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2011年8月

2011年8月29日 (月)

原発問題を考える その16

  反原発学者のヒーロー誕生

 コンピュータにさほど強くない私は、インターネット上の動画でいろいろな番組が見られると、今回初めて知った。なかには1時間を越えるものもある。テレビで見たこともなく、本を読んだこともない学者や作家が、インターネットの中で熱狂的に受け入れられているのを発見した。京都大学の原子力学者、小出裕章氏はその典型である。

 40年以上前に、原子力にエネルギーとしての未来を感じ、東北大学に入って原子力工学を学んだ。ところが、女川原発の反対運動に参加したときに、「原発が安全ならば、なぜ仙台に建設しないのか?」という問いを聞き、目からうろこが落ちた。その問いに対し、原発の安全性を証明しなければならない。ところが、研究すればするほど、原子力の負の部分が見えてくる。

 ちょうど70年代、大学闘争の時代でもあり、教授たちに向けて、原子力開発の存在意義そのものについての議論をしかける。彼らに学生たちを説得するだけの答えの用意はなく、ただ、「自分には妻もあり、子供もいるから」と言うのみであった。学生仲間には、研究を辞めてとび職になったものもいた。家族や生活を弁解にしたくないから、というのである。

 しかし小出氏は研究を続け、京都大学の助手となる。そして内部からの批判者となった。その後、まったく昇進しない。助教授、助手という昔の呼び名が、准教授、助教と変わった今、呼び名だけが助教に変わった。つまり37年経っても助手のままである。

「アカデミズムは、知れば知るほど価値中立ではありません」 

「学者って、聖人君子でも何でもないです。ひとりひとり生活を抱えて、出世もしたい、栄誉も得たい、給料だってもう少しもらいたい。ほとんどの人はそう思っている、と思います。原子力をやろうとするならば、そういうところへの近道は、国家に協力することです」

 これは、あるインタビュー(「原子力のこれまでとこれからを問う」、videonewscom)での彼の言葉である。

 私もかって、政治や経済というのは欲のために策を弄(ろう)することも多く、汚い。しかし科学の世界は、論理や実証、実験だけが尊ばれる公明正大な世界である、とイメージしていた。ところが、「大陸の起源」の問題で、現実の科学者たちと議論をくり返してきた長い歴史のなかで、何かしら抽象的な「科学者」という人たちがいるわけではないのだ、と悟るようになった。近づけば近づくほど、個々の違った人たちがいて、たまたま科学のある分野を研究している、というように見えてきた。

 小出氏の論理は明快であり、説得力がある。動画に対する書き込みを見ても、圧倒的な支持を得ている。福島の後の、御用学者たちのいい加減な解説に、人がいかにうんざりしていたかの裏返しであるのかもしれない。彼の説明を聞きたいと思ったら、動画サイトには見切れないほど出ている。私は次のサイトを勧めたい。毎日放送によって2年ほど前に放送されたもののようである。

 

 

なぜ警告を続けるのか~京大原子炉実験所・"異端 ...

2011年8月26日 (金)

原発問題を考える その15

  「日本のエネルギー」をめぐる論争

 テレビやインターネットの動画で、数多くの論争を見てきた。これからの日本のエネルギーをどうすべきか? 原発をこのまま推し進めるべきか、原発を廃止して自然エネルギーに移行すべきか? そうした論争の印象は、既に引用した「AERA 原発と日本人」(このシリーズの「その3」参照)の記事のタイトルに尽きる。

[福島第一原発事故でも議論は平行線

原発学者は揺るがない

原子力発電の歴史は、半世紀にわたる推進派と反対派の闘争史でもあった。

「起きない」はずの大事故を体験した今も、両派には「揺れ」はない。]

 

 原発推進派の専門家たちは「原発がなくなったら、電気代は上がるし、産業だってやっていけない。工場を海外に移転しなければならなくなったら、日本の失業率はもっと高くなる。これからは安全性の高い原発を作るべきだ」などという議論で一向に引こうとはしない。

