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2011年3月

2011年3月31日 (木)

東北地方太平洋沖地震 その1

(現在連載している「地殻底のマグマ層」については、全部で25~6回分になり、一応下書きは書き上げた。しかし、「東北地方太平洋沖地震」という超巨大地震が起きたので、それについてを書き、「地殻底のマグマ層」は中断し、この連載の中に挿入する。)

  東北地方太平洋沖地震

 3月10日、夜10時(日本時間11日午後3時)、日本語のテレビ番組を見ていたとき、画面が津波のシーンになった。漁港の風景は、その後に続く悲惨さを思わせるものはなく、人影はさすがにないものの、いかにも日常的であった。駐車している車が何台もあり、休日ではない、と思わせた。何よりも、海岸線と平行な高架道上の車が、慌しく両方向に行き交い、人々の活動を示していた。

 波止場を乗り越えた水も、最初のうちはさほどの量ではない。津波の規模も、予想は3メートルとか6メートルとあるものの、実際に到達した第1波の高さは、20とか50センチでしかなかった。ああ、たいしたことなくてよかったな、とそれを聞いて思った。

 マグニチュードも7.9、大きいことは大きいが、超巨大という感じはしない。アナウンサーは逃げるように、としきりに警告をくり返しているけれども、常套句を言っているに過ぎないのだろう、と思っていた。ここ数年の日本での、地震に伴う津波は、たいてい予測よりは小さなもので終わっていた。

 車が押し流される次の場面が映し出されたとき、事態がただならぬものであることを察した。さらに、町の中から田畑へと、木材の残骸を含む、黒い水流が進んで行く異様な光景を見たとき、これは、2004年スマトラ島沖の津波よりも強烈だ、と思った。あの時は、22万人もの犠牲者が出たとはいえ、建物の被害が今回ほどではない。同じ木造であっても、2階のベランダから撮影して平気だったように記憶している。今回は、ブルドーザーで根こそぎ土地をならしていくかのような、恐ろしい水の力に目を見張った。1万人以上の犠牲者が出るかもしれない。その時に思った。

 ところが、アナウンサーの報告する死者数は、非常に小さな数から始まった。そしてやがて、「死者は1000人を超す模様」と言うようになり、それが丸一日以上続いた。

 阪神淡路大震災のときにも同様な報道があり、疑問に思った。警察や自治体などに入った各地区の集計を、そのまま発表してしまうからだろうか、あの時も、非常に小さい死者数から始まった。それでは、かえって事態の深刻さが伝わらない。

 その当時、毎日新聞科学部長・論説委員だった横山裕道氏の著書「次の大地震大研究」には次のようにある。

[各自治体は正確な情報をつかむことが出来ず、兵庫県知事から自衛隊の出動要請があったのは午前10時と地震発生から4時間以上も経過していた。また、政府が非常災害対策本部の設置を決めたのは10時を回ってからだった。そのころ分かっていた死亡者の数はわずかで、「未曾有の災害になるのでは」という意識は防災担当の国土庁を含めどこにもなかった。

正午過ぎの政府・与党連絡会議の冒頭、五十嵐広三・官房長官が、「正午現在の死者は203人」と最新情報を報告した。これを聞いて村山富市首相は、「エーッ」と驚きの声を上げた。それでもまだ事態の深刻さを十分理解していなかったのか、首相が「関東大震災以来の最大の都市型災害」との認識を示したのは午後4時の記者会見の席だった。]

 こういう重大な災害時には、全体像が把握できるようになるまでの初期の間、集計中の数字は一切発表せず、映像と、地震の規模と、死者数の予想推計だけにした方が、かえって良いのではないか、とそのとき思ったが、同様なことが今回も繰り返された。

2011年3月27日 (日)

地殻底のマグマ層 その10

  深い穴を掘ってみたら……

 5年3ヶ月続いた私のニュースレターには、かなり多くの科学者からも手紙があり、それに対する論争で、私と私の仮説は鍛えられた。なかでも激しくやり合ったのは、ローレンス・コーリンズという地質学の教授であった。最初に彼からの手紙を貰ったのは、彼がカリフォルニア州立大ノースリッジ校を退職して名誉教授となる半年ほど前のことである。そして偶然にも、その半年後には、阪神淡路大震災の姉妹地震とも言うべきノースリッジ地震が、その大学近くを震源として起こった。

