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2011年4月 3日 (日)

東北地方太平洋沖地震 その2

  海底でよみがえった「ゴジラ」

 10年以上前に、金森博雄カリフォルニア工科大学元地震研究所長とお会いしたとき、吉村昭の「関東大震災」(文春文庫、1977)を薦められた。その後何年か経って、何かの折に買ってはあったものの、そのころは興味が地震から離れていたので、長いこと積読(つんどく)になっていた

 金森先生と昨年7月にお会いしたとき、再び吉村昭の話が出た。

 「作家というのはたいしたものです。感心するほどよく調べています」

 というわけで、その後の9~10月に日本に行ったとき、今度はその時に薦められた別の本「三陸海岸大津波」(文春文庫、 2004)を、本屋で積極的に探してみた。

 今回、それら2冊の本を読んで私も感心した。「関東大震災」など凄(すご)すぎる。どちらも、地震に関係している者すべてが読むべき本である、と思った。さすがに、地震学者の金森先生が推薦しただけのことはある。

 「三陸海岸大津波」は、1896年、1933年、三陸沖で発生した地震に伴う津波、1960年の地震を伴わないチリ地震津波、の3つの津波を扱っている。それぞれの津波に個性があり、襲ってくる時間も地震の規模も違う。

 たとえば1896年のときは、マグニチュードはたかだか6.8に過ぎず、震度もわずか3でしかなかったのに、死者2万人を越える被害をもたらした。3つの地震のどれもが夜、もしくは早朝に来た。暗闇の中を逃げるのも辛いだろうし、明け方にぐっすり眠る私などは助からない。

 今回の地震は、日中に来たことだけがそれらと違う。しかし、津波の規模、来る速さにおいて、それらをはるかに凌駕(りょうが)していた、と思う。

 この本の解説を書いた作家の高山文彦氏は、「三陸海岸大津波」を読んで、「ゴジラ」のことを思い浮かべた、と言う。

 「ゴジラというのは、人類が作った核兵器に対する象徴なんです」

 とは、本多猪四郎監督からじかに聞いた。本多家との個人的なつながりについては、「清張氏の、守られた約束」の第5章、第6章で扱ったので、やがて、このブログにも掲載する。

 後に、「本多猪四郎『ゴジラ』とわが映画人生」(実業之日本社、199412月)という本を読み、その言葉に秘められた深い思いを知った。

[水爆みたいなものを考えた人間というのは、いい気になって自分たちの勝手をやっていたら、自分たちの力で自分たちが完全に滅びる。自分たちだけじゃなくて、地球上すべてのものを殺してしまうかもしれないほど人間というのは危険だ。]

 いま、東北地方太平洋沖地震、津波、福島原子力発電所、という一連の大惨事を見ていると、本多猪四郎氏の不吉な予感が現実になった、と思われてならない。

 三陸沖の海底でよみがえった「ゴジラ」は、津波とともに上陸し、原発に居座り、放射能の火を吐き続けている。

 何とか、映画の結末のように、「ゴジラ」を、見事に退治してほしいものである。

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