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2011年4月15日 (金)

東北地方太平洋沖地震 その5

  前兆はあったのか?

 小さい地震の前兆はとらえにくい、と言われたりすることがある。ということは逆に、大きな地震の前兆をとらえるのは簡単なはずである。今回の、M9.0 もの超巨大地震となれば、当然前兆はあっただろうし、予知に成功したという話の一つや二つ、ありそうなものである。

 インターネットの調べ方が悪いのか、今回の地震を短期予知していた、という話を見つけることはできなかった。あるいは、阪神・淡路大震災のときのように、こういう前兆をとらえていた、という話は、これから出てくるのかもしれない。

 東大地震研のサイトを調べていたとき、金森博雄氏の名前を3箇所で見つけた。別々の研究者たちと別々の共同研究を今までにしてきたみたいで、アメリカにいながら、凄いものだな、と思った。その一つは、宮城県沖の過去の地震波形の研究から、将来起こり得る地震の可能性を予測している。2006年に書かれた論文である。

[過去70年間の地震に伴う滑りは、プレート運動に伴う歪みの蓄積の約1/4しか解消していない。また過去1400年間に宮城県沖から銚子沖にかけて巨大災害地震は起きていない。]

 という言葉もある。もしもこの論文が、今回のような巨大地震を想定していたのだとしたら、たいしたものである。

 3月11日から釘付けになってテレビを見続けていたら、その翌日だかに、小学生約50人がヘリコプターで救出された、というニュースが流れた。彼らが救出された船の名前に記憶があり、はてな?と思った。「ちきゅう」という名前のその船は、マントルまで掘りぬくことを目的とした地球深部探査船である。掘削するためのパイプの全長は、1万1000メートル、水深4000メートルの海底から、7000メートル下のモホ面に到達することもできるといわれている。

 この船については、「地球の内部で何が起こっているのか?」(平朝彦他著、光文社新書、2005年)という本に詳しい。ついでながら、この本に次のような記述がある。

[平朝彦は、当時地球科学におけるリーダー的な存在であった東京大学地震研究所上田誠也とともに、同報告書に新しい深海掘削の課題計画を提案した。]

 上田誠也氏は、新しいことが始まると、その先頭に立つ人であるようだ。

 「ちきゅう」のホーム・ページには、次のような文章もある。

[「ちきゅう」は科学史上初めて巨大地震の震源まで掘削し、そこを直接観測し、地震がなぜ発生するのか、そのメカニズムを解明します。また、掘削した孔(あな)には観測装置を設置し、地震発生と同時に、その情報を陸上へすばやく伝えるシステムを目指しています。]

 というわけで、「ちきゅう」は八戸沖で津波を逃れて沖合いに出、というニュースを聞いたとき、三陸沖が次に危ない、という情報を得ていて、そこに移動したばかりなのだろう、と思った。この1月には熊野灘で、東海地震の震源域を試験掘削していたはずなのだ。

 残念ながら、そこまで地震予知できていたわけでもないらしい。地底の生命圏がどこまであるかを調べる、他のプロジェクトのためだったみたいである。

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