 彼は、地殻底に私が仮定しているマグマ層について批判してきた。現在の地震波による観測からすれば、そのようなものが存在するはずはない、というのである。

 彼への反論には、“PHYSICAL GEOLOGY”(Charles Plummer & David McGeary, 5th ed., 1991) という本が役に立った。どうやら、学生に大量に買ってもらうために、教師に無料で提供された教科書のようである。コーリンズ氏が退職する時に、私に送ってくれた。結果的には、反撃のための武器を提供してくれたようなものである。

 それは、北極圏内のムルマンスク市近く、コラ半島で、旧ソビエト・ロシアが1970年から掘り始めた深い穴について、である。1994年7月号の私のニュースレターに、その教科書から引用した。同じ内容は、島村英紀氏の「地震は妖怪        騙された学者たち」(2000年)にもあり、そちらの方がより詳しくわかり易いので、そこから引用する。

[世界でいちばん深い穴は、いま約12・6キロメートル。いま、と言ったのは、この穴掘りは15キロを目指して、掘り始めてから、なんと25年間も掘り続けられているからである。……

この世界一の穴は、数多くの新発見をもたらした。

地表から探っていた研究方法で想像していた地下のありさまは、大ハズレ、であった。地球物理学者が地表のデータから綿密な計算をして推測していた地下の温度も、10キロの深さでセ氏100度だったはずが、200度もあった。

もっと違ったのは岩の種類だった。もともとこのコラ半島が穴掘りの場所に選ばれたのは、地球の歴史のなかではかなり古い大陸で、それゆえ日本のように複雑ではなくて安定した地殻の見本のようなところだからだった。その地下は教科書に載っているような典型的な大陸の地殻構造のはずだった。

つまり花崗岩質の層が玄武岩質の層の上に載っている構造である。世界のほかの大陸の地下も、ほぼ同じ二層構造だと思われている。コラ半島では、その二つの層の境は7キロメートルだと推測されていた。つまり深層ボーリングで掘り抜ける深さのはずだった。

その境とはどんなものか、なぜそこにそんな境があるのかは、よく分かってはいない。間もなく解明されるはずの謎解きに世界の期待が集まっていた。

ところが、掘っても掘っても、出てくるのは花崗岩質の岩ばかりなのであった。

科学者たちはキツネにつままれたようなものだった。教科書に書いてある「事実」はおろか、過去の研究の権威が問われるほどの事態になってしまったのである。]

 この引用を一つだけ補足しておく。ここには、「地表から探っていた研究方法で想像していた地下のありさま」とあり、その研究方法を明記してないが、私の上記の教科書には「この地帯の地震学的なモデルが間違いである」とある。つまり、地震学だと特定されている。

 ついでながら、そこには、「コラの穴は、現在掘られている11の穴のうちで最も深いものである」という記述もある。超深層の穴を、複数同時に掘っているとは、驚きである。凄い発想、というべきかも知れない。やはり、ロシアは大国だ。

2011年3月23日 (水)

地殻底のマグマ層 その9

  地殻底を調べてほしい

 近頃日本では、「地震予知はできない」という考え方のほうが、主流派になってしまったようである。その最大の理由は、「出来もしないのに、予知が可能であるかのように主張して、巨額の予算を獲得するのは許せない」ということなのだろう。

 しかし、地震予知に向かっていた予算を、「地球内部の姿を知るための、地震波の研究に使いたい」ということであれば、疑問がある。

 ここで「地球内部」というのは、マントル以深の、人類が決して到達できない場所のことを私は意味している。そのような場所を地震波によって調べても、本当に正しいのかどうか、検証の方法がない。つまり、反証も出来ない分野なのである。現在、地球内部トモグラフィーによって、地球内部の姿が、医療におけるCTComputer Tomography)スキャンと同じように、3次元的画像として映し出せる、とされている。しかしながら、それら両者のトモグラフィーの間には、決定的な違いがある。医療用の場合、患者の内部を切って確認できるのに、地球の場合には、永遠に不可能である。

 しかも、地球内部トモグラフィーに使われる地震波の解釈には、疑わしい点もある。地震波が、本当に地球内部の姿をそのまま反映しているかどうか、今の段階では確言できないはずなのである。それについては、次回もっと詳しく話す。

 したがって、「地球内部を地震波で調べる」というだけならば、社会に有用な結果がもたらされるとは考えられない。本来は、趣味的な「オタク」の世界でしかない。地震予知のほうが、まだしも社会に役立つかもしれない可能性を秘めている。事業仕分けされるべきはどっちか、言うまでもない。地震波による地球深部研究からこそ、予算が削られなければならない。