 彼らの議論は、数々の矛盾をはらむ。「原発がなくなったら」という仮定自体、現実を反映していない。福島の事故後の原発による発電比率は、もはや30%ではない。15%ぐらいなものであると言われている。「なくなったら」ではなく、既にして「なくなりかけて」いるのだ。一度止まっている原発を再稼動させることには地元民の抵抗があり、少なくともほとぼりの冷める数年の間は、非常に困難であるだろう。彼らが考えるべきは、「原発の稼働率が半分となった今、産業や雇用に影響の出てくる現状をいかにすべきか?」という問題であるはずだ。

 「安全性の高い原発」というのも、言葉によるトリックである。まず安全性の高い原発を作るためには、建設費が膨大になり、原発の売りであった発電単価を高め、原発を魅力ないものにする。そして、設備というハード面の改良で安全性が高まる、という考え方も的はずれである。スリーマイル島もチェルノブイリも人災であった。福島も、地震や津波は誘因に過ぎず、人災であったと見るのが一般的である。人災の起こり方には無限の可能性があるわけで、それら全てに耐え得る設計など、原理的に不可能である。

 また、安全性の高い原発を今から設計して完成するまでに、数年はかかるだろうから、現在の窮状を救うための切り札ではあり得ない。そもそも、「安全性の高い原発を」という発想自体、大和のような「不沈戦艦」を求めるに等しい。沈まない戦艦があり得ないように、事故をまったくに起こさない原発も、現実的にはあり得ない。

 テレビの中の論争を見ていて、もどかしくなる。原発推進論者の非現実的な論理に反論を加えたいのだが、たとえ私がその討論の場にいても、勝てないだろうな、と思う。とっさの応答が得意ではないし、専門家の繰り出すデータやグラフを見せられ、うまく返せないかもしれない。

 しかし……と思う。そこにこそ本当の問題があるのかもしれない。反対派の学者もまた数字を繰り出して反論し合うのだが、どちらにとっても、それぞれの側に都合のいい数字になっているのだ。今すぐに原発を全廃せよ、というほどの反対論者でもない私からすれば、どちらの数字を信じたらいいか、だけの問題になってしまう。彼らは、相手を屈服させ、議論に勝つことだけが目的になっているみたいでもある。

 私が知りたいのは、ある程度の危険性は覚悟のうえで徐々に脱原発を進めていく、より現実的な方法はあり得ないのか?という第三の道である。

2011年8月23日 (火)

原発問題を考える その14

  自然エネルギー1パーセントの謎

 つい最近、ある友人がうちに遊びに来た時に、

「原発から自然エネルギーに移行しろという意見があるけれども、自然エネルギーはたかだか1パーセント、ほんの申し訳程度のものに過ぎないらしい。それでは、原発止めろ、ということ自体あまり現実的でないかもしれないね」と言った。

 私もどこかでそのことを読んだ。確認のためにインターネットで調べてみると、資源エネルギー庁が出しているエネルギー白書2010が見つかった。それによれば、2009年度の発電電力量の電源構成のうち、原子力は29.2%、水力8.1%、新エネルギーは1.1%となっている。残りは石炭、石油、LNGなどの火力61.7%である。

 かなり昔から太陽光だの風力だのと騒がれているわりには、自然エネルギーの比率が小さい。これは一体どうしたことだろうか。

 もしも従来の発電方法で、需要を充分まかなえているとしたら、それ以上に生産される新電力は、従来型の発電法を圧迫することになる。従来型施設の発電能力を制限することは、そこから生み出される利益が減ることでもある。とすれば、電力会社が太陽光や風車などによる新電力を買うのは、政府や世論の力に押され、渋々に、でしかないだろう。

 つまり、新エネルギーが約1%の比率しか占めてない、という現実は、それだけしか生み出せない、という発電能力の問題ではなく、電力会社が望まなかったからそういう結果になったのである。

