたことがある。それ以外の東南アジアの国々が、どのような形で電力を供給しているのかは知らないが、急激な経済成長に追いつくほど先見の明があった、とは考えにくい。「その12」、「その13」で書いたように、だからこそベトナムは、これから原発を導入しようとしているのではないのか?

 結局、「国外逃避」したい企業の言い訳に、原発が使われているだけに過ぎない。労働力の安さゆえに海外に脱出しようという企業には、「愛国テスト」とでもいうようなものを課したらいい。「国外逃避」の企業には、それによって生じる国内の失業者のための、再教育用の基金を拠出させるように仕向けるべきである。それにも応じないような企業は、本社ごと出て行けばよい。

 マスコミの報道によれば、中国に出て行く企業が多く、まるで国内は空になってしまうのではないか、と思われるほどであった。しかし東日本大震災により、優良企業は日本に残っていた、と知った。車の部品メーカーが被災地にあり、そのおかげで、日本ばかりか海外の会社まで生産できないほどの影響を及ぼした。そのことからすれば、国外に出て行く利益本位の会社ばかりではない、ということが明らかである。

 原発廃止によってもたらされる電力事情の悪化が、「国外逃避」の真の原因であるとすれば、企業は何故、自家発電の施設を持とうとしないのか? それさえあれば、問題は解決するはずである。

 原発が事故を起こした場合には、一挙に大量の電力供給がなくなる、というのは新たな現実である。新たに生れたその現実に対して、企業は新たな対応策を持たなくてはならない。つまり、停電時に操業を止めなくとも済むだけの発電施設を、自分たちで確保する必要性がある。

 もちろん火力発電の方が簡便ではあるのだろう。しかし企業が自家発電施設を作る場合、もしも自然エネルギーで賄うことができるならば、企業イメージが上がる。また、火力の元となる石油、石炭、LNGガスなどは輸入に頼らなければならないので、原料費高騰のあおりを受けやすい。したがって、長い目で見た場合には、自然エネルギーの方が安く、また安定しているはずである。

 前回述べた小規模水力発電は、近隣の会社が何社か集まって、地産地消型の電力網を作るのに適しているかもしれない。もしも風力や太陽光のように、電力供給にムラがあってもかまわないのであれば、既にある工場の屋上や駐車場のような、広いスペースを生かさない手はない。もしも海に近ければ、潮汐を使った発電を利用できるかもしれない。

 かって、電気自動車がガソリンエンジンに取って代わることはあり得ない、と考えられてきた。ところがほんのここ1~2年ほど前から、急にその流れが変わり、実用化が嘲笑の対象ではなくなった。クリーンな自然エネルギーも同様にして、原発ばかりか、火力発電にも取って代わる日が来る、と私は信じている。

2011年9月16日 (金)

原発問題を考える その20

  小規模水力発電をもっと

 原発は、半年後ぐらいに定期点検のため、国内のほとんどの発電が休止する、と言われている。とすれば、それまでに代替の発電施設ができさえすれば、休止中の原発を再稼働させなくて済む。今すぐ原発を全廃せよ、というよりは、すぐに作れる代替発電施設を沢山作り、原発の戻る余地のない環境を作っていくほうがより現実的である、と考える。

 一番簡単なのは、小規模水力、つまり水車のようなものではないだろうか? どのぐらいの電力を作れるか、あるいは微々たる物に過ぎないかもしれないが、ちりも積もれば、になるかもしれない。電線泥棒など、いろいろな問題が考えられないでもないが、検討の余地はありそうである。

 一時、いろいろな所でダム建設が中止された。日本に住んでいないせいか、それが何故なのか、理解できなかった。日本は資源小国だ、と言われる。確かに石油も石炭も、鉱物資源も少ない。しかし日本には、地熱もあり、水もある。それらは資源ではないのだろうか? いや、資源として何故もっと活用しようとしないのだろう?

 幸か不幸か、日本の河川は大規模ではない。中国やエジプトのように大きなダムを造った場合、大きな誘発地震の起こる危険性もあるが、小さなダムならば、問題も小さい。各地に、景観を損なわないような小型ダムを数多く建設していくべきである。

 また、かって建設を中止したやりかけのダムを、完成すべきである。一番長い時間のかかるのは、地質調査や、住民の移転などの段階だと思う。長野の「脱ダム宣言」によるもの、民主党になったために中止になった八ッ場ダム、以外にも数多くの中止されたダムがある。それぞれに地元との事情もあるのだろうし、政治的な駆け引きもあるだろう。しかし、電力を原発に頼れなくなった、いや頼ってはいけなくなった今、水力発電を再考してほしいものである。

「ダム、中止」で検索したところ、「中止したダム事業」のウィキが出た。それによれば、あまりにも多くのダム事業が中止したことで驚いた。数えてみたところ全部で276ある。もちろん全てが発電用ではなく、計画だけの段階で終わったものも多いかもしれない。しかし、ダムを使っての小規模発電のためのポテンシャルは大きい、とは言えるだろう。

 それにしても、福島第一の原発事故の後、太陽光発電と風力発電はよく取りざたされるが、水力をもっと増やせという議論は聞かない。いったい何故だろうか? 今までに反対運動が多く微妙な問題なので、寝た子を起こしたくない、という配慮でもあるのだろうか?