 ただし、「地球深部」を地殻底、もしくはマントル上部と限るならば、そこは、検証可能性を持っている領域である。そして、社会に大いに役立つだろうし、有用な情報を数多くもたらしもするであろう。

 例えば、雲仙岳が噴火した時、地震波の観測によれば、明らかに、マグマ溜まりが地底を移動して、火口に向かった。そのようにしてマグマが地底に実在する間に、人工地震によって、そうしたマグマ溜まりを特定する実験を行うべきである。そうすれば、人工地震とマグマ溜まりの対応が可能となる。

 それは、知的な興味だけではない。地熱発電とのからみで、数多くの実用的な情報も得られるはずである。

 地熱発電では地震が起こらない、というのが事実であるとすれば、デンバーのような誘発地震との違いは何であるのか? 地震学者、火山学者がこぞって研究対象として欲しい、と願う。

 地表にもはや秘境がなくなり、惑星空間も、深海底もほぼ探求されてきた現在、地殻底こそは、最も知られざる秘境であるだろう。しかもそこを知ることは、火山や、地震の本質に繋がる現実的な利点をも持っている。

2011年3月18日 (金)

地殻底のマグマ層 その8

  PT説は「あと出しジャンケン」

 大陸移動説、プレート・テクトニクス説を例にして、理論の体系について考えてみよう。

 大西洋両岸の大陸は、海岸線が相似であることや、化石や地層のデータなどから、「それらはかって、一緒にくっついていた」という仮説が生まれた。

 その後、「大陸は移動する」「マントルには対流がある」「大陸のみならず海底を含む地殻全体が、プレート状になって水平移動する」などが大前提(公理)として認められ、それらから数多くの理論(定理)が演繹的に導き出される。

 それは、3つの公理から階層的に数多くの定理が導き出される、ピラミッド型の幾何学の体系と同じである。

 そのようにして導き出された理論(定理)には、例えば、「プレートの移動によって、断層にはストレス(歪み)がかかっている」というようなものがある。そこから、「ストレスがあれば、摩擦により、そこに熱が発生しているはずだ」という予測、あるいはモデルが生まれる。

 その予測に基づいて、カリフォルニア、カホン峠で深い穴が掘られた。そこは、有名なサンアンドレアス断層が南北に走っているところであり、断層の西側は少しづつ北上していて、いまにロサンゼルスの一部がサンフランシスコに接近する、と言われることもある。

 しかし、そこに期待されていた熱はまったく発見されなかった。私がその観測とその結果を初めて知ったのは、友人から送られてきたニューヨーク・タイムズ紙1992年4月14日号の記事によってであった。いま、その記事を引用した私のニュースレターを読み返してみると、「断層を動かなくしている接点であるアスペリティ(表面のざらざら)が外れた時に地震が起こる」という定説に反する事実がいくつか出ている。例えば、1989年、サンフランシスコに大被害をもたらしたロマプリータ地震のとき、震源近くのサンアンドレアス断層はまったく動かなかった。そればかりか、その余震を調べると、それらは断層に平行であるどころか、統一性もなく、勝手気ままな方向に向かっていたと言われる。

「サンアンドレアス断層に歪みが溜まっていない」という観測事実は、プレート・テクトニクス説から導かれる予測に対する反証であるはずである。ところがそれは、「謎(なぞ)」と言われるだけで、PT説の存在そのものをおびやかす「反証」、とは見られていない。 

 では一体、どのような観測事実が見つかれば、PT説は成り立ち得ないのか? PT説に反証性はあるのか?

「ヤスーンという天体が落下して、大陸になった」という私の仮説には、反証性がある。その仮説からは、「地殻底には、いまも圧縮されたマグマ層があるはず」というもう一つ別の仮説が導き出されるため、実際に地殻底までの穴が掘られ、そこにマグマ層がなかったとすれば、私の仮説体系全体が否定される。

 ところが、PT説においては、予測に反して出てきた「反証」をすべて「謎」として処置してしまうため、説明だけの体系になってしまっている。つまり、既知の現象を説明するばかりで危険を冒すことも、スペキュレートすることもない。それでは、相手の手を見てから出すジャンケンと同じである。プレート・テクトニクス説は、「あと出しジャンケン」なのである。

2011年3月12日 (土)