 NHKの番組によれば、ドイツやスペインは、風力や太陽光発電を国を挙げて推進していて、既にして電源構成の1720%ほどにも達している、とあった。もしもそうだとすれば、それらの技術を持つ日本において、1%に抑えられている、という現状は異常である。地域内独占である日本の電力会社が、儲かる現状に甘んじているばかりで、新技術の開発にいかに不熱心であったか、ということを意味している。

 言ってみれば、新エネルギーの比率がわずか1%のままで据え置かれたのは、原発があまりにも儲かり過ぎたせいである。ちなみに、斑目(まだらめ)春樹原子力安全委員会委員長の「原子力発電所を一日止めると一億円どころじゃない」という言葉が、動画に出ている。

 それにしても、「原子力30%、新エネルギー1%」という状態に、日本人はよく怒らないでいられたものだと思う。ドイツやスペイン、イタリヤなどでだったら、暴動が起きたかもしれない。イタリヤの国民投票で90%が原発に反対したというのに、震災後の日本の、朝日新聞社のアンケートでは50%が原発に賛成だとあった(このシリーズ「その3」参照)。日本人に、「強いものにまかれろ」の体質があるからだろうか?

2011年8月20日 (土)

原発問題を考える その13

  アメリカの会社を訴えられないのか?

 東日本震災のあと、被災者の冷静な対応に外国のメディアは驚嘆した。私もまた、天災に対しては致し方ない、と思ってしまうに違いない。私が現場にいたとしても、取り乱したりせず、おとなしく列に並んだりしたことだろう。どっちかというと、裁判に巻き込まれたりするよりは、泣き寝入りする方を選んでしまうかもしれない。

 しかし、前回書いた原発輸出に対するベトナム側の強かさを読んで、その点は改めなければいけないのではないか、と思い始めている。福島第一原発により直接間接に被害を受けた者たちは、技術提供したアメリカの会社や、実際に製作した会社、東京電力などを訴えるべきなのかもしれない。

 もしかすると、ベトナムと違って、アメリカの会社が責任を取るような契約にはなっていないかもしれない。裁判に勝てそうにないかもしれない。しかし目的は別にある。原発が日本に導入されるようになった経緯などをあぶり出し、世界に向かって告発する、というのが本当の目的である。

 私は常々、広島や長崎の被爆者たちが日本政府を訴えるばかりで、本来の加害者であるアメリカ政府をなぜ訴えないのか、不思議に思ってきた。外国での訴訟など億劫でもあり、金もかかるかもしれないが、インパクトはある。

 いずれにしても、外国での裁判は簡単ではないだろうな、とは私自身も認める。しかし少なくとも、東京電力を訴えることならば可能かもしれない。裁判の中で、重大事故の場合の保険がかけられていない点を追求すべきである。電力事業が私企業であるならば、近隣の住民に対して与えた損害は、保険や積立金などで、全額会社が補償すべきである。

 税金が回りまわっての国の金で、最後は面倒みてもらえるという安心感があるから、歴代の経営者は、安全対策をおざなりにしてきたのだ。そしてまた、各地域においては独占企業なので、彼らはまったく緊迫感を持たなくても済んできた。しかしそうした彼らも、事故を起こせば責任を問われ、告訴されることもあるのだ、となれば、他の電力事業者への警告にもなるだろう。

 現在既に(715日)、広瀬隆氏らが、東京電力や放射能の危険性を軽視する学者らを刑事告発した。彼の著書の発売にからめた点に疑問を感じないではないが、私としては、「よくぞやってくれた」の思いがする。この新たな動きに対して、日本国民や司法がどのような反応を示すか、経過を見守りたい。http://youtu.be/lE_zLyBayjY

 ところで、何故ベトナムへ原発輸出するのか? それも前回引用したような、信じがたいほど向こうにとっての好条件のもとに、である。

 それに対する答えは、「企業の海外逃避」ということにある、と私は考えている。もともと企業は、労働力の安い海外へ逃げて行きたいのだ。しかし中国では、沿海州での労賃は既にして上がり、対日暴動の可能性、日本の技術の流出、特許を巡るトラブルなど、さまざまな問題が生じている。そこで、ベトナム他の東南アジアへと進出したいのだが、それらの国では、生産工場を支える電力事情が安定していない。

