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2011年4月 7日 (木)

東北地方太平洋沖地震 その3

  謎だらけの巨大地震

 何故この地震が起きたのか? 私が見ている地震関連報道番組のあいだに1度か2度、科学者が登場して、この地震の発生メカニズムを解説していた。もちろん、プレート・テクトニクス説による説明である。

 しかし、この「2011年東北地方太平洋沖地震」ほど不思議な地震はない。地殻底のマグマの移動を仮定している私の仮説のほうが、西への、一方向のプレートの動きだけで説明しようとするプレート・テクトニクス説よりは説明が付けやすい。とはいうものの、やはり謎だらけである、ということは認めざるを得ない。

 まず3月9日、M7.3 の地震から始まっている。この地震に続いては、M5 とかM6 とかの余震が立て続けに起こっている。米国地質調査所の資料では、2日の間でそれらの余震発生回数は40に近い。私には群発地震のようにも見える。

 そしてそのすぐ隣の海域で、3月11日、M9.0 の本震がおこった。巨大な津波はこれによって発生した。

 ところがそのわずか22分後に、M7.4 の地震が本震の約200キロ北の方でおこっている(このあたりは、気象庁の資料と、米国地質調査所の資料では違っている。私はこの場合、前者を取る)。その次には、茨城県の海岸近くで、M7.7の地震が起こっている。M7.4 のわずか7分後である。一旦北に向かった地震がはじき返されて南に飛んだようにも見えるが、距離にして450キロを、移動のために7分というのはあまりにも短い。

 その後、もっと不思議なことが起こる。プレート・テクトニクス説の説明からすれば、地震はプレートがこすれあっている海溝よりも陸側の地下で起こるはず、と思われる。

 ところが、次の地震は海溝の海側で10分後に起こった。M7.5、本震のほぼ真東の、海溝をはさんでの反対側にあたる。私の仮説からしても、マグマ層がどのように繋がっているか、説明がつかない。PT説ならば尚のことであろう。

 さらにその後、PT説ではもっと説明しにくい地震がつづけて起こった。海溝型とは別の、活断層型だと言うのだが、それでは「一応名前をつけました」というだけにすぎない。我々が知りたいのは、何がどのようにして関連したのか、という点である。

 まずは本震の約半日後、長野県北部に震度6強の強震をもたらしたM6.7 の直下型地震。規模としては、新潟県中越地震や 新潟県中越沖地震とほぼ同程度なので、太平洋側の超巨大災害がなかったならば、かなり大きなニュースになったはずだ。

 その後で、被害がないのでメディアにほとんど取り上げられもしなかった奇妙な地震が、秋田県北部沖で起こっている。M6.4、マグニチュード的には長野県のよりいくぶん小さい、という程度である。 わずか47分後、距離は400キロほど離れている。移動したとは考えられないから、呼応したとでも考えるより他はない。

 そしてもう一つ。3月15日、約3日半後に今度は静岡県東部で、M6.4 の地震が起こった。

 地震というのは、もともとこのようにあちこちで起こったりするものなのだろうか? まるで悪魔が地中で、玉突きでも遊んでいるかのような、あるいはピンボール・ゲームのような、なんとも不思議な地震群である。

311_2 

   月日   分  M  深さ(km)

    ① 3-9 11:45 7.3 8

 3-11  14:46 9.0 24

 3-11 15:08 7.4 32

 3-11 15:15 7.7 43

 3-11 15:25 7.5 34

 3-12 03:59 6.7  8

 3-12 04:46 6.4 24

 3-15 22:31 6.4 14

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