地殻底のマグマ層 その7

  実験、実証が必要なくなると

 プレート・テクトニクス説に対する最大の不満は、反証性がない、という点である。

 科学における説が正しいか間違っているか、を決めるものは、自然界における証拠、あるいは実験によって得られる結果である。この点が、信じるか否かだけを決め手とする宗教とも違うし、多数決によって決定される民主主義とも違う。

 クリスチャンの学校で、毎日聖書の言葉を聞いて育ってきた私は、小学校5~6年生の頃になると、すっかり科学の言葉の方を好むようになった。聖書の中にある数々の奇跡の話は、イエスを偉大と思わせるどころか、かえって、キリスト教の体系そのものを疑わせた。

 ただし、自分自身が科学者になれるほど頭が良い、とは思っていなかった。どっちかというと科学的な本を読むのが好きだ、という程度でしかなく、有名な科学者たちは、遠くから尊敬の目で見るだけ、の存在でしかなかった。

 ところが、偶然に大陸の起源説を思いついてから、乗りかかった船を今さら引けない、ということで前へ前へと進み続けた。そうして長いこと、科学の世界に接近してみると、科学界は、必ずしも冷徹な論理で成り立っているわけではない、と知れた。

 権威ある学者の思いつきに過ぎない説が、あっという間に学界全体に広まったりする。疑問や批判が出ることはめったにない。宗教の世界の対極にある、と思ってきた科学の世界、必ずしも、証拠と実験とだけが幅を利かせる理性の世界、というわけでもなかったのである。

 本来ならば、アーサー・ホームズが「大陸を動かした原動力は、マントルにある対流だ」と言ったとき、何回も何回も対流実験が繰り返され、大陸を動かすような対流というのがあり得るか、検証すべきであったのだ。ツゾー・ウィルソンが「太平洋底は方向転換した」と主張した時、方向転換する対流があり得るか、を調べるべきだったのだ。

 地球規模の実験など出来ないのも確かだろう。しかし怖いのは、それが口実となり、地球科学を科学たらしめていた碇(いかり)が切れてしまったことである。ひとたび「大陸は動いていいのだ」となり、そしてそれに対する厳密な実験は必要なし、となってみると、無数のアイデアが発表されるようになった。今では、地球科学は漂流状態、「言った者勝ち」の世界である。これは本当に科学なのだろうか?

 例えば、地球の内部にはホット・スポットという、マントル対流とは別の熱流システムがある、と言われる。しかしながら、マントル対流でさえも実験的に証明されたわけではない。ホット・スポットとなると、更なる飛躍である。循環型の対流にからむ別の上昇流があることを、どういう実験により、証明できるだろうか?

 地表から見てもっともらしく思えるホット・スポットも、マントル下部の上昇開始点から考えてみると、それは仮定でしかない。丸い地球の中のどこであっても、上昇開始点となり得たはずなのに、なぜ不動の特異点が、現在ある位置にだけ出来なくてはならなかったのか? 地球そのものを掘り抜くことが出来ない以上、それは、実証することも反証することも永遠に不可能な、お話に過ぎない。

 そして、ホット・スポットという概念から発展したプリューム・テクトニクスは、お話の度合いをさらに強め、PT 説を信じない者には、まるでおとぎ話のようである。

 宗教の言葉は、多くの場合反証不能である。「神がいる」ということを誰も否定することは出来ない。それは、信じるか否かの領域の問題だからである。「幽霊を見た」「UFOを見た」というのも同じである。それらは、反証不能なのだ。プレート・テクトニクス説もまた、反証性を失い、宗教の領域に近付いている。

2011年3月 9日 (水)

地殻底のマグマ層 その6

  誘発地震と地熱発電

 真山仁氏の小説「マグマ」を読みながら、不思議に思ったことがある。地下に水を注入したら、地震が起こるはずなのに、そのことにはまったく触れていない。地震学者の間で常識のように知られているデンバーでの、注入された水と地震との関係は、地熱の研究者の間で問題にもなってないみたいである。

 圧力が問題なのだろうか? デンバーの場合には、注入する水に圧力をかけていたという。この前引用した島村氏の文章(「地震は妖怪 騙された学者たち」講談社+α新書)の先には、圧力と地震の数との相関関係が書いてある。