 ベトナムに原発を建てたいのは、ベトナム自身であるよりは、そこに生産拠点を移したい日本企業の方なのだ。そう考えると、ベトナム政府に足元を見られている理由がはっきりする。

2011年8月17日 (水)

原発問題を考える その12

  原発を買うベトナムは強(したた)か

 このシリーズの「その4」で書いたように、東日本大震災の直前に出た「世界」(岩波書店、20111月号)という雑誌に、「原発輸出」という論文が出ている。そこから、少し長くなるが引用する。

[2010年10月31日、菅直人首相はベトナムのグエン・タン・ズン首相とハノイで会談し、ベトナムが同国南部のニントゥアン省フォンディンに計画している100万キロワット級原発2基の建設を日本が受注することで合意した。

報道によれば菅首相はこの際、資金の優遇貸し付けや技術移転、人材育成などの面で、ベトナム側の示した条件を受け入れると確約したのだという。詳細は明らかにされていないが、10月22日付け『日刊工業新聞』によれば、ベトナム側から求められていた「条件」とは次の6つのようだ。

①先進的な設備の導入②人材育成③資金④燃料供給⑤使用済み燃料を含む放射性廃棄物処理⑥技術移転

これが事実だとすれば、ベトナムは原発のことを大変勉強しており、かつ大変強(したた)かで抜け目のない要求をしていることになる。誰が入れ知恵をしたのかは知らないが、原発が抱える課題や弱点をきちんと見抜いているからだ。]

[原発輸出でカネ儲けしたい日本の下心を逆手に取り、日本のカネを使って原発を建て、さらには廃棄物まで日本に引き取らせる――。さすがは米国を戦争で打ち負かしただけのことはある強かさだ。]

[2008年にベトナム国会で可決された「原子力法」には原発事故が起きた際の損害賠償に関する定めもあり、賠償責任限度額(日本円で約200億円)を超える損害については、電気事業者の負担などに基づく「支援基金」を当てることになっている。目を引くのは、この「支援基金」を設立するにあたり、外国の企業や個人、そして国際的企業からの「支援」まで当てにされていることだ。

つまり有事の際、建てた原発メーカーやその後見人としての日本政府が連帯責任を追及されることや、損害賠償の肩代わりを求められる可能性も、決して空想次元の話ではない。]

 何とも、向こうにばかり甘い取引である。しかも、こうして福島第一原発の事故があった今となってみると、「空想次元」どころではない、非常に現実味を帯びた話になってきた。ベトナムへの原発輸出は、福島第一原発のおかげで、お流れになっていればいい、と願う。さもなければ後世の日本人が、莫大な損害賠償をさせられるようになり、ひょっとしたら国そのものが潰れてしまうかもしれない。

 それにしても、強かな外国の指導者に比べ、日本の政治家はなんと甘いのだろうか。今回それは、たまたま菅首相であったが、それ以前の数多くの首相も同じで、海外に対しては非常に甘かった。彼らは国益よりも、外面ばかりを気にして振舞った。

2011年8月14日 (日)

原発問題を考える その11

  附子(ぶす)の甘き誘惑

 狂言に附子(ぶす)という演目がある。主人が二人の家来に、壷の中身は猛毒の附子(トリカブト)だから開けてはいけない、と言いおいて外出した。かえって好奇心を募らせた家来たちは、ついには開けてしまい、附子ではなく水飴(あるいは黒砂糖)が入っていると発見する。二人で全部なめてしまい、その言い訳を考える。主人が大事にしていた掛け軸をわざと破り、二人で相撲した折に破ってしまった、ということにする。そのお詫びに、附子を食べて死のうとしたが、死ねなかった、と帰って来た主人に言う。主人のウソを逆手に取ったわけである。

