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2011年7月20日 (水)

原発問題を考える その4

  原発を地元が求める経済的構造

 このブログを書こうとして、日経サイエンス誌の、無料特集記事の出し方を再確認していたとき、岩波書店の「世界」という雑誌もまた、2011年1月号特集「原子力復興という危険な夢」からの3論文を、当分の間無料で公開していると知った。

①マイケル・シュナイダー氏(田窪雅文氏 訳)「原子力のたそがれ――米・仏・独のエネルギー政策分析から浮かび上がる再生可能エネルギーの優位性」
http://www.iwanami.co.jp/sekai/2011/01/pdf/skm1101-1.pdf

②明石昇二郎氏「原発輸出――これだけのリスク」
http://www.iwanami.co.jp/sekai/2011/01/pdf/skm1101-2.pdf

③葉上太郎氏「原発頼みは一炊の夢か――福島県双葉町が陥った財政難」
http://www.iwanami.co.jp/sekai/2011/01/pdf/skm1101-3.pdf

 どの論文も目からうろこの部分があり、素晴らしかった。①においては、原発の発電単価は上昇し続け、下降する再生エネルギーの単価と逆転することになるという。②においては、日本の金を貸すことによって獲得したベトナムへの原発輸出が、将来の日本へ利益をもたらすビジネスというよりは、事故などの場合の補償を負わされるリスクの大きな賭けである、と指摘している。この論文が東日本大震災の直前に書かれていることは注目に値する。日本の政治家はあまりにも甘い、と思った。

 ③においては、福島第一原発のある双葉町の財政の歴史をレポートしている。1960年、「地元の双葉町と大熊町の町長が、東電と県に誘致の陳情書を提出する形で、具体的な動きが始まった」そして「営業運転は71~79年、全6基で開始している」のだそうだ。地元からは、通常の企業誘致という感覚で受け入れられた感じがする。

[誰もが「農家しかなく、出稼ぎばかりだった」と語る土地が、首都を支える一大電力工場になったのだ。東京へ出稼ぎに行く替わりに、東京へ送る電気を製造するようになったのである。両町は東北電力の営業エリアなので、地元で使う電気ではない。原発は純粋に首都圏のためのものだった。]

[町には発電所や関連企業の固定資産税・法人税が流れ込み、一気に都市並みの税収になった。国の電源交付金も潤沢に注ぎ込まれた。町はそれらを原資にして公共施設を建設した。50平方キロほどの小さな双葉町はみるみる変わった。]

 ところがそれらの収入は一時的なものであり、やがて途絶えるか、減少した。

[町は次第に財政難の様相を呈した。

普通の自治体なら、足りない分は地方交付税が配分されるので、この程度では財政難にはならない。しかし、「豊かな財源」を背景に整備した施設の維持管理で経費がかさんでいた。何もなかった町は、ないものがない町になっていた。

91年、町議会は全会一致で「原発の増設に関する決議」を採択した。双葉町側に2機増設してほしいという誘致決議だった。]

[その後も町は事業のペースを落とさなかった。理由はいくつもある。

その一つは、豊かさに慣れた町民が町にどんどん要望するようになったせいだという。「隣町にあるのだから造ってほしい」という声で始まった事業もある。]

 ここには、なぜ原発が人口減少の町や村などに沢山造られてきたのか? に対する答えがある。構造的なものなのだ。

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