 たとえダムがなくとも、滝のような落差を造りさえすれば、タービンをかなり早く回せる。また下流の方であっても、大きな川の流れは強いので、風車の回転よりは早く回せるのではないか、と思うのだがどうだろう。いずれにしても川からは、風車や太陽光とは違い、恒常的な電力が得られるはずである。

 水力は資源である、という考え方に立って、河川の利用法をいろいろに検討してみてもらいたいものである。

2011年9月11日 (日)

原発問題を考える その19

  地熱発電は有望

 このシリーズの「その9」の時にも書いたように、私が放射能の問題に興味を持つようになったのは、真山仁氏の「マグマ」を読んだあと、インターネットで放射性廃棄物のことを知ったからである。処置に困るものが今も地上に溜まり続けている、という状態は見過ごすことができない。私も真山仁氏と同様に、原発ではなく、地熱発電を推進すべきだ、と考えるようになった。

 彼の本に、ほんのわずかな、傷ともいえない傷がある。「アメリカの中西部にあるガイザーという場所には、60万キロワットという大地熱発電所があります。この一帯に地熱発電所群があり、200万キロワット以上の出力を誇っています。……」(P100)という記述があるが、ガイザーという場所は、私の地図で調べた限り、中西部にはない。

 私は一時、温泉に凝ったことがある。カリフォルニア州にある温泉を探して回り、人影ひとり見当たらぬ荒野の温泉を試したこともある。ワカメのようなぬるぬるのコケが生えていて、気持ち悪かった。ヌーディストの温泉に小さくなって入ったこともある。決して心地よい経験ではなかった。

 そうして温泉を探していた頃、今はカリフォルニアワインの産地としてすっかり有名なナパのすぐ北にある、ガイザーという土地を通った。どの道筋を辿ったかの記憶はないが、山腹にある工場から、白い煙が出ている情景だけは憶えている。噴泉とか、間欠泉とかいうガイザーの意味からして、地熱に関係した何かだろうとは思ったが、発電所であると知っていたとは思わない。後で何かの本で知ったのだろう。

 後年あるパーティーで、石油会社のエンジニアをしているという米人と知り合い、たまたまその発電所の話題になった。彼は、そこの発電所の設計をしたと言っていた。インターネットで調べると、ガイザーには22の発電所があるようだから、そのうちの一つに関わっていたのだろう。

 地熱発電が日本で普及しないのは、小説「マグマ」によれば、「日本の場合、二つの大きな障害が、大型地熱発電所建設を阻んでいます」ということである。したがって、もしもそれらの障害が取り除かれれば、火山国の日本で、最も有望なエネルギー源の一つになることは間違いない。

 障害の一つは、温泉である。日本人ほど温泉の好きな国民はない。そのために、近くの温泉街は、地熱発電用の地下の熱水をくみ上げるのに反対する。湯量に影響するのを恐れるからである。それを防ぐためには、地下の様子を正確に調査し、取り出す熱水の量と全く同量の水を戻してやればいい訳で、技術的に不可能だとは思えない。

 もう一つの障害は、国立公園である。小説「マグマ」には次のようにある。

[地熱発電は火山現象が顕著な国立、国定公園内に計画されることが多く、地熱発電の調査・開発には各種の巨大工作物の設置、樹林の伐採、地形の改変等を伴い、また発電設備が設置された場合、生産井、還元井の増掘が頻繁に行われ、常に工事的景観を呈することになる。したがって風致景観への影響が大であることから、……]

 確かに自然保護の観点からすれば、国立公園と発電所の景観とは並立しにくいだろう。これは、花を取るか団子を取るか、国民の選択に任される問題であり、国民的合意が形成されるまでにはかなりの時間がかかるかもしれない。また掘削にかなりの時間がかかることも事実であり、原発の事故以来の急場に間に合うものではないだろう。しかし長い目で見た場合の、最も有望なエネルギー源の一つであることは間違いない。

2011年9月 6日 (火)

原発問題を考える その18

  送電網国有化から始めよ

 近頃は、発電と送配電を分離すべきという議論が増えてきた。例えば、前回も触れた番組(愛川欽也「パックインジャーナル」5/7)において、山田厚史(朝日新聞編集委員)氏が力強く主張していた。他にも、「発送電分離」で動画サイトを検索すると、民放のニュース・ショーで扱われている例がいくらでも出てくる。私の意見はそれらと似たようなもので、新しいものではない。ただ、こうした意見が政治や社会を動かすほどの力を持っているのか、疑問ではある。

 まずは発送電分離が第一歩である。原発を抱えている企業が送配電まで管理しているならば、新たな自然エネルギーの開発を妨害しかねない。送電は国道と同じようなもので、少なくとも最初は国が買い取り、軌道に乗せなくてはならない。その後は、国営の効率が悪いというならば、鉄道のように分割するなり、複線にして、競合他社を参画させられるようにすればよい。