[そればかりではなく、注入量を増やせば地震が増え、減らせば地震が減ることも分かった。1965年の4月から9月までは注入量が増え、最高では月に3万トンと、いままでの最高に達したが、地震の数も月に約90回と、いままででももっとも多くなった。液体を注入することと、地震が起きることが密接に関係していることは確かなようであった。

一方注入する圧力は、時期によって自然落下から最高70気圧までのいろいろな圧力をかけたが、圧力が高いほど地震の数が多かった。]

 地熱発電の場合には、取り出す熱水の方が主であり、注入する水は従である。したがって、圧力が岩盤にかけられるわけではない。

 もともと私の仮説において、地殻底の圧縮されたマグマ層を動かす原動力の一つは、冷却、もしくは熱である。イメージとしては、鉄板の上の1滴の油である。温度が低いと、その油滴は小さく固まろうとする。温まると広がる。

 つまり、温暖な時代には、地殻底のマグマ層は、大陸の周辺部、もしくは海洋底へと拡散する。ところがそのような時代が長く続き、放熱すると冷えて、マグマ層は大陸の中心部へ集まろうとする。

 そしてもう一つの原動力は、大陸の重みである。マグマ層が放熱して冷却すると、固化したマグマ層が下から、あるいは噴出して上から加わり、大陸を厚くする。そのために、厚くなった大陸の重みが、マグマ層を今度は周辺部へと押し出す。鉄板の油滴の上に、ガラス板を載せたようなものである。

 冷却(あるいは熱)と大陸の重み、という二つの原動力によって、地殻底のマグマ層は、世界中の大陸や海洋底下を動き回る。大陸下か、海洋底下かのどちらに、より多くのマグマ層があるかによって、地球史の時代の特色が決定される。

 このようにして絶えず動き回る地殻底のマグマ層は、その行く手を阻まれた時にのみ、そこに歪みが蓄積され、やがて岩盤の破壊が起こり、その時に地震が発生する。あるいは、「地震は、地殻底における横向きの噴火だ」と言ったらもっと分かり易いだろうか。

 というわけで、デンバーの、水と地震の話を初めて読んだとき、注入された水のもたらす温度と圧力の変化が、地震の原因だ、と思った。しかしこうして、冷水を注入する地熱発電で、地震が誘発されないのだとしたら、地震の主因は、温度ではなく圧力である、とみるべきかも知れない。

 高温岩体発電ではそのものずばり、地下の岩盤に冷水を圧入し、ひび割れを人工的に作るという。その際に、地震は起こらないものなのだろうか? デンバーの場合に比べ、圧力が小さいのだろうか? それとも、この場合にも圧力を抜く別のパイプがあるからだろうか? 

2011年3月 4日 (金)

地殻底のマグマ層 その5

  原子力発電の本当の怖さ

 投資ファンドを扱う外資系企業の話を書いた「ハゲタカ」は、NHKでもドラマ化(2007年)され、評判になった。連続6回にわたるそのドラマは、緊迫感のある展開で私も引き込まれた。松本清張氏の棚の前で、「マグマ」というタイトルの本を取り上げる気になったのは、そのタイトルもさることながら、著者の「真山仁」の名前を憶えていたからでもある。「ああ、あのドラマの原作者か」と思った。

 今これを書くためにネットで調べてみると、あのドラマは数々の賞も得、後に映画化(2009年)もされている。面白いことに、小説「ハゲタカ」(2004年)の方は、出版されてすぐに売れたわけではなく、NHKのドラマの後で急激に売れ出したみたいである。

 「マグマ」も、「ハゲタカ」と同系列の作品というべきかも知れない。外資系の投資ファンド会社に働く社員(この場合にはハゲタカと違い、女性を主人公にしている)が、地熱の開発会社に乗り込み、地熱発電を立ち上げるまでの物語である。別府、湯布院近くが舞台とされているが、伽藍岳、由布岳、鶴見岳などの、実在の山以外の地名を、私の手許の地図で見つけることは出来なかった。あるいは、発電所の所在地、そしてその近くのローカルな温泉地などは、フィクションなのかもしれない。

 地熱発電の原理は簡単である。温泉の源泉を探し当てるのと同様、地下にある高温の貯留層を掘削して探し当てる。地下にあって200度以上ある熱水は、地上に出てくると、減圧して気化する。その蒸気を使ってタービンを回し、使用後の水は、別の井戸から注入し、元の貯留層近くに戻す。そして、地下に戻された水は再び熱せられて地上に出てくる。つまり循環型のシステムである。