 原発のことを調べていたら、この附子のことを思い出した。ただし原発の場合には、逆である。「原子力平和利用」という蜜の味に魅了されて、上澄みをなめていたが、下の方には猛毒が混じっていた、というイメージである。

 この毒入りの蜜の壷のイメージは、放射性廃棄物処分場を誘致しようとする過疎の村や町にも当てはまる。巨額の交付金という甘い蜜の誘惑には、なかなか勝てそうにない。住民の反対運動によって一旦は拒否できたとしても、やがて、既成事実の積み重ねのあげくに、いつかこっそりと運び込まれ、封印されてしまうかもしれない。

 今までに、広島型原爆100万発以上ぶんの放射性廃棄物が溜まっている、という現実がある以上、それらはどこかに処分されなければならない。とすれば、今までに交付金という利益を得てきた町や村、既に穴を掘っている研究施設がある町や村、が狙われるのは目に見えている。

 そもそも、原発を日本に導入しようとした理由そのものも、利権という蜜の魅力だった可能性が強い。規模の小さい発電からは、利権が生じにくい。しかし、原発のような巨大な事業は、公共工事などと同様、大きな利権を生む。政治献金として党に金が転がり込むかもしれない。政治家に直接的な利得がもたらされるかもしれない。放射性廃棄物や、今回の事故のような毒の部分が広く知られていない間は、原発推進を正当化する大義名分もあった。産業立国である日本にとって、エネルギーの確保は不可欠である、と。

 そこで、国を挙げて、原発が事業として成り立つようにしてきた。そのためにはまず、原発による電気料金を、安く見せる必要性があった。

 放射性廃棄物の処理というもっとも困難で、不可能にも近い部分を、電力会社から切り離し、国が面倒をみるようにした。本来は、電力会社が共同でやるべき問題である。

 昔の海運業のようにリスクの高い事業は、船に保険をかけることが求められていた。原発のように事故の多い事業は、保険にかかっているべきである。原発による被災者への補償は、その保険から支払われなければならない。ところが原発が重大な事故を起こした場合、一私企業では払い切れないから、ということで、国が肩代わりすることになっている。

 つまり、原発による電気料金が、自然エネルギーなどによる電力に比べて安く抑えられているのは、リスクや廃棄物処理という負の部分が、国によって肩代わりされているからに過ぎない。

2011年8月11日 (木)

原発問題を考える その10

  トイレのないマンション

 科学誌「ニュートン」7月号の記事をもう少し引用する。原発反対派であることがはっきりしている本やサイトからの引用では、誇張が混じる危険性があるので、あえてニュートラルと思われる同誌の記述を選んだ。

[ガラス固化体の放射能が、そのもととなった燃料の製造に必要なウラン鉱石(約600トン)と同程度に減るまでには、数万年かかる。]

[ガラス固化体の処分方法として考えられているのが、ガラス固化体を金属や粘土で厚くおおったうえで、300メートルよりも深い地中に埋める「地層処分」だ。]

[現在、地層処分が最も現実的な方法だと考えられているものの、地層処分を行う処分場は世界でまだ一つも完成していない。スウェーデンやフィンランドでは埋め立て予定地は決まったが、日本では埋め立て予定地は決まっていない。この間にも、放射性廃棄物はたまりつづけている。]

 日本での埋め立て予定地については、動画サイトを数多く見て考えさせられた。一つ一つの動画は、ある特定な地方自治体の話をしているだけなのだが、それらがまとまると、日本の地方が抱えている大きな問題が見えてくる。

 2002年から、原子力発電環境整備機構という難しい名前の外郭団体が、放射性廃棄物の処分場になってもよい、という自治体を公募により募集している。ところが、応募した自治体はまったくなかった。

 ではどうするか? 地層処分の適地であるかどうか、資料を調べさせてくれたら、それだけで、10億円の交付金を出す、というのである。なんとも巧妙なセールス・テクニックである。「お代は一銭も要りませんから、ちょっとこの商品、お使いになってみてください」と物を置いていくやり方に似ている。

