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2011年5月 2日 (月)

東北地方太平洋沖地震 その9

 金森教授、東京で地震に遭遇

 金森博雄氏は、台湾での3週間の後、ちょうど3月10日の夜東京に着き、翌日には、東京大学での会議に出席されたそうである。3月11日、午後1時半に始まった会議は、1時間と少し過ぎたころ、あのM9 の地震に襲われる。揺れはかなり長くまた強かった。とはいえ、命の危険を感じるほどではなかった。しかし建物の外に出るように求められ、会議はキャンセルになったそうだ。

 ホテルのテレビを見て思ったことは、私の印象と同じだったという。あの時の実況放送では、映像による衝撃、被害の大きさが、言葉として伝わってこなかった、という点に賛成していただけたのだと思う。

 メールの文中に、「13日にパサデナに戻って以来、何故あの地震が、予期せぬ形で来たのかを考え続けている」という言葉がある。金森氏にとっても、あの地震は驚きであったようだ。

 2005年の宮城県沖地震について書いた論文(2006)では、単純な固有地震のモデルでは解釈し切れないということを言いたかったのだそうだ。続けて、最近のGPS の結果を考慮すれば、巨大地震が来る可能性を排除できない、というような慎重な言い方をしている。ただし、その論文により、今回の地震を予知したと受け取られるべきではない、とも書いている。

 もともと金森氏は、自分の業績を誇る人ではない。ロサンゼルス・タイムズ紙の記事(「東大紛争のおかげで その2」2010-9-4 を参照)の中で、「ヒロオ・カナモリは、誰よりも地震のことをよく知っている。しかし彼は、他の学者より多く理解しているわけではない、と言うだろう」と記者は書き、彼の謙虚さを記事のメイン・テーマにした。

 2006年の論文以来、地震というものの多様性に興味を持ち、過去の地震を調べ直していると言う。ごく最近では、1907年のスマトラの奇妙な地震を調べているそうで、それについての英文の論文を、添付で送っていただいた。それを読むと、その地震が「津波地震」だったから、ということで興味を抱いたみたいである。

 津波地震とは、「地震は必ずくる」(阿部勝征著、読売科学選書、1990)によれば、次のようなものである。

[たくさんの津波のなかには、地震のマグニチュードの割に不相応に大きな津波を起こすものがあります。これを金森教授は「津波地震」と名づけました。この程度の地震かと思っても意外に大きな津波がやってくるわけです。それを地震計記録から即座に判断することはいまのところ難しいため、津波地震の存在は、津波予報のうえで大きな泣きどころとなっています。]

 遠く、昔のスマトラ島沖の地震を調べながら、金森氏の関心は、宮城県沖(あるいは三陸沖南部)に起こるかもしれない津波地震に注がれていた。論文の最後の方に、確かにそのことが触れられている。

 ただ、「津波地震が来る可能性が強い、とは言えても、確実に来る、と言い切れないのがつらい。あいまいな予測に過ぎないものを、どのようにしたら現実の災害軽減に結びつけることができるのか、それが問題である」と私へのメールの最後をまとめている。

 実際に、巨大津波をともなう超巨大地震が起こってしまった今になってみると、津波が来る可能性と地域までも当てていながら、論文の中でしか警告を発することができなかったことで、悔しい思いをされているかもしれない、と思う。

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