 小説に出てくるもう一つのシステムは、高温岩体発電と言われるものだ。地下にある熱水の貯留層を探し当てられないとしても、地下の深いところには、高温の岩盤がある。掘削してそこにパイプを通し、高圧の水を注入すると、岩盤である花崗岩に亀裂が入り、人工的な貯留層を形成する。それから後は、通常の循環型発電になる。小説ではその両方のシステムが併用される。

 さて、この小説においては、地熱に対比して、原子力発電は、排除されるべき悪として描かれている。原子力発電に関わった研究者、技術者が何人も、放射線を浴びたために死ぬ。原子力発電推進派の学者や電力会社の経営者が、激しく敵対する。

 この本のそうした記述に刺激され、原子力発電のことをインターネットで調べてみた。原子力発電の本当の怖さは、チェルノブイリなどの大惨事は別として、発電所内における放射線被曝とか、事故とかの、直接的な被害ではない。もっと目に見えにくい放射性廃棄物である、という気がしてきた。それらは、時々刻々と溜まっていき、後世へのツケとして残される。

 日本中で、何箇所もの核施設から出される放射性廃棄物は、今現在、どのように保管され、どのように処理されているのだろうか? いや日本だけではない。世界中に、日本の何十倍、何百倍もの核施設がある。それらが、何百年、何万年と毒性の消えない放射性物質を作り出し続けているのだ。

 例えば、デンバーで地下深部に埋め込まれるはずだった放射性廃棄物は、地震が起きたために地下に捨てられなくなった。しかしそうだとすると、廃棄物そのものは、地上のどこかに今もあるはずである。つまり、廃棄したいけれども廃棄できないまま、厄介物が増え続けていくその状態こそが、最大の恐怖なのかもしれない。

2011年3月 1日 (火)

地殻底のマグマ層 その4

  地熱発電を扱った小説「マグマ」

 誘発地震の話のついでに、ちょっと寄り道をする。

 現在このブログに連載中の、「清張氏の、守られた約束」の原稿を書いている間、サンノゼにある紀伊国屋書店で、清張氏関連の本を探した。そんなある日、清張氏の棚の前の平積み台に、「マグマ」(朝日文庫、2008年第1刷)という本を見つけ、手にとってみる気になった。たまたま「松本清張」と、その本の著者「真山仁」とが同じ「マ行」だったから、そこに置かれていたわけだ。

 しかもその本の解説には、

[地熱発電が小説の世界に登場した例は、松本清張氏の『速記録』に大規模深部地熱発電とこれにまつわる地熱エネルギー開発事業団設置の構想が取り上げられ、……]

 とある。清張氏との関連まであっては、読まないわけにはいかない。迷わずに買った。

 たまたま友人の紹介で、全国ボーリング技術協会会長であった木村彰宏氏と知り合った著者は、彼から地熱発電の話を聞き、非常に興味を持つ。石油や石炭などの化石燃料による発電には、二酸化炭素排出の問題がある。太陽熱や風力による発電には、季節や日によるムラがある。その代替エネルギーとして、火山国日本には、地熱発電がある。

 しかし、環境に優しいはずの地熱発電が普及するために、いくつかの障害がある。

 温泉地との問題がある。地熱発電は、地中から高熱の水蒸気を取り出してタービンを回すため、近接する温泉地の源泉湧出に影響を与える可能性がある。

 国立公園、国定公園との問題もある。そうした公園内に発電施設を建設することは、天然記念物の植物などを傷めるだけではなく、景観を損なうということで、まったくに許可されることはない。ところが地熱発電の適地は、そうした公園内にある場合が多い。

 中でも最大の問題は、原子力発電である。石油ショック以来日本は、中東の石油依存から脱却するために、他の化石燃料である石炭や天然ガス、そして原子力発電にシフトするようになってきた。原子力の場合、ウラン産出国が世界的に分散していて供給が安定していること、大容量の電力を恒常的に生産できることなどにより、現在では、基幹電源の一つとなっている。

 ところが原子力発電には、1979年の米国スリーマイル島原発事故、1986年旧ソ連チェルノブイリ原発事故のような、大惨事の危険性が常に付きまとっている。地震国日本では、新潟中越沖地震のときのように、自然災害に付随しての、不可抗力の原発事故も起こり得る。

 日本がそのように問題の多い原子力発電にシフトしたため、地熱発電の開発が遅れているのだ、と知った著者は、この問題を小説化することにした。

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