 高知県東洋町では、2006年に調査候補地に応募。町長派と反対する町民とで、町を二分する争議に発展。出直し選挙で町長が落選したために一件落着。滋賀県余呉町、奄美大島宇検村などでも応募した、あるいは応募を検討した、ということで問題になっている。この応募制度とは別なのかどうか、島根県との県境にある岡山県の人形峠では、ウラン鉱石採掘場があったことから、地層処分の候補地になっているようでもある。

 もともと、この地層処分の研究開発自体は、かなり昔から行われていたらしい。1993年には地層処分基礎研究施設ができているようだ。その後2001年に幌延深地層研究センターを作って、今も掘り続けている。幌延町を地図で確認すると、北海道の最北端、稚内に近い。ここでも、住民による反対運動が激しかったらしいが、研究だけだから、ということで折り合ったようである。さらに2002年、岐阜県瑞浪市でも研究所が作られ、研究用の掘削が行われている。研究だけとはいえ、名古屋の上流にあたるそんな場所に、どういうつもりで穴を掘っているのだろうか?

 このようにして日本の各地で、今も静かに、放射性廃棄物用の穴を掘る計画が進行している。原発というのは、自然界にも存在しないような猛毒をゴミとして、運転する限りは必ず排出するにもかかわらず、そしてその処分法がまったくないにもかかわらず、見切り発車してしまったのだ。この状態は、「トイレのないマンション」と呼ばれる。

 このたとえでじゅうぶん意味は通じるが、きれい過ぎるとも思える。「汲み取り業者の来ない旧式便所つきマンション」と言うほうが、実態をもっとよく表わしているのではないだろうか。やがては、深い穴を掘って埋めてしまえ、というわけだが、今のところはそれもならず、各原発の片隅で溜まり続けている。臭気ふんぷん、いや、放射能ふんぷん、である。

2011年8月 8日 (月)

原発問題を考える その9

  放射性廃棄物そのものが危険

 私が原発に対してはっきり反対と思うようになったのは、東北大震災の12ヶ月前のことに過ぎない。原発に対する反対運動というのは、数多くある反対運動の一つにしか過ぎない、と漠然とながら思っていた。放射能というものの怖さが、いま一つ掴み切れないからでもあった。

 おそらくは、東日本大震災の後でもアンケートに対し「原発はやむを得ない」と答えた者たちも、以前の私と似たようなものだったのではないか、と思う。目の前でばたばたと苦悶の表情で人が死んでいく流行病や戦争のシーンを見れば、当然衝撃を受けるが、放射能で10年20年後に死ぬ、と言われても、なかなか自分の問題とは捉えにくい。

 私が放射能を本当に怖いものであるかもしれない、と思い始めたのは、「マグマ」(真山仁著、朝日文庫。「地殻底のマグマ層 その4」を参照)を読み、疑問を抱いて、インターネットで調べるようになってからである。

 そのとき抱いた疑問とは、小説の中で原発に関わった研究者や技術者は、みな白血病やガンなどになり死んでいくが、それは小説における誇張に過ぎないのだろう、というものだった。さもなければ、誰がそんな危険な原発に関わりたがるか?と思ったのだ。つまりその段階では、原発反対の方にむしろ疑問を感じていたのだ。しかも当時はまだ、原発がそれほど危険だ、と悟ったわけでもない。いろいろ問題はあるものの、日本で爆発のような深刻な事故が起こることはないだろう、と漠然と思っていた。

 その代わりに、原発を稼動させると生み出される放射性廃棄物の処置に困っている事実が知れ、これは由々しき問題だぞ、と思った。(「地殻底のマグマ層 その5」参照)

 以前、原発の従業員が使用した衣類のはてまでが、放射性廃棄物として溜まっていく、という話をドキュメンタリーか何かで見たことがある。まるで、触ったもの全てが金になってしまうマイダス王の話みたいである。実際、チェルノブイリなどで事故死した遺体も、放射能を発する新たな危険物になってしまうのだそうだ。