 東北大学の元総長であり、光ファイバー、発光ダイオード、半導体などの開発で最もノーベル賞に近いと言われ続けてきた西澤潤一氏は、直流送電の提唱者でもある。直流送電は、エジソンが提案していたほどの長い歴史を持ち、送電ロスが非常に小さいなどの長所を持ちはするのだが、歴史的には交流送電に敗れ、今も実用化されないままである、という。

 一旦送電網を国有化した後、ベンチャー企業が直流送電や、もっと効率のよい交流送電網を開発していく余地も残しておくのがよい、と私は思う。現在でも、私鉄の運賃の方が、JR のよりも安いことを考えると、国有化が最善というわけではないかもしれない。

 風力や太陽光発電の定額買取制には賛成しない。たとえ自然エネルギーが良いものであるにしても、もともと競争力のないものに、何年にもわたって割高の料金で買い取ることを保証する、というのは制度の柔軟性を失わせる。その間には、もっと良い発電手段が開発されるかもしれない。

 さらに、太陽光発電を屋根に取り付ける場合、何年後かにはその設置費用の元を取ることが可能である、という考え方自体に問題がある。それでは初期投資をできる金持ちだけを優遇する、ということになってしまう。そもそも、どうして元を取る必要があるのだろうか? 電気自動車を、あるいはハイブリッド車を買うとき、元を取れるから、と期待して買う者は果たしてどれだけいるだろうか? 家を買うときと同様、ローンさえ組めるようになっているだけで、あるいは、買うときにだけ補助金を出すだけで十分ではないだろうか。あとはその時の相場で買い取り額を決めるべきだと私は考える。

 送電網国有化の後、既存の電力会社が、それでもなお原発を続けたい、というのであれば、それは電力会社の裁量に任せるべきだ。放射性廃棄物処理にかかる費用も含め、国からの隠れた援助をすべて廃止し、大事故があった場合の保険もきちんと自分で入るようにさせ、それでも利益が出る、というならばそうさせたらよい。

 4~5ヶ月経った後でもなお、牛肉だの、農業だの、放射能汚染による新たな補償対象が増え続けている。今後それがどこまで広がり続けるか、現在顕在化しているところだけで収まるなら非常にラッキーである、と言うべきではないだろうか。補償額がまだまだうなぎのぼりに増え続ける可能性のほうが強い。こうした事態を見てなお、原発の保険を請け負う、という保険会社があるとは思えない。

2011年9月 1日 (木)

原発問題を考える その17

 二酸化炭素は悪者ではない

 前回書いた小出裕章氏の言葉に、二酸化炭素についてのものがある。(愛川欽也「パックインジャーナル」5/7、における電話インタビューに答えて)

[二酸化炭素それ自体は、地球生命が生きていくために絶対に必要な分子です。植物が光合成で、自分のからだを作るために二酸化炭素があるわけですし、その植物を食べて動物が生きているわけですから、二酸化炭素がなくなったら、それこそ困るのです。それをいかにも悪者のように言いながら、それでは原子力が生み出すのは何かと言えば、核生成物という「死の灰」なのですね。そのことには一切口をつぐんだまま、二酸化炭素問題だけでクリーンだ、という宣伝をくり返してきました。]

 私も似たようなことを考えたことがある。地球の創成期に気体としての酸素はなかった、と考えられている。酸素は植物が地球に生まれたあと、彼らが生み出した廃棄物なのである。陸上に進出した動物は、植物が作った酸素を使って大きなエネルギーを得、地上を徘徊することが可能になった。

 したがって、仮に化石燃料を全部使い切って、空気中の二酸化炭素の割合が極限にまで増えたとしても、植物や水中の生物は一向に困らない。困るのは、植物や他の動物の寄食者である我々人類や、他の陸上動物だけである。ましてや温暖化など、まったく問題にならない。地球上の歴史には、もっと暑い時代もあったはずである。

 恐竜の時代は、今よりはもっと温暖で、南極大陸にいたるまで緑地に覆われていた。その時代の気候については、私の大陸起源説から導き出される非常にユニークな仮説がある。プレートテクトニクス批判などをひとわたり終えた後、その仮説についても紹介するつもりである。

 人間のご都合主義によってではなく、地球の歴史という観点から眺めれば、小出氏の言うように、二酸化炭素は悪者ではない。かっても今も、常に存在していたものだからである。温暖化にしたところで、温室ガス効果以上に、人間の生み出すエネルギーそのものが問題なのだと思う。ヒートアイランド現象のようなものが、地球全体の規模で起こっている可能性が強い。

 ところが放射性物質は、二酸化炭素と違って人工物であり、かっての地球に存在しなかったものが大部分である。それらが空中や地中に充満した場合、取り返しのつかない環境が生まれる。

 地球の環境ということを言うのなら、小悪を排して大悪を導き入れるようなことをしてはならない。むしろ逆に、二酸化炭素の増加は一時見逃してでも、原子力を止めなければならない。

 福島の後、原発廃止で国論が一致したのは、ドイツとイタリアである。国民投票で90%とは羨ましい。日本も、彼らと組んでもう一度、世界を相手の戦いを始めてほしいものである。「クリーン三国同盟」、今度こそはその戦いに勝利してもらいたい。

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