 どうやら、放射性廃棄物は人類が作り出した最悪の厄介物のようである。しかも既に見たように、地殻底に埋めようとすれば地震が発生する。深海底に投棄すれば、海溝であってさえも海流で流されたり、容器が腐食して散乱したりするらしい。ロケットで太陽に射ち込めばいい、というアイデアもある。しかしロケットが発射時に事故を起こし、上空から世界中にまき散らされる危険性を考えると、アイデア以上のものではない。

 原発から出る使用済み核燃料は、巨大なトラックに載せられて、青森県の六ヶ所村に運ばれる。そこで硝酸に溶かし、ウランとプルトニウムを分離して取り出す。残った廃液は、ガラスの原料に混ぜて炉で溶かし、ガラス固化体にする。地下水などに廃液が漏れ出さないためである。それを、ステンレス製の「キャニスター」と呼ばれるボンベ状容器(高さ1.3メートル、直径43センチ)に入れ、地下に埋める。

 ところが、そうして作られたガラス固化体自体が非常に危険なのだそうだ。科学誌「ニュートン」7月号には次のようにある。

[ガラス固化体は、きわめて高い放射能をもつため、人間が何の防護もなしに近づくことはできない。生身の人間が直接ガラス固化体にふれようものなら、わずか20秒で致死量の放射線量を浴びることになるという。

ガラス固化体から1メートルの距離に、1.5メートルの厚さのコンクリートの壁を置くことで、ようやく人間にとって安全な放射線量になるほどだ。この高い放射能のため、ガラス固化体の製造や移動などを行う場合には、遠隔操作で作業が行われる。]

2011年8月 5日 (金)

原発問題を考える その8

 浜岡原発すら止められなかったのに

 石橋克彦氏が「科学」(199710月号)に書いた「原発震災」という論文において、予測している震災時の原発の様子は、福島第一で実際に起こったことに、驚くほど似ている。まるで事後に書いたかと思うほどである。

[配管の大破断や水漏れ、ポンプ・弁の故障などで冷却ができないと、燃料棒が溶けて崩れる炉心溶融にいたる。燃料棒被覆管のジルコニウムが高温で水と反応すれば、さらに発熱するとともに、水素爆発のもとになる水素が発生する。]

[津波に関して中部電力は、最大の水位上昇がおこっても敷地の地盤高(海抜6m以上)を越えることはないというが、1605年東海・南海巨大津波地震のような断層運動が併発すれば、それを越える大津波もありうる。]

[ある事故とそのバックアップ機能の事故の同時発生、たとえば外部電源が止まり、ディーゼル発電機が動かず、バッテリーも機能しないというような事態がおこりかねない。したがって想定外の対処を迫られるが、運転員も大地震で身体的・精神的影響を受けているだろうから、対処しきれなくて一挙に大事故に発展する恐れが強い。]

[耐震設計の違いによる原子炉建屋とタービン建屋の揺れ方の違いが配管に及ぼす影響、地盤の変形・破壊や津波(低くても)が運ぶ砂によって海水の取水・放水ができなくなる恐れなども無視できない。]

[冷却水が失われる多くの可能性があり(事故の実績は多い)、炉心溶融が生ずる恐れは強い。そうなると、さらに水蒸気爆発や水素爆発がおこって格納容器や原子炉建屋が破壊される。]

 地球物理学者である石橋氏が、原子炉の構造や水素爆発について詳しく知っていたはずはなく、原発反対派の科学者やジャーナリストたちによってそれ以前から常識的に言われ続けてきたことである、と推察する。たとえば、広瀬隆「東京に原発を!」(宝島社=JICC出版局、1981年、後に集英社文庫、1986年)、高木仁三郎「プルトニウムの恐怖」(岩波新書、1981年)などは、30年も前に、福島第一におけるような原発事故を正しく予告していたらしい。

 それでもなお、福島第一はおろか、もっとも危険だとみなされていた浜岡原発すら、東日本大震災前に止めることはできなかった。地元が望み、国が望む構図がある中において、正論は通らないのである。

 止められなかっただけではない。何十年にもわたる反対派の警告は完全に無視された。阪神大震災、スマトラ津波などによる、新しい地震や津波の情報に合わせての改良はまったく施されなかった。とすればこれは、全く想定どおりに起こった事故であり、完全な人災であった。

 そのようにして、電力会社と科学者と国と地元、という構造を見ていくならば、貞観地震による大津波という新しい情報が国や県に上げられたとして、それで何か具体的に、原発施設の改良をもたらしたとは到底思えない。つまり、日経サイエンス誌6月号にあるような形で、過去の津波の情報が実際に役立てられることなど、まずあり得ない。

2011年8月 2日 (火)

原発問題を考える その7

  地震学者も地震を分かっていない

 前回、“原発震災”という言葉の生みの親である石橋克彦氏の言葉を引用した。私が石橋氏の名前を知ったのは、彼の著書「大地動乱の時代」(岩波新書、19948月刊)が当時非常な話題になったからだ。いま奥付を見て、発行が阪神大震災の半年前であると気がついた。タイムリーでもあったようだ。私の持っているのは、1995年2月第6刷とある。震災後に買っている。阪神大震災を見て地震への恐怖を駆り立てられた日本人は、次に来るかもしれない、より大きな東海大地震を警告するこの本に飛びついたのであろう。

 このシリーズの「その4」の時に書いたように、岩波書店では、「世界」という雑誌の特集「原子力復興という危険な夢」からの3論文を無料で公開している。また、石橋氏が1997年10月の「科学」誌上に掲載した論文も、無料でインターネット上に公開している。

 石橋克彦氏の「原発震災」
http://www.iwanami.co.jp/kagaku/K_Ishibashi_Kagaku199710.pdf

 その論文は、浜岡原発が活断層上にないから「その直下でM6.5を越える地震が発生することはない」とする通産省の見解に、地震学の立場から反論を加えている。

[地下に大地震発生源があっても活断層はできない。つまり、活断層がなくても直下の大地震がおこる。現に、1927年北丹後地震(M7.3 、死者2925人)、1943年鳥取地震(M7.2、死者1083人)、1948年福井地震(M7.1、死者3769人)などは、いずれも地表地震断層を伴う海岸近くの直下地震だが、活断層が認識できないところで発生した。]

[そのほかにも1973年西津軽、1804年象潟(秋田・山形県)、1872年浜田(島根県)などのM7級地震が海岸付近で発生している。これらの地震では海岸部のいちじるしい隆起が生じたが、震源に対応する活断層は知られていない。]

 期せずして、「活断層調べて何が分かるのか?」という私の主張(地殻底のマグマ層その16)を補強してくれている。また、「その15」の図によって明らかにしたように、2つの羊かんのようなブロックを並べての、断層についての地震学の説明は、現実を表わしてはいない。

 そもそも、羊かんの内部にだけひび割れ、つまり断層を作る、ということは可能であろうか? 地下に巨大な震源断層があるはずだ、地上の活断層はその震源断層に繋がっているはずだ、というのは単なる仮定に過ぎない。地中に震源断層という亀裂が存在していることを、誰も証明したわけではない。実際に掘って証明することなど、永遠に不可能であるだろう。

 つまり、石橋氏が言うように「地震学者が地震をわかっていない」とすれば、それは、活断層が何であるかの考察をおろそかにし、現象だけを問題にしているからである。

 通産省をはじめ、原発の推進論者も、「地震学者が地震をわかっていない」ということは重々承知していると思う。その上で彼らは、まだ仮説に過ぎない活断層説を逆手にとって、原発を建てるためのお墨付きとして使っているのだ。地震に関する専門家の権威が利用されているに過ぎない。 

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